↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
30/67

第30話 【本日のスキマバイト】パンに、焼印をつける

 木曜日の夜、のつもりでいたら、もう日付が変わって金曜日の一時だった。


 相変わらず、ベッドの中でスキミーを眺めていた。あちらの世界ではゴールドランクに上がったが、こちらの世界のバイト案件を見てぼーっとするのも続けている。まぁ、辞める理由もないんだけど。最近は <<長期で働ける人募集!>> と書いてある案件も増えていて、人材の確保がいかに大変か、身に沁みる。


 一応ゴールドランクの内容も見てみるか、と開くと、そこには一件しか表示されていなかった。


 【 王都パン屋 焼印補助 25:00〜27:00 】

 【 時給:2000ゴールド 】

 【 備考:焼き上がったパンに店の印を押す作業です 】


 パンに印をつける……?これのどこがゴールドなんだろうか。なんだかすごいパンなんだろうか。気になるけれども、朝から会社なので、もう寝ないといけない。パン……どんなパンなんだろう、眠気が襲ってきて目を閉じかけた時、指が触れてしまった。


「……あ」


 光った。


 ちょっと待って、明日仕事なんだけど。着替えてないんだけど。パーカーにスウェットなんだけど!


 目が完全に開く前に、パンの焼けるいい匂いがした。


 * * *



 石の釜が二つ並んだ、小さな店の裏だった。天井は低くて、壁も床も粉っぽくて、暖かい。


 釜の前に、腕の太い店主が立っている。人間でいうと、五十代くらいだろうか。前掛けが粉で白い。


「おお、スキミーさんが来たか!助かった!今日、いつも働いてくれているドワーフが風邪を引いたらしく、困っていたんだ」


 転移してしまったらもう、やるしかない。黄色いエプロンをつけて、出勤の打刻をした。


「よろしくお願いします。何をしたらいいでしょうか」

「おう!見てな、こうして、こうだ」


 じゅっ!という小気味良い音がする。鉄の棒の先に小さな印がついていて、それを釜の口であたためて、パンの底に押す。麦の穂みたいな模様がついた。三個やって見せると、店主は棒を私に渡して、奥の粉の山に戻っていった。


 えっ、説明、終わり?


 台の上に、焼き上がったパンが並んでいる。丸いのが板一枚に二十個くらい、板が奥まで何枚も並んでいて、結構な数がある。とりあえず見よう見まねでやってみよう。棒をあたためる。押す。じゅっ。次。


 二個目、これは頭を使わない仕事だとわかった。三個目、体力も使わないとわかった。四個目、あとは二時間これだけだと……わかった。


 ゴールドランク、なんですけど?と思わなくもないが、これはこれでいい案件なのかもしれない。現世でも、ひたすらコピペする作業、結構嫌いじゃなかったし。最初は数えていたパンの数も、三十くらいでわからなくなって、それからは無心になった。


 押す。じゅっ。


 冬物セールでカートに入れたセーター、そういえばまだ決済してなかったな。あと二千円で送料無料になるのに、その二千円が難しくて、もう送料払っちゃおうかな。ってかやっぱりいらないかな。


 押す。じゅっ。


 朝の情報番組で紹介してた東京駅で売ってるおみやげ、美味しそうだったな。でも新幹線に乗る用事もないのに東京駅行くのって変な感じなんだよな。


 押す。じゅっ。


 戸倉さんとセレネさん、二人でどんな会話しているんだろう。結構お似合いだと思うんだよね、根掘り葉掘り聞かないでおこうと決めたのは私だけど、聞きたくはある。でも戸倉さん自分から話さなさそうだなぁ。もう結構進んでたりして。


 押す。じゅっ。


 転移門の石にあった、私たちじゃない線、誰なんだろう。他にもあの黄色いエプロンを着て、どこかで何かを押したり書いたりしている人がいるのかな。男の人だろうか、女の人だろうか。


 押す。じゅっ。


 魔王城は、祭りの片付けをしっかり終えられただろうか。


 押す。じゅっ。


 春に、もう一度……。棒が少し止まってしまった。再度あたため直して、押す。フローラは今夜も、門の光を見て首を上げているんだろうか。ジェラルドさんも、気づいているだろうか。


 押す。じゅっ。


 なんで私こんなところでこんなことしてるんだろう。私の指がこの仕事を選んだからか。


 押す。じゅっ。じゅっ。じゅっ。


 考えることがなくなってきて、それも悪くない。無心で印をつけていく。二時間経ったことは、スマホが震えて教えてくれた。台の上のパンは全部、印がついている。


 店主が奥から出てきて、板を一枚ずつ確かめて、うんうんと頷いた。それから、一番最後に押したパンを私に渡す。


「お疲れさま!いやぁ、助かった、ほれ!食え」

「やった!ずっと印押してて、お腹空きました」

「おう、うちのパンは結構評判いいぞ!」


 まだあったかくて、口にすると外も中もふわっとしていて、塩とバターの味がした。おいしい!家の近所にこのパン屋があったら通ってしまいそうなぐらい美味しい。


 店主はもう次の仕事をしていて、私が食べ終わるのを見ていなかった。お礼を言って、一人また、転移門をくぐる。


 こんなスキマバイトも、いいなぁ。


 帰って、スマホを見る。


 【 本日の給与:4000ゴールド 】

 【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】

 【 コメント:上手に印がついていました 】


 ゴールドランクの仕事、パン。今日は出社日だけれど、体は疲れていないし、パンの匂いがまだ手に残っていて、深く眠れそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
菓子工場の焼き菓子係でバイトしたときは、焼き上がり直後の菓子に関わるのでえらい暑かったなと思い出しました。ブランディングの器具も含めると大変そう。
焼印ってのは正確に大量にやり続けなきゃいけないんで、機械化されてないんじゃ人を選ぶわな 食品だからバイトテロされたら終わりだし
『これのどこがゴールドなんだろうか。』 いやいやいや。 いやいやいや。 ゴールドですよ。私なら絶対手を出しません。怖すぎて。 焼き印は経験ないですが、昔、某全国チェーンのカフェで働いていたことがあり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。