第24話 クリスマスイブのスキマバイト同盟
十二月二十四日、クリスマスイブは平日だった。
会社では、営業部の若い子たちがそわそわしながら定時で帰っていく。子供がいる紗代は「今日の仕事はこれからが本番。サンタになってくる」と気合いを入れて帰って行った。
特に用事がない私は、焦らず仕事を片付けて、十九時すぎにオフィスを出た。ここからの予定は、スーパーに寄って自分の夜ご飯を確保して帰るだけ。普段の平日と何もかわらない。
駅の改札を出たところで、スマホが震えた。え、戸倉さんからのメッセージだ。
『今、換金所にいるんですが、年内は今日までらしいですよ。一応お知らせです』
めちゃくちゃ業務連絡! 今、手元にゴールドはないが、せっかくなので戸倉さんと換金所のおじさんにメリークリスマスそして良いお年を、とでも言ってから帰ろう。『今駅なので、行きます』と返信して足早に向かった。
「こんばんは」
「早っ。連絡してから三分ぐらいしかたってなくないですか」
「ちょっと転移門をくぐってきました」
しょうもない冗談すぎて、苦笑いさせてしまった。おじさんが「あんたも来たか」という顔をして笑ったので、「メリークリスマス」と窓越しに伝えると、パッケージにサンタクロースの絵が書いてあるちいさなチョコレートを一つくれた。今年のサンタは、ここにいたか。
「塩谷さん、ご飯たべましたか?」
「いえ、これからスーパー行こうかと」
「もし時間あれば、ちょっと飲みません? 仕事の話というか」
少し間があってから、言い訳のように言葉が続いた。
「あ、今日クリスマスイブですよね、嫌だったら全然」
「いいですね、行きましょう。クリスマス予定ない同士」
場所は、線路沿いの焼き鳥屋にした。何度も前を通っているのに、一人では入ったことのない店。引き戸を開けると煙と出汁の匂いが押し寄せてきて、一気にお腹が空いてくる。とりあえずビールを頼むと、キンキンに冷えたジョッキと、大根おろしのお通しがすぐに運ばれてきた。
「では、お疲れ様です」
二人、ビールを数口のんで焼き鳥のメニューを見ながら会話をする。
「そういえば、さっき何か書いてましたよね。両替って、あんなに手続きありましたっけ」
「あ、俺、換えてないんですよ。預けてるんです」
「預けて……?」
「あの店、両替だけじゃなくて預かりもやってるんです。ゴールドのまま置いておいて、必要なときに必要な分だけ円にする。外貨預金みたいなものですかね」
私は毎回、全部円にしてもらっていたが、そんなことができたのか。
「なんで両替しないんですか?」
「今、別に円を使う用事がないので。家とか車買う予定もないですし。あと、ゴールド持っておけばあっちでつかえるので」
円を使う用事がない。たしかに。私も、欲しいブランドバッグがあるわけでもないし、こっちの収入でまぁ慎ましく生きてはいけている。しかし、ここ三か月での換金レートはほぼよこばいで、ゴールドで持っておく理由もあまりない気がするが……。まぁ、一つ賢くなった、ということにしておこう。そうこうしていると焼き鳥の盛り合わせ、梅水晶、野菜サラダ、が運ばれてきて、机の上は即席のクリスマスパーティーのようになった。
その後は、自分たちの最近のスキマ仕事の話で盛り上がった。
戸倉さんが今月、ギルドの掲示板の保守に呼ばれたらしい。依頼書を貼ると複写が作られる仕組みが、複写を二枚作ったり、まったく作らなかったりしていたそうだ。原因は冬の冷えでマナの流量が落ちていたことで、直すのは四十分で終わったとか。
「私の仕事とは全然ちがう」
「まぁ、仕事はいいんですけど、そのあと、二時間くらい仕組みを説明させられて」
彼は串を持ったまま、少し困ったような顔をした。
「受付の元気なエルフの子いるじゃないですか。いちいち全部聞くんですよ。電圧ってなんですか!水路が細いってどういうことですか!って。しかも羊皮紙に図まで描き始めて」
「それ、セレネさんかな」
異世界なのに世間が狭い。しかし戸倉さん、セレネさんの話をする時の顔が、すごくなんというか……嬉しそうというか……。俺、困っちゃって〜の顔が、絶対に困っていない。ほうほう、ふ〜ん。
「で、冬のあいだに全部見たほうがいいって話になって、三が日に全台点検することになりました」
「お正月!予定空いてたんですか」
「すごい目で訴えてくるので、空けましたよ!もう、あの、黄色い絵文字のうるうるしたやつみたいな、顔で、あ、すいません、生おかわり」
スキマバイトというのは空いている時間にやるものだ。空けてまでやるものは、もう、そういう名前では呼ばない気がするんだけれど……。まぁセレネさん、可愛いし助けたくなっちゃうのはわかる。
「塩谷さんこそ、どうなんですか」
「え」
「一緒に空飛んでた角生えたイケメン、見ましたよ」
「え」
見られていたか。少しお酒が回ってきて、先日の竜たちの冬支度の時の話をしたくなったが、ぐっと堪える。絶対に明日「言わなきゃよかった」って後悔するやつだから。
「あれは業務ですっ」
「ですよね〜」
戸倉さんは何も追及しなかった。代わりに、二杯目のビールをひと口飲んでから、こんなことを言った。
「俺、あっちに行くようになってから、こっちの仕事への向き合い方が前よりマシになったんですよ」
「というと?」
「前は、不具合が起きたものを直しても“当然”のような顔をされて。なんなら、不具合が起きたことのほうにイライラされて。それが普通だと思ってたんですけど。あっちで、めちゃくちゃ感謝されたじゃないですか。そしたら、こっちでも、実はけっこう俺の仕事って大事なのかなって思えるようになって」
彼は最後の一串を食べて、言った。
「たぶん、環境が人を変えるんじゃなくて、環境が変わると、自分の見え方も変わるというか増えるのかなって」
私も似たような気持ちだった。あっちで感謝されて初めて、自分が働いてきたものが積み上がっているのを感じた。自分の見え方が、変わる、か。
「……戸倉さん、いいこと言いますね」
お腹もいっぱいになり、おしゃべりをしたい気持ちも落ち着いたし、明日も仕事があるので解散することになった。
「じゃあ、また。どこかの現場で」
「はい。……あ、戸倉さん、メリークリスマス」
「メリークリスマス。良いお年を」
イブの夜に、焼き鳥屋で異世界の話をして解散する。今年のイブは、なかなか良かったんじゃない? 鞄の中には、店を出るときに大将が「余ったから」とプラスチックのパックに入れてくれた鶏皮が入っている。クリスマスケーキより、こっちのほうがいい。家で一人、二次会といきますか。
仕事納めまであと数日、そして年末には、魔王城の祭りが待っている。




