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第35話 チョコレートとミックスサンド

 二月十四日、土曜日。


 新宿で待ち合わせた紗代は、もう可愛い紙袋を二つ持っていた。


「早くない?」

「ちょっと覗くだけのつもりが買っちゃった〜」


 今日は二人で、百貨店のチョコレート売り場を見る。紗代は旦那さんに子供たちをお願いしてきたそうで、昼ご飯もゆっくり食べられるらしい。


 エスカレーターを上がると、売り場は予想通り人でいっぱいだった。あまり長居すると疲れそうなので、できれば短期決戦で済ませたいところ。店員さんが差し出してくれた試食をいただくと、薄いチョコレートがぱりっと割れて、中からナッツの味が広がった。ナッツ味のチョコレート、好きだなぁ。


「ねえ、これ見て。缶、めっちゃ可愛くない?宝石箱みたい」

「え〜、可愛い。でも値段が……可愛くないよ」

「うっわ、えぐっ。旦那には絶対買えない」


 チョコレートを買いにきたのに、入れ物にも注目してしまう。食べ終わったあとに何を入れるかまで考えるのが楽しいのだけれど、安易に捨てられないのだけが難点だ。ディズニーランドのお土産の缶とか、何年家にあるんだろう。結局、メリーの缶が可愛くて実家に送ることにした。お母さんもお父さんも甘いものは好きだから、二人で食べるのにちょうどよさそう。


「実家に送るの? 律儀だね」

「お母さんもうすぐ誕生日で、プレゼントと一緒に送ろうかなって」


 用意してある贈り物に、この缶も入れて送ろう。バレンタイン当日に届かなくても、チョコレートはいつだって嬉しいだろう。あと今日買いたいのは、魔王城への大箱、色々相談に乗ってもらっている戸倉さんへの義理チョコ、あとは……あの、うん。


 一周で決め切りたかったけれどそうもいかず、催事場二周目に入る。紗代とはいつのまにかはぐれてしまい、「三十分後にレストラン街で」とメッセージを送った。『了解! ご武運を』とすぐに返ってきたので、気になっていた店に戻る。


「この大きい箱、ください」


 魔王城には、なんだかんだ安定感のあるGODIVAをチョイス。一つ一つが美しくて、どれを食べるか悩ましいやつ。次のお茶の時間には、六人であーでもないこーでもないと分け合えるに違いない。近々あちらにも行かないと。


 戸倉さんには、プラリネが二個で千円のやつ。店名はフランス語で読めないけれど、大げさにならずに渡せそうな、ちょうどいい小箱があった。いつもありがとうございます、と言って渡すならこのくらいがよさそうだ。


 最後は、……ジェラルドさん。


 何かいいのがあればと色々見たけれど、結局、来る前から気になっていたDEMELのソリッドチョコにした。猫が描かれた箱に、猫の舌の形をした薄いチョコレートが入っている。 <異世界に猫はいない。猫は、可愛いだけ> あの時の会話が忘れられなくて、渡すならこれかなと思っていた。


『猫、可愛いので、チョコレートになっちゃいました』


 そう言って、箱を見せたい。あの人はまた、不思議そうな顔で話を聞いてくれるだろうか。店員さんに包んでもらっている間に、スマホで時間を確認すると、そろそろ約束の三十分。会計を済ませてレストラン街へ向かった。


 * * *


「なの花! ふ〜、大変だったね。無事買えた?」

「バッチリ。買いたいものは全部」

「いいね、あーお腹すいた! てか喉乾いた! 何食べよっか」


 土曜日のお昼時間帯のレストラン街は、あっちもこっちも行列で、結局、比較的列の短い喫茶店に並ぶことにした。席に案内されると、二人ともまず紙袋を荷物籠にいれて一息つく。注文はミックスサンドに、アイスコーヒー。ホットコーヒーと悩んだけれど、さっきまでの熱気をアイスコーヒーで落ち着けたい。注文を終えると、紗代が紙袋の中から小さな包みを取り出した。


「なの花、今更なんだけど、マネージャー昇進おめでとう」


 私の前に置かれたのは、ピーカンナッツが中に入っているチョコレートだった。お世辞にもパッケージに“本命”感のないやつ。でも知ってる、これすっごく美味しい。


「え〜〜! ありがとう! ……じゃあ、私からも」

「えっ、お互いに選んでたの? 私たち仲良しすぎ」


 ウィスキーが練り込まれた生チョコレートを渡すと、紗代は箱の説明を読んで、嬉しそうに顔を上げた。


「ウィスキー! いいね、これは子供と旦那に見つからないところに置いとこ」

「寝たあとにでもゆっくり食べて」


 ミックスサンドとアイスコーヒーが運ばれてきて、二人でかぶりつく。卵もハムも厚めに挟んであって見た目も楽しい。きゅうりの歯ざわりと、少し効いたからしが、甘かった口にちょうどいい。


「私、今日はもう晩ご飯作らない」

「今、お昼食べてるのに」

「下でお惣菜買っていく。もうそう決めた」

「あ、それいいな。私もそうしよ」


 紗代は旦那さんに何が食べたいかメッセージを送ってから、私に向き直った。


「なの花がこんな催事に来るのめずらしい。本命チョコがあるんでしょ」

「……本命……なのかなぁ」

「そろそろ教えてくれてもいいころだと思うんだけどな〜」


 友人と恋バナ、実はかれこれ五年ぐらいはしていない。大学時代から長いこと付き合っていた彼氏と別れたのが六年前。だんだんと恋愛するのも面倒くさくなって、今の感情が恋なのかどうなのかも、正直よくわからない。


 ただ、渡すときに何を話そうか考えながらチョコレートを選んだのは、久しぶりだった。


「仕事で知り合った人で、遠くに住んでるんだよね」

「そっか。なかなか会えないんだ」


 紗代は急かさずに、私の話を聞いてくれていた。何をしている人なのか、どこに住んでいるのか、普通に話せたらいいんだけど。


「ま、話したくなったら教えてよ」

「そうだね、いつか、会ってほしいな」


 紗代は「楽しみ〜」と言いながら、付け合わせのピックに刺さったピクルスを食べた。


 帰りは地下で中華惣菜屋のあんかけ焼きそばを買って改札の前で別れた。紙袋の持ち手が、手にだいぶ食い込んでいる。チョコレート、小さいのに集まると重い。家に着いて、母の誕生日用の贈り物とチョコレートを一緒に箱に詰めて、近くのコンビニで発送を済ませる。母へ知らせると、『ありがとう。お父さんにはまだ内緒にしとく』とすぐに返信がきた。


 さて……チョコレートを買ったのはいいけれど、次にいつ会えるかは決まっていない。厩舎の案件が出るのを待っていたら、三月を過ぎてしまいそうだ。せっかく買ったのだから、できれば早く渡したい。


 そういえば、戸倉さん、お正月に仕事じゃなくあっちに行ってたな……。あのときはデートのほうが気になって、どうやって行くのかまでは聞いていなかった。チョコレートを渡すついでに、直接聞いてみよう。


『お疲れ様です。ちょっと聞きたいことがあって、明日、空いてる時間とかないですか?』


 メッセージを送ってから、紗代にもらったチョコレートを一粒、口に入れた。

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