第45話 スキミー運営事務局での面談(前編)
金曜日。今夜は、スキミーの運営事務局へ、行く。
利用状況についての聞き取りという名目は、本当にそうなのだろうか。転移時間ギリギリになってアプリの運営と会うのが不安になってくる。特別な準備は必要ないと書いてあったけれど、パーカーで行くのもどうかと思い一応シャツに着替えた。
【 継続してご利用いただいている方に、勤務先でのご経験や、ご意見を伺う面談をご案内しています 】
【 所要時間:約1時間/謝礼:3000ゴールド 】
【 場所:スキミー運営事務局・王都本部 】
* * *
転移した先は、日本のオフィスの執務室のような場所だった。
壁には王都の地図が貼ってあり、棚には帳簿や本が並んでいた。二人ほどが机に向かっていて……一人には大きな角があって、もう一人は椅子からはみ出した尻尾が床に垂れている。普通の会社に来てしまったのかと思ったけれど、ちゃんと異世界だ。
「塩谷さんですね。こんばんは!」
見えなかった部屋の奥、若い男性が立ち上がった。角も尻尾も長い耳もない。腕も二本だ。白いシャツに、濃い緑のベスト。一重で切れ長の目に、茶色の髪が額に少しかかっている。大学生くらいだろうか。にこにこと笑いながら、隣の部屋へ案内してくれた。
「どうぞ、こちらへ。お茶、すぐに持ってきますね」
先ほどよりも少し狭いアンティーク調の部屋には、所狭しと色々なものが置いてある。鞄を置いて黄色いエプロンを出そうとすると、「今日はそのままで大丈夫ですよ」と声をかけられた。面談開始のボタンだけ押して、椅子に座る。
男性はカップを二つ置くと、そのまま向かいに座り、名刺入れから一枚名刺を出した。
「久世と申します。こちらの運営を担当しています。今日はよろしくお願いします」
「塩谷です。よろしくお願いします……あ、私、名刺」
「大丈夫です、ありがとうございます」
この人が担当者なのか。ずいぶんと若く見えるから、案内してくれる人だと思っていた。名刺には、『スキミー運営事務局・王都本部 部長』と書いてある。
「あ、この名刺……魔王城で、拝見しました」
「ああ、カーミラさんのところですか?」
「はい。贈り物を箱に詰める仕事をしていて、こちらにもハーブティーを送ったので」
「それは、ありがとうございました。そうだ、今お出ししているのも、そのお茶ですね」
カップを見下ろす。まさか、自分で発送したものをごちそうになるとは。飲むと、すっとする香りが鼻に抜けた。
「……」
「そんなに緊張しないでください、何も変なことは聞きませんから」
笑うと糸目になる彼からの聞き取りは、仕事をする時間はどういう時か、という話から始まった。
月に三、四回、基本的には金曜日の夜。日本でも会社に勤めているので、翌日が休みの日にしていると伝える。久世さんは短く書き留めながら、「仕事内容はどう選んでいますか」と聞いた。
「そうですね。事務っぽい仕事は、できそうだなと思います。でも、パンに焼印を押したり、石を分けたりするのも楽しかったです」
「灯りの石の検品ですね」
「はい。ずっと真っ暗だったので、一緒に働いていた人の顔を、最後に初めて見ました」
久世さんが笑った。「あちらの工房は、初めてだと驚きますよね、まさに“闇”バイト」と言うので、隣にいた人を、ずっと年配の男性だと思っていた話もしてしまった。
「勤務先で、困ったことはありませんでしたか?」
「困ったこと……あ、勤務する前の話なんですが、一回、寝る前に間違えて応募してしまって。パジャマでパン屋さんに行きました」
「そのまま働かれたんですか?」
「はい。パン、おいしかったですけど、翌日も会社だったので、あれはちょっと。できればワンクッション置いていただけると助かります」
「転移する前に、確認できるようにしたほうがいいですね。日本の担当者に伝えます」
日本側の担当者もやはりいるのか。その後は、勤務が終わったあと、無理に引き止められたことはないか。わからない仕事を一人で任されたことはないか。聞かれて思い返してみると、私はどこでも、誰かしらに助けてもらっていた。
* * *
ひととおり答えたところで、久世さんが顔を上げた。
「先日は、三浦さんのお手伝いもありがとうございました。また働いてみたいと、回答をいただいています」
「よかった。帰るとき、少し不安そうだったので」
「塩谷さんが門まで一緒に行ってくださって、安心したそうです」
「私も初めてのときは、何が何だかわからなかったので。でも、受付は三浦さんのほうが上手でしたよ」
久世さんは立ち上がり、私の空いたカップにお茶を足してくれた。
「こちらへ来る回数を、もっと増やしたいと思われますか?」
「うーん、今くらいがちょうどいいです。会社もありますし」
「わかりました。無理のない範囲で、続けていただければ」
もっと働いてください、と言われるわけではないらしい。プラチナになったので、何か難しい仕事を頼まれるのかと少し構えていたけれど、そういう話でもなかった。
* * *
お茶を飲みながら、部屋の棚へ目を向けると、見慣れたメーカーのクリアファイルが立っている。
「日本の文房具を使うんですね」
「ええ。こちらにも紙を挟むものはあるんですが、日本の文房具のクオリティには程遠いです。日本の担当者が、ときどき持ってきてくれます」
よく見れば、カレンダーやペンなんかも日本のものだ。
「最後の質問になります。常勤への興味はおありですか?」
「……そうですね、魔王様は何度か常勤のお誘いをくれたので、考えたこともありますが……まだちょっと、バイトのままでいたいです」
久世さんは、少し笑った。
「魔王様の気持ちもわかります。でも、皆さんにも元のお仕事や生活がありますから無理せず。常勤したければこちらでも手続きを手配するので、いつでも相談してください」
十九や二十に見える顔で、妙に落ち着いたことを言う。若いのにすごいな、と眺めていたら、目が合った。
「……何か?」
「あ、いえ。日本とこちらの両方に関わるお仕事って、大変そうだなと」
「友人にずいぶん助けてもらっていますよ」
久世さんは、棚のクリアファイルへ目をやった。
「僕がいなかった間に、日本の働き方もずいぶん変わっていたので」
「え、日本に住んでいたことがあるんですか?」
「はい。もう二十年近く前になりますが」
二十年。私より年下だと思っていたけれど、違うのかもしれない。こちらの世界には、人間に見えても長く生きる人がいるのだろうか。
「すみません、勝手に、私よりお若いと思っていました」
「ああ、今は十九歳ですよ。こちらで生まれてからは」
こちらで生まれてからは……? 私はカップを机へ戻した。久世さんが、少しだけ椅子に座り直す。
「僕は、交通事故で一度死んでいるんです。そのあと、こちらに生まれ変わりました。……前の人生の記憶を持ったまま」
「それって……転生、ですか」
亡くなって、転生している。本当にそんなことがあるのか。ただ、異世界に働きに来ている自分が、転生なんてあるわけないとも言えなかった。
「前の人生で、人材派遣の仕事をしていたんです。まさか、生まれ変わってからも人手の相談を受けるとは思いませんでしたが」
聞き取りに答えに来たはずだったのに、今度は私が、話の続きを待っていた。




