第25話 仕事納めと、シウマイ弁当
十二月二十九日、仕事納め。
午後からは毎年恒例の大掃除で、共用冷蔵庫の整理をはじめる。誰のものかわからないドレッシング、誰も飲まなかった貰い物の100%果汁のジュース、これまた貰い物の水羊羹、誰のものかわからないタッパーなどなど。
「塩谷さん、それ全部捨てるんですか?」
「そうだね、水物流すのが面倒くさいんだけど、これだけはしょうがない」
「その濃いジュース、毎年余ってますよね〜……あれ?」
後輩ちゃんが、私の手をじっと見た。
「塩谷さん、ネイルしてます? めずらしい」
「あ」
「しかも手つやつや!」
「……いいヨーグルト買ってて」
「ヨーグルト塗ってるんですか?」
それはない。しかし、塗っているのは、竜用の軟膏です、とは言えない。
「もらいものの、ハンドクリームが効いてるのかなぁ」
「え、どこのですか? 私も欲しい」
「……取引先がくれたからわかんないんだよね」
「取引先がハンドクリームくれるんですか!?」
くれた。鱗によく効くやつ。思い出したら手がむずむずしてきたので、私はジュースを流しに給湯室に逃げた。
三時から部長の挨拶。「今年一年、みなさんには本当に」が三回出てきたあたりで、私の耳は聞くのをやめた。そのあとに、高野さんへ花束贈呈だった。産休はまだ先だけれど、有給を全部足すと今日が最終出社になる。もうお腹がだいぶ大きく見えるのに、まだここから大きくなるのか。母親は偉大だ。
「わっ!大きい。ありがとう」
花束を受け取った高野さんは、笑ったまま鼻の頭が赤くなっていた。みんなが順番に挨拶していて、私は最後に並ぶ。
「なの花ちゃん、来年からよろしくお願いします」
「はい!引き継ぎファイル、ありがとうございました。最後のメッセージも、心に刻みました」
ファイルの最後には、『困ったら連絡していいからね、適当第一!』と、手書きの紙が一枚挟まっていた。高野さんはコートを着て、最後の雑談をはじめる。
「年末年始、どっか行くの?」
「大晦日に、実家に顔だけだそうかなって。すぐ近くなので日帰りで」
「泊まらないんだ」
「泊まると、いろいろ聞かれるのが……」
「あ〜、うん、わかる、わかるよ」
この年になり、親も何も言わなくなってきたけれど、それでも長時間過ごすと面倒臭い会話が増える。
「あとは……年末に、知り合いの地域のお祭りの手伝いを」
「なの花ちゃんが? お祭りの手伝い?」
「はい。裏方なんですけど」
「へえ〜、すごい、充実した年末だ」
確かに、週休三日を持て余していた私が、今年はだいぶ充実している。高野さんはにっこり笑って、私の肩をぽんぽんと叩いた。
「ま、適当に、適当に」
会社を出たのは十七時で、そのまま新宿へ出る。今夜の魔王城への手土産を買うのだ。
これまでの手土産は五つ入りでよかったけれど、今回はお祭りの裏方さんにも行き渡るようにしたい。現実でも、展示会の裏方の人たちは控室のおやつを嬉しそうに食べているのをよく見る。
甘いものとしょっぱいもの、どっちにしようと悩んでいると目に崎陽軒のシウマイが入った。温めなくてもおいしくて、一口で食べられる。いったい何個必要か計算するのが難しかったので、とりあえず片手でもてるぐらいでいいか。
「シウマイ、五箱ください、あと、シウマイ弁当ひとつ」
これは、私の今日の夜ご飯。
目に入ったので、木村屋のあんぱんも買うことにした。夜通し働く人には、甘くて腹に溜まるものが要るだろう。ああ、チョコレートでもいいかなぁ。年末のデパ地下というのはなんでこんなにもワクワクするのだろうか。誰かにあげるものを選びにきている人は、忙しそうな顔をしながらも楽しそうだ。
家に帰り、大掃除で埃っぽくなった体をまずは洗ってからお弁当を開ける。このシウマイ弁当は、どこから食べるかが悩ましくて楽しい。まずはシウマイをひとつ、そしてご飯、次はこのマグロの……と箸をすすめていると、戸倉さんからメッセージが届いた。
『年内お疲れさまでした。ちょっと相談で、セレネさんが、アプリ通さずに来てくれないか、って』
『仕事じゃなくて、ってことですか?』
『多分そうなんですけど。連れて行きたい場所があるとか』
仕事じゃなくて、アプリを通さずに?連れて行きたい場所? それはもう、デートのお誘い、なんじゃないでしょうか。それをわかっていて、私に相談しているのか、なにもわかっていないのか。
『行きたいなら、行ったらいいんじゃないですか?』
とニヤニヤ笑う猫のスタンプを押して、お弁当に戻る。箸を持つ右手が取引先からもらったハンドクリームでツヤツヤの私に、彼を揶揄う権利はないかもな。
ついに、魔王城の祭りだ。




