第39話 【本日のスキマバイト】魔王城の贈り物発送
三月六日、金曜日。今夜は魔王城で「贈り物の発送補助」である。見慣れない項目だったが、おそらくお中元やお歳暮的なものを配送する、らしい。
バレンタインの贈り物のGODIVA、ようやく持っていける。賞味期限はまだ大丈夫だけれど、冷蔵庫の地下室を圧迫していたので、これで一つ任務終了、という感じだ。
転移した先は、いつもの会議室だった。長机には書類ではなく、酒瓶や蜂蜜の壺、畳まれた織物が並んでいる。部屋の隅には木箱が積まれ、カーミラ様がその間から手を振った。
「来てくれて助かるわ〜、今日は私のお手伝い、お願いね」
「よろしくお願いします。あの、これ、皆さんで食べてください」
「あら〜、素敵な箱。中は何かしら? 休憩のときにいただきましょう。そこに置いてちょうだい」
黄色いエプロンをつけて、打刻をする。今日はほかの四天王はいないらしい。いつも皆が座っている椅子にも、梱包用の布や紐が積まれていた。
「春のご挨拶に、毎年送っているの。相手ごとに品物を選ぶから、箱に詰めて、こちらのお手紙と合わせてもらえる?」
渡された一覧には、領主の名前に混ざって、商会や村の名前もある。隣には品物と数量。お歳暮の発送は現世でもやっている仕事ではあるが、ここまでバラエティに富んでいない。
「まず、こちらは〜お酒を二本。ああ、奥様が蜂蜜をお好きだったわね。一つ入れておきましょう」
「お酒二本と、蜂蜜ですね」
「ええ。次の方は……去年、息子さんが家を継いだんだったわ。宛名を変えなくちゃ」
カーミラ様は封筒を一枚抜き、新しいものに書き直した。私は木箱に緩衝材になる草を敷いて、瓶同士が当たらないように包んでいく。蜂蜜の壺も加えると、用意された箱には入らなくなったので、一回り大きな箱を持ってきて交換した。
「こちらのお酒はやめて、織物にしましょうか。もうあまり飲まなくなったとこの前の夜会でお聞きしたのよ」
「はい。……あれ、それって、今詰めた方ですか?」
「じゃなくて、その隣。ごめんなさいね、急に思い出すことが多くて」
一覧にない変更がどんどん入る。カーミラ様は覚えているだろうけれど、名前も難しいし、私は覚えられるか怪しい。
「あの、先に、全部選んじゃってから詰めるのはどうでしょう?」
「あ〜、そうね。そのほうがよさそうだわ」
カーミラ様が相手の名前を読み上げ、私が品物を書き直す。途中で出てきた贈答先の追加も余白に書き足した。パソコンが欲しいが、こればっかりは仕方ない。
「次は……お宿?」
「ああ、そう。橋の近くにある老舗のお宿よ。昔、街道が使えなくなったとき、うちの者を泊めてくれたの」
「あの、洪水のときですか?」
「あら知ってるの。今はお孫さんの代だけれど、あちらへ行くと寄らせてもらっているわ」
百年前のお礼が、まだ続いている。その宿には酒と織物を送るらしい。カーミラ様が選んだ丈夫そうな布を畳みながら、私は一覧に丸をつけた。カーミラ様の中にだけある積み重なった関わりは、引き継ぐのは大変そうだ。会社にも、生き字引のようなおばさまがいるな、と思い出す。
* * *
半分ほど詰め終わったところで休憩になった。チョコレートを開けると、顔を出した魔王様がさっそく一つ選び、しばらく黙って味わっていた。気に入ってもらえたようでよかった。私もお茶と一緒に一粒いただき、カーミラ様と作業へ戻る。
「スキミーさん、さっきのチョコレート、はいろんなお店で売っているの?」
「はい、毎年二月に“バレンタインデー”という、チョコレートを贈るイベントがあるんです」
「楽しそうねぇ。ほかの方にも贈ったの?」
「実家と、こちらで時々あうスキミーさんと……あと、竜騎士のジェラルドさんにも」
言ってから、紐を結ぶ手に少し力が入った。カーミラ様は、書きかけの添え状から顔を上げる。
「あら。祭りに来ていた、あの背の高い竜人の方ね」
「……この前、スキマバイトじゃなくて会いにこちらの世界に来たんです。一緒にご飯を食べたりして」
「うふふ、楽しかった?」
「……はい。すごく。でも、そもそも住んでいる世界が違うので、あんまり踏み込んじゃいけないのかな、とか」
カーミラ様はペンを置き、椅子の向きを少しこちらへ変えた。仕事中にする話ではなかったかもしれないが、なぜだろう、カーミラ様と話していると気持ちがポロポロと口に出してしまう。
