第17話 【本日のスキマバイト】王宮宝物庫の棚卸し
金曜日の夜、私は王宮の地下にいた。
シルバーランクになって初めて取った案件、あの『宝物庫の棚卸し』である。結局、好奇心に勝てずその週のうちに応募してしまった。ちなみに時給はちょっと安めの2000ゴールドで、王宮は今日も渋い。
案内してくれたのは、いつも通りエルバートさん。相変わらず姿勢がよくて、官服の襟がぴしっとしている。「規律」を擬人化(人かどうかは置いといて)したような人だ。
「君、ランクが上がったということか」
「はい!何が変わったのかはわかりませんが」
「そうだな……来てくれて、助かる」
厳重な扉がゆっくりと開いて、私は思わず息を呑んだ。天井の高い石造りの部屋に棚が奥まで何列も続いていて、金貨の詰まっていそうな箱や、大ぶりの宝石をはめ込んだ杯、剣、盾、絵画、よくわからない置物が隙間なく積み上がっている。
「これ、ぜんぶ王家のものなんですか?」
「ああ、大半は献上品だ。年に百件ほど届くのだが、断ると角が立つので受け取ってはここに置く。それを二百年続けた結果が……これだ」
年に百件を二百年で……二万件? しかも一件が食器十客ということもあるだろうから、点数でいえばもっとある。これはもう宝物庫ではなくて、物置なのではないだろうか。
「私はここでこの後の監査の書類を片付けている。作業は、こちらの者と進めてくれ」
エルバートさんがそう言って振り返った先、棚の陰から、ぬっと大きな影が出てきた。
背丈は私より頭ひとつ分高くて、体は灰色の石でできている。背中には折り畳まれた翼、額には短い角、大きな手の指は五本ともごつごつしていて、けれど身につけているのはきちんと糊のきいた白いエプロンだった。石像が、侍女の格好をしているアンバランスさ、ここが異世界だと思い出させてくれる。
「宝物庫付き、グリルダと申します。以後、お見知り置きを」
声は思った通り低くて、口を開くと、石が擦れるような小さな音がする。私が固まっていると、彼女は少しだけ首をかしげた。
「驚かせましたか。私はガーゴイルですので、夜のあいだだけ動きます」
「あ、いえ、その、はじめまして。スキミーの塩谷です」
グリルダさんは「スキミーさん、初めてお会いしました。よろしくお願いします」と、にっこり笑ってくれた。
さて、台帳はあるにはあったが、古いものには献上者の名前しか書かれていない。何がどこにあるのかは、誰も把握していないという。グリルダさんは、この宝物庫を守ってはいるが、中のものを整理する仕事はなかったらしい。さて、なにからはじめようか……。
「あの……私、去年の連休に、おじいちゃん家の物置を片付けたんですけれど」
「……それが、何か」
「その時のやり方で、一回やってみます」
おじいちゃんちの物置も、二十年分の「捨てるに捨てられないもの」で埋まっていた。途方にくれてあのとき読んだ片付けの本のメソッドを、今回も利用させていただこう。
「……今日は食器だけにしましょう。棚の端から順に手をつけると、絵画や宝石と混ざってただ右から左に写すだけになりそうなので、とりあえず、部屋中の食器を、ぜんぶここに出しましょう」
「ほう、食器だけか」
「はい。同じ種類のものであれば、管理しやすいと思います」
グリルダさんが、驚くほどの速さで棚から食器を運んでくる。薄い手袋をつけた石の手でガラスの器もそっと持ち上げるので、見ていて感心してしまった。案の定、そっくりな金の杯が十四個も出てきた。
「こんなにも同じようなものが……多いな」
「少しずつ違いそうですが、物によって価値が違うんですかね……私の目ではなんとも」
「……職人の名前はわかります」
グリルダさんが、金杯を並べ替える。
「こちら、九十年ほど前に、南の伯爵家からのもの、その後、東の商会から。この六つは同じ職人の作でございます」
台帳に載っていない情報が、出てくる。
「グリルダ。……君、どこまで覚えている」
「私がこの部屋の担当になってから、この部屋に入ったものは、すべて。なので約百年分、ですね」
すごい、私なんて二週間前の資料の内容ですら忘れてしまうのに。
次に、三つの区切りを作った。倉庫から出して使うもの、使わないけれど残すもの、決められないもの。この三つ目が肝心で、迷ったものはここに入れて、期限を決めてまた見直すことにする。その場で決めさせようとすると、人は考え込んで動きを止めてしまうらしい。これは本の受け売りだ。
そして残すと決めたものには、ひとつ残らず置き場所を決める。ここを飛ばして「とりあえず奥へ」を繰り返すと、二百年後にこうなるのだと思う。
「価値の判定は、私にはできないので、今日は、あるものをあると記録するところまでです。……ただ、どこからきたのかはグリルダさんに聞けばわかりそうなので、備考欄に足していきましょう!」
「……十分すぎる」
ここからはテキパキと進んだ。私が品名と状態と置き場所を書いて、グリルダさんが由来を添える。彼女の説明はどれも短くて正確で、この人が最初から台帳係をやっていればこの部屋はこうならなかったのでは? 中には、持っただけでボロボロと壊れるものもあり、長い時の流れを感じさせる。
途中で、エルバートさんが妙なものを持ってきた。棚の奥から出てきた埃だらけの小さな木箱で、中には食器ではなく、子供が使うような、ちいさな木の剣が一本だけ入っていた。
「これは、献上品の記録にないな。……グリルダ、これは」
グリルダさんは、その箱をしばらく見てから、初めて答えに詰まった。
「……存じませんね。百年以上前なのでは」
「君より古いのか」
エルバートさんはしばらくその剣を見つめてから、丁寧に箱へ戻した。
「品名は、木剣一振。備考は――『由来不明。廃棄せず』としてくれ」
二時間で百五十点ほどを記録して、決められない箱には三十二点が入った。全体からすれば、たぶん百分の一にも届いていないだろう。こ〜れは時間がかかりそうだ!
「続きは、来月でも構わないだろうか。次は、何を出せばいい」
「まだ食器も出しきれてないんですよね。グリルダさん、空いている時間に食器を勧めてもらっていいですか? その次は、武具でどうでしょうか。あと、決められない箱は来月までに一度見直してくださいね。放っておくと、そこがまた新しい山になるので。次回は、武具に詳しい方も連れてきてください」
「承知した」
本当は、すぐにでもキラキラした宝石の分類をしたかったが、それは未来の楽しみにとっておこう。
扉のところでグリルダさんが深々とお辞儀をしたので、私も慌てて頭を下げた。
「来月も、お待ちしております。……あの、この部屋で人と話したの、久しぶりで楽しかったです。空いている時間に、できる整理はしておきます」
その夜の評価画面はこうだった。
【 本日の給与:4000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★☆ 】
【 コメント:作業は的確でした。なお、五つ星は王宮財務局の規定により出せません。 】
初めて星が四つになった、こういうのもあるのか。まぁ、私もレビュー評価で★4とか、普通につけるもんな。いつか、王宮に★5を出させてやる……って、また私こっちの仕事にやりがい感じてる?




