第44話 【本日のスキマバイト】ギルドの受付と、新人ワーカーの育成
四月三日、金曜日。
会社には新入社員が入ってきた。うちの部署に配属される予定はないけれど、研修で各部署を回っているようで初々しい顔をよく見かける。後輩ちゃんも先輩の顔になって会議室の予約方法を教えていて、微笑ましい。
今夜のスキマバイトは、ギルドで受付補助だ。……ジェラルドさんは、もう遠征に出ただろうか。カレンダーの約束までは、まだ四週間もある。
* * *
転移した先は、いつものギルドだった……のだけれど、受付の前に、見慣れない女性が立っている。明るい茶色の短い髪に、大ぶりの銀色のピアス。鮮やかな緑のカーディガンを羽織っていて、口紅の赤がよく似合っていた。片手には……スマホ? なるほど! スキミーさんだ。向かいにはセレネさんが立っていて、なんだか神妙な顔でやりとりをしている。
「ねえ、ごめんなさいね、私、アプリを見ていただけなんだけれど、ここはどこ……?」
セレネさんが説明しようとしたところで、私に気づいた。「あ!なの花さん!こっち!」と呼ばれ、女性も振り向く。私の顔と服を見てから、「日本の方……?」と、少し安心した様子を見せた。
「はい、日本から来てます!塩谷といいます、はじめまして」
「ああ、ごめんなさい、はじめまして。三浦です。あなた、ここ、初めてじゃないの?」
「そうですね、もう半年以上、時々来ています」
「半年! じゃあ、帰れてるのね。よかったぁ、もう一体何がなんだか」
胸元に手を当てて、大きく息を吐いた。さっきまで落ち着いて見えたけれど、不安ですよね、そりゃ。「帰れます。私も今日、二時間バイトして、帰ります」と伝えると、「同じ!じゃあ、一緒に帰ってもいい?」と聞かれ、もちろん、と頷く。
黄色いエプロンをセレネさんから渡されると、三浦さんは広げて自分の体に当てた。「だいぶ黄色いわね。緑色の上にこれは派手すぎる」そう言いながらカーディガンを脱いで畳んでしまっていた。切り替えが早い。
* * *
今日の仕事は、新しく登録する冒険者の受付だった。暖かくなると、村を出て王都へ来る人が増えるらしい。名前や滞在先を書いてもらい、空欄を確かめて、セレネさんへ渡す。資格の確認や仕事の紹介は、その後だ。
「わからないことがあったら、私を呼ぶか、なの花さんに聞いてください!」
「わかりました。勝手に判断しないほうがいいところだけ、先に教えてもらえる?」
三浦さんがメモ帳を取り出してセレネさんの説明を聞くので、私も横で聞いてみる。改めて説明されると、結構知らないことも多い。今まで適当にやりすぎていたかも。
打刻を済ませ、最初の人を迎えた。大きな荷物を背負った若い獣人だ。三浦さんはその姿を見て一瞬ビックリした顔をしていたけれど、すぐに仕事モードに戻った。
「こんばんは。新しく登録される方ですね。こちらへどうぞ。お荷物、重いでしょう。そこに置いていただいて大丈夫ですよ」
おお、案内、上手い。私が書類を出している間に、もう荷物を置く場所まで案内している。さっきまで帰れるか不安そうにしていた人とは思えない。
少し途切れたところで普段のお仕事を聞くと、チェーンのスパゲッティ屋さんで働いていると教えてくれた。今日は休みで、来月の旅行のお小遣いを増やそうと思ったらしい。「四十八にもなると、安ければ何でもいいって旅行ができなくなっちゃって。ホテルの朝ご飯ビュッフェは絶対につけたいのよ〜」と笑っていた。わかる。私はまだ三十二だが、もうその気持ちはわかる。
「塩谷さんは日本ではなにをしているの?」
「会社で総務的なことをしています」
「ああ、だから書類を見るのが早いのね〜。私、こっちの地名、目が滑っちゃって。住所の欄、ちょっと合ってるか見てもらっていい?」
