第48話 【今日のスキマバイト】王都写真館での撮影補助
金曜日。今夜のスキマバイトは、初めての場所を選んでみた。そして、いつもより一時間長い。
【 王都写真館 撮影補助 23:00〜26:00 】
【 時給:3000ゴールド 】
【 備考:お客様のご案内、撮影道具の準備など。経験は問いません 】
あっちの世界にも“写真”があるんだな。小さい頃、家の近所にあった写真館の前を通るたびに、用事がなくて入れないけど入ってみたかったことを思い出す。店先には、知らない家族の写真や、成人式の写真、夫婦での写真がサンプルで飾ってあった。
* * *
転移した先では、壁いっぱいの写真に迎えられた。家族写真、結婚写真、子供たちの写真、どこかのお店の人たちの集合写真。どれも柔らかい色をしている。
奥には、大きな蛇腹のついたカメラのようなものがあった。その横から、長い耳に鉛筆を挟んだエルフの女性が顔を出す。灰色の髪を頭の上でひとまとめにして、動きやすそうな服装をしていた。
「スキミーさんだね! いらっしゃい。今日、予約がいっぱいになっちゃって。手伝っておくれ」
「よろしくお願いします。撮影の知識はないですが…」
「大丈〜夫。撮るのは私。あなたは、子供の気を引いて欲しいの、はい!」
渡されたカゴの中には、小さな鈴や、人形が入っていた。なるほど、スタジオアリス、的なことか。黄色いエプロンをつけて打刻すると、さっそく入口の鈴がチリンと鳴った。
最初のお客様は、獣人のご一家だった。両親と、お揃いの服を着た男の子が二人。人間でいうと三歳と五歳ぐらいだろうか。弟のほうは、お父さんの後ろにピッタリ隠れている。隠れたまま撮影場所に移動すると、写真館の女性は、慣れた様子で四人の位置を決めていった。
「お父さん、弟さんをお膝に乗せて、そう。お兄ちゃんは……こっちの台に立とうか。そう、そのほうが背が高く見えてかっこいいよ」
子供達の機嫌を見ながら、家族の一番いい表情が出せるように進める様子はまさにプロだ。場所が決まり、撮影に入るところで、私はカメラの横で鈴のついたおもちゃを「こっち見てくださ〜い」と振った。俯いていた弟くんがなんとかこっちを見てくれたが、お兄ちゃんのほうが「それかして!!」とこちらへ駆けてきてしまった。これは……難しい!!
* * *
なんとか撮影を終え、おもちゃを通してようやく兄弟とも打ち解けてきた頃には、もう次のお客さんが来た。次は、ドワーフの男性だった。仕立てたばかりなのか、しわ一つないパリッとした上着を着ている。
「母親に写真を送りたいんだ」
「素敵ですね、胸元、少し直してもいいですか」
「ああ、頼む。どうも、この辺が落ち着かなくて」
長い髭があっちこっちにはねている。整えたいけれど、これは……触ってもいいのだろうか。どっちともつかない手を出したり引っ込めたりしていると、後ろから「これつかいな」と見慣れない大きなクシを渡された。「しつれいしま〜す」と声をかけて整えていく。……このクシはヒゲ専用? すごくいい感じに整った。
「どうでしょう?胸章もかっこよく見えますよ」
「ありがとう。昇級したんだ。これを見せたいんだよ」
「そうだったんですね! おめでとうございます」
その後も途切れることなくお客さんが来た。撮影の合間には、お客さんによって椅子や小物を変える、背景の布の裾を整える、などやることはいっぱいで、地味にいままでのスキマバイトで一番忙しいかもしれない。
* * *
予約のお客様が途切れたところで、出来上がった写真を封筒に入れる仕事を頼まれた。机の上並んでいる写真の端を持って、指紋をつけないように……。最後の一枚の色合いが違ったので思わず手が止まる。ここの写真館で撮られたものではなさそうだな。
若い男性が二人、飲食店のような建物の前に立っている。一人はカメラを見ているのに、もう一人は隣の人を見て笑っていた。背景には、見慣れたビールのメーカーの提灯がある。
……これ、日本だ。
「あの、これって」
「ああ、それはうちで撮ったんじゃなくて、修復したもの。同じ様に封筒にいれてくれればいいよ」
「写真、直すことも、できるんですか?」
「ええ。破れたり、色が薄くなったりしたものをね。元どおりとはいかないこともあるけれど」
封筒を見ると、“久世”と書いてあった。もう一度写真を見る。どちらも、今の久世さんとは違う顔にみえた。どちらかが、前の人生の久世さんなのかもしれない。二人の顔に触れないようにして、封筒へ入れた。
* * *
「ちょっと、そこに立ってくれる?」
撮影が全て終了し、片付けの途中で呼ばれた。指さされたのは背景の布の前で、灯りの石を新しいものに替えたから写り具合を確かめたいらしい。
「えっ、私を撮るんですか」
「そうよ、モデルさんになってちょうだい」
カメラを向けられたけれど、顔もポーズもどうすればいいのかわからない。手は前で組むのか、下ろしておくのか……黄色いエプロンの汚れを少し叩いてとりあえず前を向く。
「あー、そんなに顎を引かなくても大丈夫。右の肩を引いて……あなた、お客様には上手に声をかけていたのに、撮られるのは下手ねえ」
そうなんです、写真は得意じゃなくて……少し笑ってしまったところで、ぱちりと光った。
残っていた道具を片付け、床を掃いているうちに、写真ができあがった。早い。差し出された一枚には、黄色いエプロンをつけた私が少し照れた顔で写っていた。
「これ、お店に飾ってもいいかい? 自然な顔が撮れたから」
「え、これでいいんですか? 写真の見本になるような格好じゃないですけど」
「仕事着で撮る方もいるのよ。さっきの方もそうでしょう?」
たしかに。壁を見ると、前掛けをつけた人や、作業着で腕を組んでいる人の写真もある。立派な服を着て撮るものばかりではないらしい。
「……これでよければ」
「ありがとう。では、お預かりするわね」
急に恥ずかしくなってきたけれど、今さらやっぱりやめますとも言いにくい。知っている人に見られないことを祈ろう。
* * *
【 本日の給与:9000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:撮影モデルもやってくれて助かりました 】
部屋に戻り、ソファに勢いよく座る。膝も腰も少しだるい。子供と目線を合わせたり、服の裾を直したり、今日はずいぶんしゃがんだり立ったりした気がする。明日は筋肉痛かもしれない。




