第49話 誕生日とキルフェボンのタルト
木曜日、いつも通りの時間に起きる。まだ寒いような、暑いような、毎年この春という季節は「去年、何を着てたっけ……」と服装迷子になってしまう。テレビの気温を見ながら悩んでいると、スマホに母親からのメッセージが届いた。
<お誕生日おめでとう>
また一つ、歳をとった。続いて、お姉ちゃんからもメッセージが届く。開いてみると、姪っ子たちがパジャマ姿で「なの花ちゃ〜ん!お誕生日おめでとー!」とお祝いしてくれている動画で思わず笑ってしまう。本格的に実家に帰る日を決めなくては。
* * *
出社してからはしばらく会議室の調整をしていた。基本“早い者勝ち”の会議室だけれど、来客などでどうしても調整をしたい時がある。この作業が……時間がかかるのに成果が見えにくくて“スキマ”仕事になりがちだ。会議の時間を一つずらしてもらい、どうにかピタっとスケジュールが調整できた。ふう、もうお昼じゃないか。
「先輩、お昼どうします?」
「うーん、今日はコンビニにしよっかな」
「私も行きます、一緒に食べましょ」
久しぶりのコンビニ飯。オフィスの一階にあるコンビニには、見慣れないお弁当が並んでいた。キッチンカーのようなパッケージに入っているものもある。挑戦したい気持ちもあるけど……
「先輩また中華丼ですか? 好きですね〜」
「そうなのよ、好きなのよ」
中華丼。家で作って食べることはないけれど、スーパーやコンビニにあると選んでしまう。一つのっているうずらの卵がどうしても魅力的に見えてしまうのだ。オフィスのフリースペースにある電子レンジでお弁当を温め、後輩ちゃんと二人で食べ始める。
「先輩、なんか最近の話題あります?」
「話題〜?ないなぁ、あ〜……今日、誕生日、だけど」
「えええっ! おめでとうございます、さっき言ってくれたらコンビニで何かプレゼント買ったのに」
「はは、もうこの歳になると祝われても困っちゃうからさぁ」
「え〜、いくつだろうが誕生日はめでたいですよぉ」
前の会社は、誕生日を皆で祝う文化があったけれど、今の会社にはそれはない。その距離感がありがたくもあるけれど、去年は家族以外からのおめでとう、はメルマガだけだった。
「夜は何か予定あるんですか?」
「いやいや、予定なし……です。ケーキだけ買って帰るかな」
「え〜、先輩絶対なにか隠してるんだよな〜」
隠して……いる。ジェラルドさんには、誕生日を伝えることはしていないけれど、後日誕生日なんか聞かれたら、後輩ちゃんみたいに「言ってくださいよ」と言われてしまうだろうか。歳を重ねれば重ねるほど、自分の誕生日の価値ってわからない。
* * *
今日は、奮発してキルフェボンのタルトを買う、と決めていたので仕事を定時で終え、そそくさと会社を出る。電車を乗り継いでたどりついたお店は、前に立つだけでワクワクが止まらない。ショーケースには、色とりどりのタルトが並んでいた。うう、良すぎる。
定番のたっぷりいちごが乗ったものにしようか、でも、薄い緑色の果肉がつやつやしているメロンもおいしそう。それにしても……値上がりしたな。1ピース千円を当たり前に超えている。しかし、今日は誕生日。スキマバイト代に感謝して、二個買っちゃうんだから!
崩さない様に家に持ち帰り、手を洗い着替えたら、たっぷりの紅茶を入れた。今日は、夜ご飯としてケーキを食べさせていただく。誰に怒られるわけでもない。箱から出してお皿に並べると、地味なテーブルが華やかになった。
いちごとメロン。どっちから食べようか……ここは、初めましてのメロンから行こう。果肉が柔らかくて、口の中が甘い果汁でいっぱいになって、もう一口続けて食べた。ああ〜、おいしい。タルト生地と一緒に食べると、また違う味わいだ。いちごのほうにも手を伸ばす。こちらは少し酸味があって、クリームと一緒に食べるとちょうどいい。二つのタルトの反復横跳び、贅沢すぎる。
半分ほど食べたところで、写真を撮っておけばよかったと気づいた。食べかけだけれど、二つ並べて母に送ってみる。
<あら、キルフェボン?いいわね、二つ?>
<両方、私ので〜す>
<二つ食べられるなんて、まだまだ若いわね>
少し冷めた紅茶を飲んで、残りのタルトにフォークを入れる。明日のスキマバイトのことも、洗濯のことも、食べ終わってから考えよう。今は、どちらを最後の一口にするかが悩ましい。




