第51話 恋愛相談と五右衛門のカルチリ
四月下旬、木曜日。世間もオフィスもゴールデンウィーク前、ということで皆が浮き足立っている中、ランチ時間が空いている、という紗代と久しぶりに近くの五右衛門へ入った。
メニューを見ると、いつもこの“ハーフ&ハーフ”に惹かれてしまうが値段も胃袋もギリギリアウトな感じがしてしまう。結局単品のカルボナーラチリソースを頼んだ。この“カルチリ”、たまに食べたくなるんだよね。運ばれてきたお冷を一口飲んで、紗代に……相談を切り出す。
「ねえ、ちょっと、たいしたことじゃないんだけど、いい?」
「うん、え、なになに、いい話、怖い話」
「どっちでもない、かな……。前に話した人、いるじゃん。遠くに住んでるっていう」
「ああ! チョコの人だよね? どうなった?」
身を乗り出されて、少しだけ後悔する。でも、聞いてほしくて切り出したのは私だ。
「……明日、会うのね」
「おお〜、いいじゃん」
「そう、何回か会って、好きかもな〜、向こうも私のこと気に入ってくれてるかもな〜とは思うんだけど……」
「なに、既婚者だった?」
「えっ、違う!え、違うと思う、うん、そこは大丈夫」
面と向かって「結婚してますか?」と聞いたことはないので、既婚者だったらどうしよう、と一瞬頭をよぎるが、ここ数ヶ月の感じ、それはないだろう。異世界でも結婚している人は指輪をしていたし。
「でね、仕事してるところは見てるし、ご飯も一緒に食べた。ちょっとデートみたいなこともした。んだけど、普段どういう感じなのか、どんなことで怒るのかとか、そういうの、知らないなって」
「ああ〜、そういう」
紗代に、なんて言ってもらいたいんだろうか。こんな相談は独りよがりで、でも誰かに聞いて欲しくて、とぐるぐるしていると注文したスパゲッティが運ばれてきた。二人でいただきます、とお箸を割って一口食べる。あつい、美味しい。
「あっつ、で、好きなの?」
「……うん、たぶん」
「たぶん?」
「好き。だと、思う」
言ってから水を飲む。こういう話は、いくつになっても慣れない。紗代は何も言わずに待っている。
「向こうも、私のこと、全然知らないと思う。仕事してるときは、私もそれなりにちゃんとしてるし。そんなんで好きになっていいのかな。優しくしてくれるし、顔が……かっこいいから、それだけなのかも」
「まぁねぇ〜、三十過ぎて『止められない!すきすき超すき!』の感情になるのって、結構大変だよね」
「だよねえ」
スープを一口、スパゲッティを一口。
「てかさ、私なんてマッチングアプリだよ」
「そうだった」
「そうだった、じゃないよ。なの花、私が微妙な条件だけどメッセージがいい感じかも、な人に会うか悩んでる時、なんて言ったか覚えてる?」
覚えていない。何か余計なことを言っただろうか、と考えていると、紗代が笑った。
「『それも運命じゃん、会ってみたら』って言ったんだよ」
「……言いそう〜」
「言ったの。で、会って、結婚して、子供も生まれて、今に至ります」
お冷のおかわりを注いでもらい、話が続く。そろそろ卵を割ろうか。
「それこそさ、会う前から年収、趣味、顔、結婚する気はあるか、タバコを吸うか吸わないか、知れるものは全部知ってた」
「たしかにね、便利な時代だ」
「いやまぁ、便利かもだけど。それでめちゃくちゃいい条件の人にも会ったけど、会った瞬間“あ、この人じゃない!”って思うことも何度もあったよ」
アプリは一度、入れたことがある。何人かやりとりはしたけれど結局会うことはできなかった。
「一緒にいて楽しくて、自然体でいられるなら、まずはそれでいいって私はおもうけどね〜、そんな先のことまで考えなくても。あ、まぁでも、そういう空気を出すのがうまいヤバイ男もいるから、騙されないでよね。母親が病気でお金が欲しい、とか言い出すよ」
「それは困る!」
往復券を買ったらほとんど残らない、革袋の中のゴールドを思い出して、ちょっと笑ってしまった。
「……彼、お菓子を、とっても嬉しそうに食べるのが可愛くて」
「お、ついに惚気てくれた」
「明日、何持って行こうかなぁ」
えーなんだろうね、モンロワールのリーフチョコレートとか?ちょっと男性にはちっちゃいか、坂角総本舗の海老せんべいとか?いやいやちょっと取引先に持っていくやつっぽい、千疋屋のゼリー?お見舞いっぽくない?などと話していたらあっという間にスパゲッティはなくなってランチタイムも終了した。
今日の仕事帰りは、久しぶりにデパ地下へ行ってから、往復券を買いに行く。




