第29話 【本日のスキマバイト】転移門の定期点検の立会い
一月二日、穏やかな年始だった。
紗代と初詣に行き、おみくじを引く。中吉で、そんなに珍しいことは書いていなかったが、待ち人の欄が気になった。『待ち人、来る。遠方より便りあり』。
「遠方からだってよ。どっからが遠方? 県またいだら?」
「国またいだら?」
私は、もっと遠い世界のことを思い出していた。おみくじは結ばずにポケットに入れて、紗代と出店の甘酒を飲んだ。
* * *
一月五日、仕事始め。今日から私はマネージャーだ。
けれど、席も、メンバーも特に変わらない。年始の手土産の手配どうしましょう?と後輩ちゃんが聞くので、自分でやりたい気もちをグッと抑えて、営業事務の田村さんにお願いすることにした。営業先に持っていくんだから、営業が手配したほうがいい。……会社のお金で大きなお菓子を買うの、好きだったんだけど、自分の仕事を増やさないことのほうが大切だ。
そして一月十日、土曜日。二十三時。
今夜の勤務地は、転移門である。
* * *
光が消えると、私は王都の外れの、石畳の広場に立っていた。
いつもなら、目の前にギルドの掲示板か、魔王城の会議室か、厩舎の匂いがある。今夜はどれもなくて、代わりに、目の前に門があった。
王都の転移門。ギルドや王宮、厩舎で働いた帰りにくぐっている門である。魔王城の近くにも一つあって、私が使っているのは王都と魔王城の二か所だ。他にもあるのかは、知らない。行きはいつも勤務先に直接現れるので、門の前に「着く」というのは初めてだった。
小学校の門ぐらいのサイズの石でできた重厚な門。扉はなく、枠だけが立っていて、枠の内側の空気が、水面みたいにわずかに揺れている。私が着いた瞬間に光ったはずの光は、もう消えていた。
「塩谷さ〜ん」
門の脇に、戸倉さんが立っていた。黒縁眼鏡に灰色のダウン、黄色いエプロン。手にはいつもの工具袋で、足元には見慣れない箱がひとつ置いてある。
「あけましておめでとうございます」
「あ、おめでとうございます。今年も……よろしくお願いします」
今年もよろしくしてしまうのだろうか。とりあえず今日の仕事を把握しなければ。
「戸倉さん、結構前についてたんですか?」
「いや、俺も五分前とかですよ。寒いですね、ここ」
「たしかに、寒いです」
誰もいない。ギルドの繁忙期のような人だかりも、魔王城の祭りのような明かりもない。門と、私と、戸倉さんと、石畳。運営の案件なのに、運営の人はいない。案件の詳細欄には「門の脇の記録石を読み取り、直近の通行記録を写してください。異常があれば報告してください」とだけ書いてあった。近くの小さな棚に、帳面が置いてある。
「これが、その石っぽいです」
戸倉さんが門の脇にしゃがんだ。門の柱の根元に、膝くらいの高さの黒い石が埋まっている。表面はつるりとしていて、何も書いていない。戸倉さんが石をさわると、ポッと光が灯った。
「……おお、光った」
続いて石の表面に、細い光の筋が浮かんだ。一本、二本、三本。上から下へ、並んでいる。
「一本が、一回の通行です。上が新しくて、下が古い。長さが光の量で、向きが、入ったか出たかです。俺はこれを読んで、塩谷さんは日付と向きと長さを書いてください」
「わかりました」
私が帳面を開くと、戸倉さんが読み上げる。う、寒い。手袋をしてくるべきだった。
「一番上。入。長さ、中。……これは、今の塩谷さんの記録ですね」
「え」
「今、着いたときのやつです。ほら、まだ端が明るい」
言われて見ると、一番上の筋の端だけ、確かにまだ白い。私がここに現れたときに、この門が光った。フローラが首を上げて見ているというのは、この光か。
「その下が、俺。五分前。入、長さ、細くて長い」
「線の形が違うんですか」
「人によって違うみたいです。俺のは細くて長い。塩谷さんのは、中の中。しばらく読んでると、誰の通行か形でわかるようになります」
私も細くて長いのがいい、と思ったが気にせず続けよう。私は帳面に「入、中の中」「入、細の長」と書いた。
そこから先は、戸倉さんが読み、私が書く作業になった。三が日は戸倉さんの筋が並び、その前には私の厩舎での勤務の記録もある。さらに収穫祭、初めてギルドに来た夜まで遡っていく。
「塩谷さんの一番古いのが、これですかね。夏です」
寒さで指がかじかんできた頃、戸倉さんの読み上げが止まった。
「……あれ、俺でも塩谷さんでもないやつ、ありますね。これ、誰だろう」
私も覗き込む。筋が一本ある。私のでも、戸倉さんのでもない形だった。太くて、少し斜めで、端が滲んでいる。
「私たち以外のワーカーの記録……?」
「まぁ、そうでしょうね。塩谷さん、俺以外に会いましたか?」
「いえ、多分会ってないです。黄色いエプロンは戸倉さんしか」
「俺もです。同じ日に入ってきてる。……まぁ、いいか、続けましょう」
私たち以外にも、ワーカーがいるのだろうか。いるなら、向こうは、私たちを知っているのだろうか。女性だろうか、男性だろうか。気になってしまう。全部の線を書き終わり、帳面を元の棚にしまった。
「戸倉さん、これ、どのぐらいの頻度なんですか?」
「運営が案件を出せば。今回が二回目なんで、たぶん三か月に一回くらいです」
「前回は一人で?」
「そうです。まぁ、正直一人でできなくない作業だとは思うんですが、なんで今日は二人なんだろう。まぁ、楽な案件だったということにしておきますか。これ、どうぞ、向こうで買ったやつなんで、もう冷たくなっちゃいましたけど」
「ありがとうございます」
寒い夜空の下、冷えた缶コーヒーを飲みながら、二人で門を見上げた。枠の内側で、空気が揺れている。三か月後の線は、どうなっているのだろうか。
門をくぐると、自分の部屋だった。着替えて、ベッドに入って、スマホを見る。
【 本日の給与:10000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:記録を受領しました。】
記録を受領しました、だけか。運営、今日も肝心なことは何も言わない。




