第37話 手紙と、エプロンのない転移
十九時、駅前で戸倉さんと待ち合わせた。
「お待たせしました、……はい、これです」
「すみません、こんな時間に。ありがとうございます」
「買い物したかったんで全然。こっちの世界ではヒマなんで」
渡された封筒は、少し厚くて、ざらっとしている。裏返すと赤茶色の蝋で封がしてあった。映画とかで見るやつ。本当に封のために使うんだ。
「……戸倉さん、もう帰りますか?」
「いや、なんでも……って、もしかして、一人で開けるの怖いんですか?」
その通り。心臓がはち切れそうになる試験の結果や大事なお知らせを開ける時はいつも家族や友人に近くにいてもらっていた。そこにいてもらうだけで、平静を保てる気がするから。
駅前のカフェに入り、戸倉さんはコーヒー、私はカフェラテを頼む。色々としてもらったので奢りたかったが「この前チョコもらいましたし」と断られてしまった。席に着いて、封筒をもう一度ひっくり返す。この蝋は、割るんだよね。できれば綺麗に残したいけれど、爪で少し持ち上げてもびくともしない。
「……う〜ん、開かない」
「上の隙間から開けたらどうですか」
あ、そうか。ハサミなどは持ち合わせていないので、接着されていない端から少しずつ紙を裂いて、畳まれた便箋を取り出した。
『スキミーさんへ
手紙をありがとう。
二月二十七日なら休みが取れる。いつも厩舎に来てくれる時刻に、王都の転移門まで迎えに行こうと思うが、都合はどうだろうか。
よければ、一緒に食事でも。
あなたに会えるのが嬉しい。
ジェラルド・ヴェイン』
綺麗な字だった。厩舎の記録で見慣れているはずなのに、書いてある内容が違うと、こんなにも違って見えるものなのか。
あなたに会えるのが嬉しい。
そこをもう一度読んでから、とりあえずカフェラテを飲んだ。熱い。
「……見たい、と言ったら見せてくれますか。もちろん無理にとは言わないんですが」
「え、あ、はい、大したことは書いてないですけど……」
戸倉さんに手紙を渡し、もう一口カフェラテを飲む。自分の手が少しだけ震えていることに気づいた。
「……ていうか、まだ“スキミーさん”呼びなんですね」
「なんか、本名教えるタイミングなくて」
「たしかに。俺もほとんどの現場でスキミーさん呼びのままです。明日、またあっち行きますけど、返事しておきますか?」
「え、お願いしたいです。すみません何から何まで」
バッグに入っていたメモ帳を出し、その日、その時間に伺います、と書く。こっちにも便箋を持ってくればよかった。
私もお会いできるのを楽しみにしています。
「お願いします。……こっちは、読まないでくださいね」
「読みませんよ、おっと手がすべ……嘘です」
「もう!」
* * *
週明け、会社帰りに換金所へ寄った。
「こんばんは。あの、往復券を買いたいんですけど」
「はいよ。行き先は? 王都?」
「はい、それで」
おじさんは引き出しを開けて、細長い紙を一枚出した。もっと羊皮紙みたいなものかと思ったら、現世の金券とそう変わらない。表に『王都・往復』と印字されている。
「五千ね」
財布とは別にして持ってきたゴールドを出すと、おじさんはいつもと同じ手つきで数えた。私が渡した金貨が引っ込んで、一枚の券が渡される。
「これ、どうやって使えばいいんですか?」
「裏にQRコードあるでしょ。アプリ開いて、それを読み込めばいい」
「……今やっても、飛ばされません?」
「確認画面が挟まってるから、すぐには行かないよ」
念のため、家に帰ってからにしよう。問答無用で飛ばされたことだってあるから、信用ならない。帰り道でクリーニングに出していたセーターを受け取り、スーパーで安くなっていたあんかけ焼きそばを夜ご飯に買った。
家に着いてから券を読み込むと、スキミーに『転移券』と表示される。
【 行き先:王都転移門 】
【 往復:1回分 】
【 転移する 】
画面を閉じて、焼きそばを温める。ジージーと回る電子レンジの音だけが部屋に響いていた。
* * *
二月二十七日、金曜日。いつも通りの仕事を終わらせて、足早に家に帰る。薄い黄色のセーターを白いスカートを合わせてみたら、悪くはない。靴は茶色のローヒールのブーツを引っ張り出してきた。あとは髪型。結び直したり、下ろしたりしているうちに、何が良いのかわからなくなってきた。数年ぶりに引っ張り出してきたヘアアイロンで少しだけ毛先を巻いて、鏡から離れる。……まぁ、これで良いことにしよう。
チョコレート、ゴールドの残り、ハンカチ、スマホ、リップ。コートを羽織って、紙袋を持つ。いつもならこれに黄色いエプロンだけど、今日はいらない。
二十二時五十五分。
ソファに座って、手紙をもう一度開く。会えるのが嬉しい、と書いてあるからには、きっと向こうも待っていてくれる。それでも、スマホを持つ手が落ち着かない。
息を大きく吸い込んで、画面の『転移する』を押した。
* * *
光が消えると、足元は石畳だった。ひんやりとした空気に顔を上げた途端、大きな影がこちらへ動く。
「フローラ!」
金色の目が近づいて、鼻先が私の肩に触れる。
「久しぶり! 元気だった?」
フローラは目を細めて、もう少し撫でろというように首を下げる。その向こうから、「先を越されたな」と声がした。
ジェラルドさんは、鎧を着ていなかった。濃い色の上着に外套を羽織って、こちらを見ている。剣を持って立っているときよりも、少しだけ近づきやすい感じがするのに、顔を見たらやっぱり……かっこいい。
「こんばんは。今日は、ありがとうございます」
「こちらこそ。……来てくれて嬉しい」
「フローラも、迎えに来てくれたんですね」
「ああ。置いていこうとしたら、厩舎の出口を塞がれてしまって」
フローラの首を撫でながら笑う。それから、私のほうへ向き直った。
「……いつもと少し、雰囲気が違うな」
「え、へ、変ですか?」
「いや、とても似合っている。いつもの黄色いエプロンも似合っているが」
それは、嬉しいのか嬉しくないのか正直微妙なところだな。
「ジェラルドさんも、いつもと違いますね」
「今日は休みだからな。行こうか」
紙袋を左手に持ち替えて、差し出された手を取った。




