第2話 【本日のスキマバイト】王都冒険者ギルド、受付補助
視界が真っ白に染まった次の瞬間、私は石造りの大広間に立っていた。
天井は高く、シャンデリアの代わりに光る石が浮かんでいる。壁には依頼書がびっしり貼られた掲示板。そして目の前のカウンターでは……エルフ耳のお姉さんが手を振っていた。胸についた名札に『セレネ』と名前が書いてある。
「こんにちは!スキミーさんですね!お待ちしてました〜」
「え、あ、スキミーさん? わたし?」
「?スキマ時間労働者の方をそうお呼びしてるんです。さぁさぁ、こちらへ!業務説明は五分で終わりますよ〜」
待ってほしい。こっちは業務説明の前に世界の説明が欲しいのだけれど!
しかし、説明を終えたお姉さんの「今日も一日よろしくおねがいします!」という圧のある笑顔は会社の朝会のそれと完全に同じで、私の体は条件反射で「よろしくお願いします!」と頭を下げていた。社会人歴十年の習慣は異世界でも抜けないらしい。
流されるままに渡された黄色いエプロンをつける。胸にはスキミーのキャラクターであるパンダのバッヂがついていた。
ちなみに私の格好は、寝る前のままのスウェット。Tシャツにスウェットにエプロン。誰も気にしていないようなので私も気にしない。髪だけ、手首につけていたゴムでひとつに結んで、よし!と気合を入れた。
手に持っていたスマホを見ると圏外のくせにスキミーのアプリだけは動いていて、画面には「勤務開始の打刻をしてください」の文字が表示されている。
ええい、ままよ!!私は勤務開始のボタンを押した。
思いの外、仕事は単純だった。
冒険者?が持ち込む討伐証明の受け取りと台帳への記入。前職で総務という名の何でも屋をやっていた私には楽勝の部類だ。冒険者が人間ではなく、持ち込まれるものが初めて見るものだらけなこと以外は。
「ひっ、スライムの核が三十個ですね、う……はい確かに。ゴブリンの、右耳……ちょっと、あ、これは左かと……はい」
一時間ほど仕事をすると、だいぶ客層にも慣れてきた。某ダンジョンのご飯モノのアニメを好きで見ていたからかもしれない。
筋肉モリモリの戦士のおじさんは見た目に反して字がきれいだったり、猫耳がついた女の子は毎回領収書の宛名を「上様」にしたがる。
「上様はだめなんです。パーティー名を書いてもらってください」
「えー、それじゃ経費で落ちないニャ」
「すいませんが規則ですので〜」
こういうやりとりも前の会社でさんざんやった。世界が変わっても総務の女は同じらしい。あっという間に二時間が過ぎ、アプリが退勤を打刻しろと通知してきた。
【本日の給与:8400ゴールド】
退勤後、受付に戻ると、セレネさんからずっしり重い革袋を渡された。中を覗くと、金貨が八枚と銀貨が四枚入っている。
「ありがとうございました。明日も案件出しますから、よかったらきてください」
「あの、これって、その、帰れるんでしょうか? 元の世界に……」
「はい!帰りの転移門はいつでも開いてますよ」
セレネさんはあっさり言った。
「スキミーさんは日々の労働力ですので、拉致とか、魔王を倒してくれとか、そういうのはないんですよ〜」
「勇者とかにされないんですか?」
「ああ、勇者さんは正規雇用です!あれは王宮の人事マターなのでうちの管轄外ですねぇ。それこそ、福利厚生はいいらしいですけど魔王討伐がノルマなので、離職率がすごいって聞きますよぉ」
本当にここは異世界か?言っていることが現代社会のようだ。聖剣も宿命もなくて、あるのは時給と即時払いと……星の評価だけ。
その後、私はちゃんと自分のマンションのベッドに戻った。
時計は夜中三時半を過ぎていて、今すぐに眠らないと明日の仕事がまずい。変な夢でもみたのかもと思ってしまうが、枕元の革袋は現実に存在していた。
アプリのプッシュ通知が光ったので眠い目を開けて確認する。
【 評価:★★★★★ 】
【 コメント:台帳の字が読みやすい、計算が速い、また来てください! 】
……三十二歳、社会人十年目。
初めてのスキマバイトで、初めて星が五つ、ついた。




