第36話 【本日のスキマバイト】ギルド、制服のお直し
二月十五日、日曜日。「明日は一日暇です」という戸倉さんを駅近くのカフェに呼び出し、小さな紙袋に入ったチョコレートを渡した。
「いつも色々ありがとうございます。ちょっとなんですが、お礼です」
「え、もしかして、これ、うわ、ありがとうございます。こういうの、久しぶりにもらいました」
紙袋の中から小箱を出して、「あ、今ここで食べちゃダメですね」としまっている。結構嬉しそうじゃないか、義理チョコとはいえ買ってよかった。ランチセットのサラダが運ばれてきて、さっそく本題に入る。
「あの、お正月、仕事じゃなくあっちに行ってましたよね。あれ、どうやって行くんですか?」
「ああ、換金所で往復券を買うんですよ」
「往復券……えっ、あのおじさんのところで?」
戸倉さんによると、一度あちらへ行ったことのある人なら買えるらしい。紙の券をスキミーのアプリで読み込んで使うと、自分の部屋から王都の転移門の前に着いて、帰りはいつもの門で。仕事じゃなくても言葉は通じるそうだ。
「往復で五千ゴールドです。向こうでご飯とか食べるなら、その分も余分にゴールド持っていったほうがいいですよ」
「あー……全部、円にしちゃってる」
「手数料かかりますけど、円でゴールド買えますよ」
「らしいですねぇ」
この前おじさんが言っていた、買う人ってこういうことか。うーん、手数料、どうしてもケチりたくなっちゃうんだよな。よし、次のスキマバイト代を換金せず、それで支払おう。
「どこかあっちで行きたいところがあるんですか?」
「……渡したいものがあって」
「ああ〜なるほど〜〜?」
メガネの向こうの目がニヤけているのがわかる。
「そういう戸倉さん、セレネさんと、どこに行ったんですか?」
「あ、う、え〜っと」
やられたら、やり返す。
* * *
二月二十日、金曜日。二十三時。
【 王都冒険者ギルド 制服の修繕補助 23:00〜25:00 】
【 時給:4200ゴールド 】
【 備考:衣類の受付、仕分け、簡単な繕い物。裁縫経験は問いません 】
今日のスキマバイトは、久しぶりのギルド案件にしよう。ボタンつけくらいなら私にもできると思う。最後に針と糸を持ったのがいつだったか、ちょっと思い出せないけれど。
転移した先は、ギルドの奥の部屋だった。長机の上に若草色の制服が積まれ、壁際には糸巻きや巻かれた布がたくさん置いてある。
「なの花さん! お久しぶりです!」
セレネさんが駆け寄ってきた。蜂蜜色の髪の間から、長い耳がぴんと伸びている。やっぱり可愛いなぁ、元気な声を聞くと、こっちも嬉しくなってしまう。
「お久しぶりです! よろしくお願いします。今日のギルドは、お裁縫なんですね」
「そうなんです! 仕立て屋さんに来てもらって、まとめて直すんですよ」
部屋の端のほうで、ハサミを片手に持った女性が手招きしたので、早足で向かった。
「いらっしゃい!よろしく頼んだよ! あんた、針仕事はやったことある?」
「だいぶ昔にちょっとだけ……」
「じゃあできるね、まずは預かった服の確認からお願いしよう」
黄色いエプロンをつけて、アプリに打刻をする。頑張ってゴールドを稼がなくては。
洗濯済みの制服には、持ち主の名前と、直してほしいところを書いた紙が添えてあった。袖口のほつれ、外れたボタン、破れたポケット。セレネさんと一緒に確かめて、修繕したい所に目印をつけていく。
同じ制服なのに、広げてみると背中が大きく開くものもあれば、お尻のところに切れ込みがあるものなど、形が少しずつ違っていて興味深い。
「これは、尻尾を出すところですか?こっちは羽かな」
「はい! 縁が擦り切れちゃうんですよ」
ここの世界ではみんな体がそれぞれ違う形をしているから、制服を注文するのも大変そうだ。ひととおり分け終えると、仕立て屋さんが上着を一枚、私の前に置いた。