「私ね、見たことがあるわよ。別の世界から来た人と、こちらの人が結婚したの」
「え……いるんですか、そういう人!」
「ええ。だいぶ前に、よく一緒に買い物をした子なの。私が服を勧めると、『そんな派手なのどこへ着ていくの!』って、ちっとも買ってくれなかったけれど」
カーミラ様が着ている服を、ちらっと見る。薄い光沢のある布に細かい刺繍が入っていて、ガッツリ胸元があいている。たしかに、私も着ていく場所には困りそうだ。
「でも、結婚式の衣装は一緒に選んだわ。何着も着替えるものだから、二人ともくたくたになって。結局、最初に着たものに決めたのよ」
「その人、最初からこちらで結婚するつもりだったんですか?」
「まさか!もうあの人には会わないって、私のところに泊まりに来たこともあるわよ。翌朝には迎えが来て、一緒に帰っていったけれど」
カーミラ様は懐かしそうに笑った。世界が違っても、喧嘩をして、友達の家に泊まって、仲直りするのか。なんだか、思っていたより身近な話だ。
「その子の話はともかく、スキミーさんは、次に会うお約束をしたの?」
「してないんです。春になったら、また厩舎のスキマバイトがあるはずなんですけれど」
「あら、仕事を待つの? あんなにいい男なんだもの、のんびりしていたら誰かに取られちゃうわよ〜〜」
「えっ」
「心当たりがあるわけじゃないわよ。でも、素敵だと思うのが、スキミーさんだけとは限らないでしょう?」
それは、そうだ。あの人にも仕事以外の付き合いはある。私が知らないだけで、休日に一緒にご飯を食べる人だって、ほかにもいるかもしれない。急に、次の厩舎の案件まで待つのが長く感じられてきた。
「……手紙、書きます」
「ええ。楽しかったなら、そう伝えてあげて。そうだ、使っていない綺麗な便箋があるから、あとで持ってくるわね」
カーミラ様は添え状を一枚仕上げ、私に渡した。そちらには春の挨拶が、綺麗な文字で書かれている。
あと半分、集中して梱包しなければ。
* * *
「あ、そういえば、もう一件送るところあるのを忘れていたわ。あなたの顔をみて思い出した」
そういってカーミラ様が引き出しから出した名刺には『スキミー運営事務局・王都本部』と書いてあった、え?運営事務局?王都?
「え、スキミーの運営って、王都にあるんですか?」
「ええ、そうよ。あなたにも助けてもらっているし、こちらにも、ご挨拶をね」
なぜだろう、勝手にスキミーの運営は現世の世界にあるんだと思っていた。だって、他のスキマバイトは普通に現世界のものだし、テレビでガンガンCMもやっている。一度、会社概要もしらべたが普通の企業と何ら変わらなかったように思える。
「この名刺の方に、お会いしましたか?」
「ええ。こちらの世界の人だと思ったけれど。明るい男性だったわ」
「そうなんですね……」
住所まで書いてある。王都にあるなら、行こうと思えば行ける……のか。
「そちらには、ハーブティーにしましょう」
そして、最後の箱が閉められた。あとは明日、商人が荷車で受け取りに来るそうだ。
「助かったわ〜。いつも、どこまで詰めたかわからなくなって、もう一度開けてしまうのよ」
「変更した分、こちらにも書いておきました。来年、使ってください」
一覧を渡すと、代わりに薄い箱をもらった。中には、縁に小さな黄色い花が描かれた便箋と、同じ柄の封筒が入っている。
「この前、綺麗で買ってしまったんだけれど、少し持っていって」
「わ、かわいい。いいんですか?ありがとうございます」
「せっかくなら、丁寧に書いてあげてちょうだいね」
前の返事は、バッグに入っていたメモ帳だった。今回は、もう少しちゃんと書こう。
部屋に戻り、スマホを確認する。
【 本日の給与:10000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:おかげさまで発送に間に合いました。またお願いね 】
スキミーの運営のことが気になり、再度ホームページを検索してみる。本社は東京、経営メンバーの名前も少し検索してみたが、異世界に関する情報は特になにもわからなかった。……知って、どうしたいのだろう。問い合わせフォームを開いて、すぐに閉じた。
カーミラ様にもらった便箋が、机の上で小さくキラキラ光っていた。




