第36.5話 閑話・返事を預かる日 <戸倉視点>
ギルドの掲示板の裏で配線を確かめていると、セレネさんが顔を出した。
「戸倉さん! 帰る前に声かけてください。渡したいものがあるんです」
「あ、はい。あと少しで終わります」
何だろう。先日、塩谷さんにもらったチョコレートを思い出したけれど、こっちの世界にバレンタインはない。考えながら外した蓋を戻していたら、ネジを一本落とした。
仕事を終えて受付に行くと、セレネさんが引き出しから何かを取り出した。封筒?て、手紙?
「これ、なの花さんに、渡してもらえますか?」
「あ、塩谷さんに?」
「竜騎士のジェラルドさんからのお手紙なんです。なの花さん、お菓子を渡したいんですって」
なるほど、そういうことか。自分宛ての手紙なのかと思ったことは、顔に出ていないといいが。綺麗に蝋で閉じられた封筒を工具と一緒に入れるのもどうかと思い、鞄の薄いポケットにしまった。
「お返事、すぐ来たんですよ! 『セレネ殿、なるべく早く、届けてくれ』な〜んて言ってました」
あの竜騎士の低い声を真似しているらしい。似ているのか似ていないのかはわからない。
「それは、責任重大ですね」
「ですです! お願いします」
ここで帰ればいいのだけれど、セレネさんが片付け始めた机の上を、なんとなく見てしまう。
「あの、もう仕事終わりですか? よかったら、ご飯でも……」
「え! 行きます! ちょっと待っていてくださいね、ここだけ片しちゃうんで」
黄色いエプロンを外して鞄に入れて、玄関の脇で待った。前に一緒に食べた洋風の煮込みがおいしかったあの店にもう一度行きたい。
「お待たせしました!」
顔を上げると、セレネさんが白いブラウスに青いスカートで立っていた。いつもの制服ではなく、正月に出かけたときとも違う格好だった。よくみると、髪が丁寧に編んである。
「……どうかしましたか?」
「いや、いつもと違う、服だな〜って」
「あ、制服を直してもらったばかりで、また擦れないように、着替えて帰るようにしてるんです」
そうだよな。別に、俺と食事に行くからではない。
「青いスカート、似合ってますね」
口に出してから、ずいぶんじっと見ていたことに気づいた。現世で“服が似合う”なんて言ったことはないのに、異世界は俺の性格まで変えてしまう。少し戸惑ったセレネさんは、袖を俺の目の前に出して「みてください、お花の刺繍を入れてみたんですよ」と自慢してくれた。黄色い刺繍、とても上手にできている。
* * *
結局この前と同じ店に入ると、窓際の席が空いていたので、そこに座る。煮込みとパンを二人分、それから、セレネさんが気になっているという揚げた芋を頼む。フライドポテト、だろうか。
料理が来るまで、つい最近、塩谷さんとギルドで縫い物をした話をしてくれた。
「戸倉さん、配線、直せるなら縫い物もできそう」
「いやいや、そういうのは……って言いたい所なんですが、数年前に編み物にハマったことがあります」
「編み物って、あの、棒でセーターとかつくるやつですか? すごい!」
「結局セーターまではできなくて、ベストになっちゃいましたけど」
「私、やってみたい! 教えて欲しいなぁ」
元の世界で感染病が流行った時、家から出ることもできなかったのでちょっとやってみたらハマった編み物。何も考えなくても時間があっという間にすぎるし、手元にモノが残るので暇つぶしにピッタリだった。 このバイト生活が始まってしばらくやっていないが、まだ道具は残っている。
「上手く教えられるかわからないですが、いいですよ、今度やりますか」
「嬉しい! もう少し暖かくなると、丘の上にいっぱい花が咲くんです。そこにお気に入りのベンチがあるので、そこで一緒に……って、一人で盛り上がっちゃってますね」
「いや……行ってみたい、です」
楽しそうだ、誘ってくれて嬉しい、その気持ちをうまく言葉にできなくて困っていると煮込みが運ばれてきた。デミグラスのような香りがして、お腹が空いていたことに気が付く。「いただきます」と二人熱々を口に運ぶと、会話が止まった。口から言葉はでないが(あつい、おいしい、あつい)という顔を二人で見合わせて、笑ってしまう。
丘の上でエルフの子と編み物をする予定ができるなんて、人生はどう転ぶかわからない。
* * *
家に帰って、預かった封筒を鞄から出した。折れていないのを確かめてから、塩谷さんにLINEを送る。
『ジェラルドさんからの返事、預かりました。いつ渡せますか?』
速攻で『明日19時、』とだけ返ってきて、少し笑ってしまった。




