第27話 【本日のスキマバイト】魔王城、年末慰労祭の二日目
この世界のバイト先が、いつか繋がるとは思っていたけれど、それが今日だとは。
魔王城の入り口で王宮のエルバートさんが名乗り終えても、中庭は静かなままだった。村の人たちは足を止めて王宮の紋章を見ているし、四天王は階段の上で固まっている。
私は黄色いエプロンのまま、案内所の机の前に立っていて、隠れる場所はない。エルバートさんの目が、私で止まった。
「……スキミーさん」
「……はい」
「ここでもスキマバイト、していたんですね」
言い訳を考える前に、横から声が飛んだ。
「スキミー利用規約、第五条」
レヴィナス様である。いつのまに横に来たのか。眼鏡を押し上げて、エルバートさんにずい、と一歩踏み込んだ。この二人、雰囲気が似ている、どちらにも怒られたくない。
「ワーカーは中立である。雇用主は、ワーカーが他勢力で勤務することを理由に、不利益な扱いをしてはならない。……ご存じかと思いますが」
「ああ、もちろん知っている」
エルバートさんは知っているけれど言いたいことはある、という顔だった。私はこの顔を監査のときに何度も見ている。沈黙の時間は、扇がぱちんと鳴って解けた。
「あら〜、王宮のみなさま、来てくれたのねぇ。案内状、届いてよかったわぁ」
カーミラ様だった。エルバートさんが懐から一枚の紙を出す。箔押しの案内状だ。あれ、本当に押したのか。魔王様の首が、ゆっくりカーミラ様のほうを向く。
「……やはりカーミラ、お前の仕業か」
「あらいいじゃない。お隣なんだもの」
「隣なんだもの、で、百年ぶりの……」
視察といっても、祭りは今日のところは終わりで来賓は帰りはじめている。エルバートさんは中庭をひととおり歩いて、工程表の前で足を止めた。
「……これは」
「工程表です。城のみなさんが作りました」
「ほう」
エルバートさんは『星を見る区間』の紙をしばらく見て、何も言わずになにかを手帳に書いた。緊張しながら足取りを追っていると……いつのまにか、ジェラルドさんが私の横にいるではないか。ああ、春まで会わないと思って気を抜いていたのに、突然目に入るその姿は、心臓に悪い!
「……ここでも、働いていたのか」
「月に一度。書類の整理とかをしてまして」
「そうか。元気そうでよかった……手が、綺麗になった」
「……いただいた軟膏が、良く効きました」
すぐに気づかれた手の変化にドギマギしてしまう。あれから、ネイルもしたなんてことがバレたら、なんて思われるか。
「今日は、フローラはいないんですね?」
「魔王城に竜を連れてくるわけにはいかないから、馬で来た。……君に会ったことがバレたら、嫉妬されてしまうな。……春になる前に会えて、うれしい」
彫刻のように整った顔が、ふわりと笑うと胸が張り裂けるように苦しい。認めたくないけれど、私はジェラルドさんが……。
「邪魔をした、また明日も来よう。では」
エルバートさんの一声で、王宮の人々がサッと帰って行く。そうか、明日も。
* * *
二日目、十二月三十日の夜。
朝方帰ってきてから、昼過ぎまで泥のように眠ってしまい、家のことを何もしていないのにもう出発の時間だ。顔を洗って支度をする。年内最後の転移、やりきって年を越すぞ。
一夜たった現場は、昨日と少し空気が違った。魔王城の祭りに王宮の役人が来ている、という噂が村々に回って見に来た人が増えたらしい。カーミラ様が「宣伝になったわねぇ」と満足そうにしていた。
今日の目玉の腕相撲大会は、中庭のまん中に置かれた小さなステージの上で行われる。ガルガンチュア様が仕切っていて、兵と村の若者が交互に並び、私は記録係だ。
