第28話 大晦日と、ちょっといい人
十二月三十一日、大晦日。
うちから埼玉の実家までは電車で一時間半で、この距離が絶妙に近くて遠い。泊まる理由がないくらい近くて、月に一度行く気にはならないくらい遠い。年に四回、顔を見せるにはちょうど良くはある。
昨日まで魔王城の中庭でコールされていた人間が、今日は実家のこたつで小ぶりなみかんを剥いている。温度差がすごい。
「なの花〜、あんた痩せた?」
「えー痩せてないと思う。でも最近動いてるから、ちょっと引き締まったかも」
「健康ならいいんだけど」
母は台所でいい匂いがする何かしらを作っていて、父親はこたつに入りスマホで格闘技を見ている。去年まではしょうもないバラエティをテレビで見ていたのに、いつのまにかスマホで動画をみるようになったか。時の流れを感じる。
こたつの上にはみかんの籠と、ルマンドやコアラのマーチの小袋が混ざったお菓子の籠。ルマンドを一本取って袋を開けると、母が台所から声をかけてきた。
「そうだ、冷蔵庫にシュークリームあるよ」
「シャトレーゼ?」
「そう。好きでしょ、クリーム二つ入ってるやつ」
「好き〜」
ルマンドを食べ終わってから冷蔵庫を開けると、卵のパックの上にシュークリームが三つ並んでいる。おせちの材料でぎゅうぎゅうな中にいるシュークリームは、窮屈そうでちょっと可愛い。
お皿を出そうか迷ったけれど、袋のままこたつへ持っていってかぶりつく。冷たいクリームがおいしい。これが百円やそこらで買えるのは奇跡だよなぁ。魔王様も驚くだろう。ふとした瞬間にもあちらの世界のことが思い浮かぶようになった自分は、だいぶ染まっている。
「晩ご飯、何時?」
「今それ食べてるのに、晩ご飯の話?」
だって、台所からお醤油のいい匂いがしているんだもの。
「筑前煮に味が染みたらね。ちょっと私も休憩。みかんちょうだい」
こたつに私、お父さん、お母さんの三人がぎゅうぎゅうになる。お姉ちゃんは夫さんの実家に行っていて、次にここにくるのは三日後らしい。五歳と三歳の姪っ子に渡すお年玉はお母さんに預けた。去年は一人三千円にしたけれど、ことしは五千円。スキマバイトのおかげです。
「それで、仕事はどうなの」
「年明けからマネージャーになる」
「あら〜」
母の手が止まった。喜ぶ顔ではなく、心配する顔だ。
「大丈夫なの? 残業増えるんじゃない?」
「いや、どっちかというと、減らす側?」
「ちゃんと寝てる?食べてる?」
「うん、寝てるし、食べてる」
指についたクリームを舐めて、あたたかいお茶を飲む。このシュークリームに日本茶という組み合わせも、実家でしか味わえない楽しみだ。
「で、……彼氏はナシ?」
実際問題、仕事の話よりこっちが聞きたいんだろう。わかってはいるけれど、毎年「いません」と答えているのも申し訳ない。
「……いい人が、いなくもない、かも?」
母の手からみかんが落ちた。父がスマホを下ろした。やばい、期待させすぎたか。
「いやいや、いなくもない、ってだけで。付き合ってるとかじゃないから」
「……まぁ、そう」
母は落ちたみかんを拾って、それ以上は聞かなかった。めちゃくちゃ聞きたい顔をしている。“あまり独身の娘にプレッシャーをかけないように”とでもどこかで読んだのだろう。
沈黙に負けて、こっちから口を開いてしまった。
「遠くに住んでるんだよね」
「遠いって、どれくらいだ」
父だった。ついにそっちも口を出してきたか。
「ん〜、電車では行けない」
「飛行機か」
「……飛ぶことは、ある」
「外国の方なの……?」
両親の頭にハテナが浮いているのがわかるが、それ以上は何も言えない。だって、本当になにもないし。
「まぁ、お母さんは、なの花が元気ならいいのよ」
「おかげさまで、だいぶ元気だよ」
「たしかに。この前より生き生きしてるかも。……で、その人って何歳なの?身長は?」
結局聞きたいんじゃないか、ちょっと笑ってしまったが、それ以上は何も語らなかった。
年越しそばの上にはヤオコーで買った海老天が一本のっていて、これを食べると年が終わる。母が煮物をタッパーに詰めてくれてしばしの実家滞在が終了した。
「さむいわね、風邪ひかないでね」
「お母さんたちもね。またそのうち来るね。それか、こっちにもたまにはきてよ」
「そうね。宝塚見たい」
* * *
空いている電車に座り、ぼんやり外を眺めていると紗代からLINEが来ていた。
『二日、初詣行かない? 旦那が子供見ててくれるらしくて。セールも行きたい』
『いいね。熱燗も飲みたい』
続いて、戸倉さんからも来た。
『明日、あっち行ってきます。何かお年賀、持っていったほうがいいですかね』
この人、そういうことを考える人だったのか。
『今から手に入らなくないですか? セレネさんなら、なにかコンビニで買える可愛いお菓子とか持って行ってもいいかも』
『なるほど。ありがとうございます』
なるほど、ではないと思う。というか、気づくの遅すぎるだろう。なんだか切羽詰まってそうなので、ゴールドランクになったことを報告するのはまた今度でいいか。
最寄り駅に着いたのは二十三時半で、とりあえずテレビをつけると紅白歌合戦のクライマックスだった。タッパーを冷蔵庫に入れて、コートを脱いで、ソファの上でスマホを見る。
今年もあと五分。
今年は、異世界でバイトをした。魔王に会って、竜に乗って、城の倉庫の掃除を手伝った。マネージャーになることを決めて、数年ぶりに男の人と連絡先を交換して、好きな人が……。一年前の大晦日、この部屋で何をしていたか、もう思い出せない。
あと三分、というところでスマホが震えた。
【 スキミー運営事務局より、あなたに指名オファーが届いています 】
【 ゴールドランク限定案件:王都転移門 定期点検の立会い 記録係 】
【 日時:一月十日 23:00〜25:00 】
【 備考:他のワーカーと共同での勤務となります 】
転移門。帰りにくぐっている、あの門の点検である。誰が管理しているのか考えたこともなかったけれど、運営事務局だったのか。そして、これは戸倉さんと一緒ということかな。
あけましておめでとうございます。今年も、スキマがなさそうです。




