第23話 【本日のスキマバイト】魔王城、祭りの進捗確認
十二月は、現世も異世界も忙しい。
こっちでは引き継ぎと年末の精算に追われ、案件を配るたびに「これ、うちの担当じゃないと思うんですけど」と返される日々。そうですか私がやります、と言わないでいるのは、思っていたよりずっと体力を使う。
そして金曜日の夜、私は魔王城の会議室に立って、しばらく声が出なかった。
壁一面に、紙が貼られている。
「……これ、なんですか」
「……工程表、というものを、作ってみた……」
ネクロス様のフードが、心なしか誇らしげに見えた。左から右へ日付が並び、その下に催しの準備、装飾、食事、警備の四本の帯。担当者の名前が書かれ、済んだものにはチェックがついている。私が教えたのは「朝夕に三十分の報告会をしてください」だけで、工程表なんて一言も言っていない。
「毎日、報告会をしていたら……口だけでは覚えきれなくなって……壁に、書くことにした……」
三百年、丼勘定でやってきた城が、一か月で工程表を自力で発明したことに感動して、拍手までしてしまった。……しかし、その拍手はすぐに止まることになる。
「あの、この『来賓席・三百名』というのは……?」
「ああ、それか」
魔王が、いい笑顔をした。
「領内の村々に案内状を出したのだ。せっかくの祭だからな」
「せっかくなので!?」
目的をひとつに絞ったのは、一か月前のこの部屋。この祭りは、城の皆をねぎらう祭りだったはずなのに。
ちなみに、魔王城の周りには魔王領の村がいくつもある。ここは王国と対立しているとはいえ、ひとつの領地らしい。魔物も人も獣人も、それぞれの村で普通に暮らしていて、税を納め、城に守られている。私はずっと城の中しか見ていなかったので、この人たちに領主としての顔があることを、正直あまり考えていなかった。
「広報担当として、腕が鳴ってしまって〜」
カーミラ様が扇の陰で笑った。この人が魔王をそそのかしたに違いない。慌てて工程表を上から下まで確認する。装飾の帯が伸びている。警備の帯も伸びている。食事の帯にいたっては、当初の三倍の分量が書き足されていて、その横に赤い字で『調理係、不足』とあった。
「レヴィナス様、予算は……」
「一・八倍で再計算済みです。……ただし、人手が足りません」
別に、私の財布は関係ないので予算が膨れ上がることは好きにしたらいいのだが……。人手ばかりはどうにかしないといけないだろう。残り二週間で、三百名分の受け入れ。しかも城の皆をねぎらうという当初の目的も、捨てるわけにはいかない。
「わかりました。そうですね、では、削りましょう」
全員がぽかんとした。増やす相談をしていたのに、削る提案をしたのだからそうなるか。
「三百名を呼ぶのは決まったことなので、そこは動かせません。でも、催しの数は減らせます。多すぎると、みんな全部を見られないので、かえって楽しめないんです」
うちの会社の展示会でも、同じことが起きる。あれもこれもとブースを盛ると、一つが薄くなるし、連携はとれないし、来場者は疲れて三十分で帰る。
「ガルガンチュア様、催しは今いくつありますか」
「二十二だ」
「うーん…十に絞りましょう。残りはまた次にしましょう」
「……次も、あるのか」
魔王が、ぽつりと言った。そこからだったのか。
「一回で終わるつもりで詰め込むから、大変になるんです。毎年やると決めてしまえば、今年は十でいいんですよ」
会議室が、しんとした。それから、ガルガンチュア様が「来年……?」と呟き、レヴィナス様が「継続前提の予算立てに切り替えます」と眼鏡を押し上げ、カーミラ様が「じゃあ案内状も、毎年出せるわね。箔押ししたかったの〜」と言い、ネクロス様が壁の工程表に、来年の欄をひとつ書き足した。
さて、削る作業である。これは大変なので、今日のお菓子を先にくばることにした。今日は「ガレット・ブルトンヌ」だ。クリスマスが近いこともあり、デパ地下にはいろんな知らないお菓子も並んでいたが、知っている味を選んでしまった。バターの風味がたまらない。少しピリっとしていた会議も、この匂いで和らいだ。
おやつの後は、二十二を十にする。こういうとき、私が選んではいけない。せっかく考えた案を、外から来た人間が「これは要らないと思います」なんて言ったら、その催しを考えた人は二度と案を出さなくなってしまう。
「まず、全部読み上げていきましょう。誰の案かも一緒に」
ガルガンチュア様が読み上げていくので、記載していく。剣舞、火吹き、腕相撲大会、丸焼き、樽転がし、歌合戦、灯りの行列、串焼き、菓子配り、影絵、大喰い競争、それから、名前を聞いてもよくわからないものがいくつか。
「ありがとうございます。じゃあ、みなさんに三票ずつ配ります」
「ほう……」
「残したいもの、三つだけ書いてください。自分の案でも構いません」
紙が回っていくあいだ、会議室が静かになった。みんな真剣に考えている。集計すると、上位は綺麗に分かれた。剣舞、灯りの行列、串焼き、フルーツ飴、菓子配り、影絵、歌合戦、フェイスペイント。ここまでが票を集めた八つ。
「残り二つは、私から提案してもいいですか」
票が入らなかったものの中に、気になる案がいくつかあったのだ。腕相撲大会と、樽転がし。どちらもガルガンチュア様の案で、本人が自分では票を入れていない。
「ガルガンチュア様、この腕相撲って、誰と誰がやるんですか?」
「……兵と、村の若い者でやれたらいいなと考えていた。昔、東の砦でよくやった。……だが、今は村と我らは、その」
言葉が途切れた。
「じゃあ、これもやりましょう!」
「いいのか」
「いいと思います。並んで座って飯を食うより、一回腕を組んだほうが距離が縮まります」
加えて、ちょっと私がみたいだけの“樽転がし”を追加。これで、十が埋まった。落ちた十二案は、ネクロス様が壁の「来年」の欄に書き写していく。この作業をやっておくと、案を出した人も納得しやすい。
帰り際、魔王が恐縮しながら言った。
「祭り当日は、来てくれるのだろうな」
「そうですね、案件が出れば」
「今すぐ出す」
その場でスキミーに求人が投稿された。迅速すぎる。その夜の評価画面はこうだった。
【 本日の給与:10000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:来年もやると決めました。当日、よろしくお願いします 】
当日まで、あと二週間。現実世界の私の仕事も、納めないと!