「このボタン、取れかけてるからつけ直してくれる?」
「わかりました。えっと、針と糸……」
緑系の糸だけでも二十種類はある。目を凝らして色を合わせ、次は針に糸を通す。十代のころより目の焦点が合わなくなっているのを感じてちょっとだけ切ない。息を止めてやっと糸を通すことができた。もし次にこのバイトをするなら、糸通しを持ってこよう……。
「きつく引きすぎないようにね。ボタンを留めるほうの布が入るぶん、少し浮かせて……そうそう」
小学生の時に習ったボタンつけを思い出している隣では、セレネさんが袖口のほつれを縫っていた。私よりずっと細かく、綺麗に針が進んでいる。
「セレネさん、上手ですね」
「家でもやってるんで! 私、ドジだからよく裾とか引っかけちゃうんですよ、ほら」
見せてくれた袖口には、小さな繕い跡があった。
「わ、やっぱり上手。……そういえば、ちょっと前に戸倉さんに会いました、セレネさんも会ってますか?」
「え!そうなんですね。私は昨日会いました!」
昨日!? 結構な頻度で会ってないか? この人たち。
「最近、よく来てくれるんです。この前、市場を案内したんですけど、そこにある水車が気になったみたいで。ずっと見てました」
とても楽しそうに教えてくれるセレネさんの話にうんうん、と頷く。
「私、あの道を何度も通ってたのに、水車が何を動かしてるか知らなかったんです! 仕組みを教えてもらいました。……戸倉さんといると、とっても楽しいです」
二つの世界の間で生まれた恋は、どうなるんだろうか。自分のことも気になるけれど、セレネさんと戸倉さんのことも気になってしまう。おしゃべりをしながら進んだ針で、ひとつひとつ、制服が直っていく。
「ずっと思ってたんですけど、なの花さんのその服、動きやすそうですよね」
「パーカー? そうだね、楽で、洗濯もしやすい」
「お休みの日も着てるんですか?」
「うん。近所だったら、このまま……」
言いかけて、自分の服を見下ろした。仕事じゃない日にここに来る、ということは、何を着てもいいのか。ジェラルドさんと会うとき、なんとなくいつものバイト姿で行くつもりだったけれど、黄色いエプロンはいらないのか。
「お休みの日にも、来てくださいね。案内します!」
「そうだね。……あの、それで、ちょっとお願いがあるんですけど」
仕立て屋さんに確認してもらった最後の上着を畳み終えてから、セレネさんに向き直る。
「あの、竜騎士の、ジェラルドさんに、渡したいものがあるんです。お仕事じゃなく会いに行きたくて、ご都合を聞く方法はありますか?」
「竜騎士団の副長さんですよね? ギルドからお手紙を届けられますよ」
「お手紙! 出したいんですけれど、手配、お願いしてもいいですか」
「もちろん! 紙、持ってきますね」
セレネさんは棚から便箋を出してくれて、それから私の顔を見た。
「渡したいものってなんですか?」
「……おかし、です」
「いいですね! 喜ぶと思います!」
嬉しそうに言われて、なんだか私まで照れてしまう。
渡したいお菓子があることと、都合のいい日に伺いたいことを書いて、セレネさんに預けた。返事が届いたら、戸倉さんを通じて知らせてもらうことになった。
* * *
部屋に戻って、スマホを見る。
【 本日の給与:8400ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:制服が直って助かりました。また一緒にお仕事しましょう! 】
往復券を買っても、あちらでご飯を食べるぶんくらいは残るだろう。……食事がいくらだか、わからないけれど。
寝る前にクローゼットを開けて、奥深くに眠っていたお気に入りのセーターを取り出す。これなら、手持ちのスカートにも合うかな。一度、クリーニングに出さなくちゃ。




