第50話 【今日のスキマバイト】王都冒険者ギルド、道具の手入れ
金曜日。今夜のスキマバイトは、ギルドで貸出道具の手入れをする。
【 王都冒険者ギルド 貸出備品の整理・手入れ 】
【 時給:4200ゴールド 】
【 備考:返却された道具の確認、清掃、収納など 】
転移前の準備をしている間、つけっぱなしにしていたテレビで流れていたニュースではゴールデンウィークの出掛け先の話題で盛り上がっていた。ゴールデンウィークの出掛け先は……異世界、だろうな。
* * *
転移すると、受付の奥からセレネさんが元気よく手を振った。ギルドの中、今まで入ったことのない部屋に案内されると、棚いっぱいに道具が並んでいる。ランタン、水筒、巻かれた縄。壁には、くすんだ緑色の雨具が何着も掛かっていた。水場もあって、スキー場のレンタルスペースを思い出した。
「春は新しく登録する方が多いので、道具の貸し出しも増えるんです。戻ってきたものが溜まっちゃって」
「結構いっぱいありますね、頑張らなくちゃ」
「はい! 私も一緒に片付けます!」
黄色いエプロンをつけて打刻する。返却されたものの汚れを落として、番号がふってある棚へ戻す。修理が必要そうなものは、セレネさんに確認をしてもらう。
最初に持ったランタンには、乾いた泥がこびりついていた。ブラシでそっと落としていく。ランタンの中、灯りの石が収まっている部分を覗くと、内側にも細かい砂が入っていた。借りた人が綺麗にして返せばいいのに、と思わなくもないが、色々事情があるんだろうか。
「中に砂入っちゃってて、この蓋、開けてもいいですか?」
「はい!細かいところまでありがとうございます」
少し錆びた音をたてながら蓋が開いたので、砂をはらって戻す。試しに灯りをつけてみると、結構明るくて、これは夜道で役立ちそうだ。次の一つは、持ち上げた途端に取っ手がぐらついた。セレネさんに見せると、修繕用の木箱へ入れるように言われた。セレネさんが、別のランタンを差し出す。
「これは棚に戻してください。この前、この取っ手、朔くんが直してくれたんです」
「……朔くん?」
「?? あ、えっと、戸倉さんです」
「……ええっ、戸倉さんって、名前、朔っていうんですか」
「はい! あれ、ご存じなかったですか?」
知らなかった。LINEも名字だけで登録されているし、聞く機会がなかった。戸倉朔、という名前だったのか。なんというか、結構おしゃれな名前……いや、それより。
「……セレネさん、戸倉さんのこと朔くんって呼んでるんですか」
「えっ。あっ、はい、ふふっ」
セレネさんが手に持っていた布を畳み直す。笑っているので、私もつられて口元が緩んでしまった。
「あの、その……二人はどういう〜」
「あ、ふふっ、あの、ちょっと前から、お付き合い?を……へへっ」
「ええっ、いや、仲良しだと思ってはいたんですが!」
思ったより大きな声が出てしまった。ギルドにいた人がこちらを見てきたので、すいません、と声を落とすと、セレネさんが少し顔を寄せてくれた。
「おめでとうございます」
「へへ、ありがとうございます」
「え〜、そっかぁ、へぇ」
「まだ、なんだか照れちゃうんですけど」
戸倉さん、私の手紙を届けてくれている間に、そんなことになっていたのか。次に会ったら、馴れ初め教えてくださいよ〜、と問い詰めてやろう。
* * *
ランタンの点検が終わると、次は雨具だった。広げて泥を拭き、破れや留め具の欠けがないか確かめる。見た目は似ているが、頭巾の形や背中の作りが少しずつ違う。角を出すための穴が開いているものもあった。畳もうとすると、裾の内側がまだ湿っている。
「これ、どこかに干せますか?」
「あ、そこの棒に掛けてください。昨日返ってきた分、まだ乾いてないですね」
次に広げたものは、絨毯のように大きく、一人だと畳めそうにない。
「結構、重いんですね」
「そうなんです。畳むときも、二人いると助かります!」
両側から寄って、端を合わせる。セレネさんは雨具を棚に置き、次の一枚を広げた。
「……次のお休み、朔くんとお出かけするんです。まだ行ったことがないところがいっぱいなので、どこがいいかなって、悩んでます」
「戸倉さん、結構長く来てますけど、仕事だと遠くまではいかないですもんね」
「そうなんです。ああ、早くお休みにならないかなぁ、あ、今なの花さんとお仕事できてるのもすっごい楽しいですよ!」
少し照れくさそうに笑ったセレネさんは、とても可愛かった。
エルフは人間よりずっと長生きだと聞いたことがある。でも、次の休みを待ち遠しそうにする彼女は、私たちとあまり変わらないように見えた。
* * *
片付けを終え、ギルドの人が淹れてくれたお茶を飲んでから転移門に向かった。こちらは夜七時を過ぎたところで、仕事を終えた様子の人たちが飲食店へ入っていく。
通りの向こうで、パンを抱えた二人が何か話しながら歩いていた。戸倉さんとセレネさんも、こんなふうにこの街を歩いているのだろうか。
門をくぐって部屋に戻り、エプロンを外すと、袖に少し泥がついていた。洗濯物の山に入れて、スマホを確認する。
【 本日の給与:8400ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:道具が片付きました! またお願いします 】
すぐにベッドに入らず、戸倉さんに『セレネさんから聞きましたよ〜』とメッセージを送ってしまった。さすがに野次馬心がジタバタしている。夜も遅かったので、既読にはならないかと思っていたけど、すぐに既読がついた。
『あの人、なにを言ったんですか』
『お付き合いはじめました、ってききました』
『ああ、そのことですか』
ぶっきらぼうに話す戸倉さんの顔が想像できる。なんだかお腹が空いたから、冷凍ご飯をお茶漬けにして食べよう。お湯を沸かしている間に、メッセージの続きを打つ。
『朔くんっていうんですね〜』
『あの人、そんなことまで』『あああああ』『恥ずかしい』
連続で飛んできた返事を見て笑っているうちに、お湯が沸いた。