トッドさんの息子は体格のいい獣人の青年で、名前はロイと言った。相手は魔王城軍務の若い兵。勝負は一瞬、ロイさんが勝った。兵が台に手をついたまま「もう一回!!」と言い、ガルガンチュア様が「一回勝負だ! でも時間が余ったらまた挑戦してもいいぞ」と、矛盾したことを言うので客も盛り上がる。
そこから村の若者が次々に名乗り出てくると、魔王城の兵が次々に負けてしまい、ガルガンチュア様が腕を組んで「鍛え直しだな……」と呟いていた。でも、負けているのに嬉しそう。
最後の一組が終わったところで、ガルガンチュア様が中庭を見回して、王宮の一団のところで止まった。
「竜騎士。手合わせ願う」
中庭がざわっとする。ジェラルドさんは少し考えてから外套を脱いだ。うそ、やるの! 体格差がすごいけれど、そんな。どちらにも勝ってほしい。
「仕方ない、一回だけ、お相手しよう」
台の上で、鎧の手と鱗のある手が組まれる。長い試合だった。両者譲らず、ピクリとも動かない。ガルガンチュア様の腕が少し倒れて、戻って、ジェラルドさんの首筋の鱗がうっすら光り、一気に動く。最後に相手の腕を倒したのは、……ジェラルドさんだった。
「はぁっ!竜騎士……強いな!! 俺も鍛え直しだ!」
「ふぅ……ありがとうございます。さすが、お強いですね。腕、痺れててしばらく使い物にならなさそうです」
ガルガンチュア様が笑って中庭が沸いた。王宮の役人たちまで拍手していた。こちらを見たジェラルドさんが手を振る。これは、私に、だよね。ひらひらと振り返すと、満足そうにステージを降りて行った。
催しが全部終わり、魔王様が階段の上に立つ。最後の挨拶だ。
「今日と昨日、来てくれてありがとう。……飯は、うまかったか」
中庭から「おいしかった〜!」と声が返って、魔王様の尻尾が一回だけ床を叩いた。
「来年も、やるぞ!!」
拍手が広がる。城壁の上から、骨と骨が当たるカシャカシャとした乾いた音が三百体分、少し遅れて重なった。骸骨兵の拍手だ。王宮の一団の中でエルバートさんは拍手はしていなかったけれど、頭は下げていた。拍手がおさまったところで、ネクロス様が私のほうを見た。
「……スキミー……殿」
「はい?」
「……前へ」
いやいやいや。首を振ったけれど、レヴィナス様が背中を押して、カーミラ様が扇で階段を指した。四天王に囲まれて逃げ場がない。階段の下に立たされた私に、魔王様が言った。
「この祭りは、スキミー殿がいなければ成功しなかった」
「いえ、私はなにも、むしろ削ってしまって」
「それが一番難しかった。ありがとう」
中庭から「スキミーさ〜ん!」と声が上がった。
“スキミーさん”。それは私の名前ではなくて、役割の呼び名だ。でも今この中庭にいる人たちは、その役割の私に向かって手を叩いてくれている。三十二歳会社員、人生で初めてのコールである。顔が熱くて、どこを見ればいいのかわからなくて、つい王宮の一団のほうを見たら、ジェラルドさんと目が合った。彼は手を叩かずに、こっちを見て少しだけ頷いた。
……だから、心臓に悪いんですって。
この日の評価は、こうだった。
【 本日の給与:20000ゴールド(二日間) 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:来年も、やりたい。来年も、お願いいたします 】
画面を閉じようとしたら、もう一枚通知が重なる。
【 あなたのワーカーランクが「ゴールド」に昇格しました 】
【 特別案件が解放されます 】
昇格の基準は今回も書いていない。この運営、本当に肝心なことを教えてくれない。それでも、戸倉さんと同じランクになって少し誇らしい。あとで報告……いや、明日は大晦日で実家だ。
今年は、本当に色々ありすぎる。




