第40話【本日のスキマバイト】王宮宝物庫の絵画整理
三月十三日、金曜日。今夜のスキマバイトは、王宮の宝物庫である。
カーミラ様にもらった便箋で書いた手紙は、時間をかけてなんとか完成した。下書きはスマホで、清書はボールペン。久しぶりに一生懸命文章を書いたら手がすごく疲れた。戸倉さんに預けると「綺麗な封筒ですね、あっちのですか」と聞かれた。この人、よく気づくなぁ。
転移すると、重い扉の前にエルバートさんが立っていた。
「こんばんは。今日もよろしくお願いします」
「ああ。その前に、確認してもらいたいものがある」
差し出されたのは、一枚の紙だった。何か注意事項だろうか。受け取って読むと、上のほうに『収蔵品整理補助役』と書いてある。
「あなたの職務だ。品物の確認、分類、記録の作成。必要に応じて、専門の者に判断を求めること」
「あ、名前、考えてくださったんですね」
「臨時の職務として認められた。時給は三千になる。今日の案件にも反映してあるはずだ」
慌ててスマホを開く。本当だ。勤務地と時間だけ確認して、いつもの案件だと思って応募していた。
「ありがとうございます! 千もアップだなんて、だいぶ上がりましたね」
「まだ、ほかよりは低いがな」
エルバートさんはそう言って、扉を開けた。名前を考えるだけじゃなくて、ちゃんと手続きまでしてくれたんだ。嬉しい。黄色いエプロンをつけて打刻をすると、少しいつもより張り切っている自分に気づいた。時給とやる気って、こんなわかりやすくリンクするのか。
宝物庫の中では、グリルダが壁に立てかけられた絵を運び出していた。前回片付けた武具も棚に収まり、床がだいぶ見えるようになっている。
「お久しぶりです! 今日は、こちらの方にお願いしました」
紹介されたのは、腕が四本ある魔族の女性だった。袖口には絵の具がついていて、右側の手で眼鏡を直しながら、もう一方の右手で机の上を片付けている。
「よろしくね。そこの絵を、一枚ずつこちらへ運んでもらえる?」
左側の手には、すでに灯りと拡大鏡を持っていた。すごい、腕が二倍になると仕事も二倍できそうだ。
「よろしくお願いします。絵のことは、全然わからないんですが……」
「大丈夫。額を持って、一枚ずつこちらへ運んでくれれば私が判断します。絵の表面は触らないでね」
長机には柔らかい布が敷かれていた。最初の一枚を置くと、女性は小さな灯りを近づけ、表から裏から確かめていく。私は絵の特徴、大きさ、裏に書かれた文字を記録する担当だ。
花瓶に花が生けられた絵。草原で馬に乗る人たち。果物が山盛りになった絵。王宮にあるから、もっと肖像画ばかりかと思った。絵には色々メッセージが込められていると、横目で見ていたテレビでみたことがある。骸骨が描いてあると、死を意味するとか。こちらの頭蓋骨は、いろんな形がありそうだ。
「これは、南の領から届いたものです。あちらで採れる果物を描いたと聞いています」
グリルダが指す紫色の果物は、見たことのない形だった。結構不気味だ。
「こちらは……うん、絵師のサインが裏にあるわね。書き写してもらえる?」
「はい。……この、うねうねしたところですか?」
「そう。読みにくいわね。私が読むわ」
言われた名前をそのまま書いていく。絵の特徴、最初は一枚ずつ『花の絵』『山の絵』と書いていたのだが、花も山も次々に出てくる。これでは後から探せない。
「すみません、さっきの花の絵、もう一度見せてもらえますか?」
グリルダに戻してもらい、大まかな構図を絵で描き足した。正直、絵は得意な方ではないが、花瓶に挿した花やりんごのような果物ぐらいならざっくりかける。
「スキミーさん、絵もかけるんですか!」
「これ、描けてますか? ほぼ記号なんですが、わかりやすいかなと…」
「いえいえ、お上手です、さすがですね」
グリルダに褒められるとなんだかとても誇らしい気分になって心があったかくなる。次に運んだ絵は、額がずいぶん傷んでいた。金色の飾りがところどころ欠け、裏を留めている金具も曲がっている。
「これは修復するものとして、別にしておきましょう。絵の具も浮いているし」
描かれていたのは、椅子に座った男の子だった。立派な服を着せられているが、足は床に届いていない。膝の上には、小さな剣が一本置かれていた。
「あれ、これ……」
「どうしました?」
「前に出てきた、木の剣に似ているなと思って。子供用の」
グリルダが「ああ、あれですね」と棚からもってきてくれた。前回、前々回と整理を頑張ったので、すぐに見つかるようになったのが成果として見えて嬉しい。机の空いているところで開けてもらい、絵と見比べる。
剣なんてどれも同じに見えていたが、こうして見ると、持ち手の先の丸みや、鍔の形がよく似ている。剣の根元には、浅く彫られた飾りもあった。絵のほうにも、それらしい線が見える。
「これ、同じものですかね?」
「可能性はあるわ。でも、この絵だけでは決められないわね」
「この男の子、誰なんですかね?」
「ちょっと待って。裏の銘を見ましょう」
女性は、額の裏に残っていた古い文字を読んでくれた。名前を聞いても私にはわからなかったが、帳面を開いていたエルバートさんが顔を上げる。
「幼少期の肖像画、ここにあったのか」
「……王様、ですか?」
「ああ。百年前の洪水の時代の国王だ。これは、即位するよりずっと前の姿だが」
魔王様が言っていた、もういない王。その人なんだろうか。改めて見ると、男の子は少し不満そうな顔をしている。エルバートさんは机の上の剣をしばらく見てから、私の帳面に目を落とした。
「今わかったことだけ、残しておいてくれ」
私は、肖像画の番号と、似た剣が描かれていることを書き足した。
* * *
終わりの時間には、確認済みの絵と、修復が必要な絵が分かれていた。まだ奥に何枚も残っているが、これ以上出すと、戻す時間がなくなってしまう。
「ありがとうございました。今日はここまでにしましょう。続きは、またお願いできますか?」
「ええ。修復が必要なものには見積もりを出しておくわ」
女性が道具を四本の手で器用に片付け、グリルダが最後の絵を壁際に収める。絵を模写しながらやっていたから、一枚一枚をよく見てしまった。絵画鑑賞、というほどではないけれど、なかなか楽しい仕事だった。
帰る前に、エルバートさんへもう一度お礼を言った。
「時給のこと、ありがとうございました」
「職務の内容に合わせただけだ。来月も、この条件で依頼する」
声はいつも通りだが、今日はあまり、注意されている気分にならなかった。
【 本日の給与:6000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★ 】
【 コメント:絵画の分類と記録、助かりました。引き続き依頼します 】
評価は相変わらず四つだったが、給与の数字はちゃんと増えていた。往復券を買っても、千ゴールド残る。次に会うためのお金が、王宮の仕事でも一晩で用意できるようになった。