私だって王都の地理に詳しいわけではないが、よく書かれる宿の名前なんかはもう覚えている。記入例と照らし合わせている間に、三浦さんが次の人へ用紙を渡してくれた。新人さんを助けるつもりが、こっちも助けられている。
受付作業を続けていると、書類を出したあとその場で立って待つ人が増えてきてしまった。これは……人の流れがうまく行っていない。解決策を考えていると、三浦さんが壁際の長椅子を指差した。
「セレネさんの確認を待つ人には、あそこに座ってもらってもいいかしら」
ギルドに確認し、「お名前を呼ばれるまで、あちらでお待ちくださいね」と案内することになった。受付の前が空いて、次の人も進みやすくなる。なるほど。私は書類の空欄ばかり気にして、その後の人の動きまでは見ていなかった。
少し手が空くと、三浦さんがこちらへ身を寄せた。
「あの奥の方、腕が四本あるんだけど」
「ありますね」
「さっき、四本全部で違うことしてたの。すごくない? 便利そうだった、私もほしい」
あっという間に異世界になじんで「腕が欲しい」と言う彼女を見て、私は声を出して笑ってしまった。
* * *
最後の一人を送り出し、受け付けた枚数と控えを照らし合わせる。うん、大丈夫そう。セレネさんがお茶を持ってきてくれて、ようやく椅子に座る。
「助かりました! 待合の場所作ってくれてありがとうございます」
「それ、三浦さんが気づいてくださったんです」
「いつもの仕事でも、よくあるのよ。呼んだのにいないと思ったら、隣のお店に行っちゃってたりね」
お茶を飲みながら、三浦さんが部屋を見回す。仕事中よりも、ずっと楽しそうな顔だ。「この灯りも、電気じゃないの?」と聞かれ、灯りの石のことを説明した。検品のバイトをしたと言ったら、「そんなのもあるの! 私、今日のこれだけかと思ってた」と、スマホを取り出す。もう次の案件を見る気だ。
* * *
帰り、一緒に門まで歩いていく。もらったゴールドの袋の中に換金所の場所が書いてありますよ、と教えて一緒に見てみると、私の換金所とは違う場所だった。知らない駅名だったけれど、住んでいる場所まで聞くのもどうかと思い、それ以上尋ねるのはやめておいた。
門の前に着くと、枠の中の揺れる空気を見て、三浦さんはさっきまでの勢いを少しなくしていた。
「……ここに、入るの?」
「はい。来たときの部屋に戻ります」
「塩谷さん、ちょっと、まだ行かないでね。私が先に行くから」
袖を軽く掴まれて、頷く。三浦さんは一度深呼吸してから、「今日はありがとう。また会ったら、よろしくね」と言った。こちらこそ、と返すと、赤い口紅の口元が笑った。そのまま一歩踏み出した姿が、ふっと消える。
ちゃんと帰れたかな。毎回自分も通っているのに、見送る側になると少し心配になる。私も続いて門をくぐった。
* * *
部屋に戻ってエプロンを外すと、スマホが震えた。
【 本日の給与:8400ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:受付と、初めてのワーカーさんへのお手伝い、ありがとうございました。またお願いします! 】
その下に、もう一枚通知が重なった。
【 ワーカーランクが「プラチナ」に昇格しました 】
「……えっ」
思わず座り直す。この前、キャンセルのペナルティをもらったばかりなのに。今日、新人さんと一緒だったのが関係あるのだろうか。通知を押すと、運営事務局からの案内が開いた。
【 継続してご利用いただいている方に、勤務先でのご経験や、ご意見を伺う面談をご案内しています 】
【 所要時間:約1時間/謝礼:3000ゴールド 】
【 場所:スキミー運営事務局・王都本部 】
カーミラ様がハーブティーを送ったところだ。私は案内の下にある日程を開いた。
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ついにプラチナランクに昇格したなの花。運営の謎、ここから解いていきます。




