第15話 【本日のスキマバイト】収穫祭の運営補佐と、フローラの背中
収穫祭の夜の王都は、私の知っている王都とは違う、とても華やかなものだった。
大通りにずらりと並んだ屋台の灯りの下を、人と獣人とエルフとドワーフと……なんだか分からない生き物たちがぎゅうぎゅうになって歩いていて、焼けた肉と蜂蜜の匂いがずっと漂っている。広場のランタンもキラキラと輝き祭りを彩っている。あれは昨日、戸倉さんが全部点検して回ってくれたやつだ。
私は、その広場の真ん中の相談窓口のテントで、開始から一時間のうちに迷子を一人親元へ返し、落とし物の財布を二つ届け、道案内を三件こなした。こっちの世界で暮らしていない私が道案内をするなんて、おかしな話である。
そしてまた、迷子が一人、この子が手強かった。
五歳くらいの獣人の女の子で、泣きすぎてもう自分の名前しか言えなくなっている。母親とはぐれたのは「お魚を焼いてる屋台のとこ」らしいのだけれど、魚の屋台は大通りにも横丁にも複数軒あって、窓口からの呼びかけはこの人混みと陽気な音楽にあっさり飲み込まれてしまう。三十分経っても母親は現れず、女の子の耳はぺたんと伏せていく一方だった。
どうしたものか……と考えていたら、頭上に大きな影が現れる。見上げると、警備巡回のフローラがゆっくり竜のポートに降りて来るところだった。その背から濃紺の騎士服のジェラルドさんが降り立ち、こちらに向かってきた。
「……迷子か」
「お母さんが見つからなくて。この人混みだと、下から探すのはもう限界みたいです」
「なら、上から探してみよう。塩谷さんも乗って」
「乗るって、フローラに? 私が?」
「もちろん。もし高いところが苦手ならば、やり方を変えるが」
見ると、フローラはとっくに地面に伏せて、早く早く、というように尻尾で地面を叩いていた。鞍の前に女の子を乗せ、その後ろに私が座り、さらにその後ろにジェラルドさんが乗った。うしろから回ってきた手に正直動揺を隠せないけれど、これはバイト、バイトだから!
フローラが翼を広げた次の一瞬で、地面が遠くなった。は、はやい……!悲鳴を上げる暇もなく、三度羽ばたいたところでもう屋根より高いところにいて、気づけば眼下に祭りの王都が広がっていた。大通りが光の川みたいに流れ、屋台のランタンがその両岸に連なっている。風は冷たいのに、街から上がってくる空気はあたたかくて、焼き菓子の匂いまで届いた。
「わ、ぁ……」
「綺麗だろう。初めて上から見たときは、私も同じ声が出た」
風の中なのに、不思議とよく通る声で耳が緊張している。さっきまで泣いていた女の子も、いつの間にか泣き止み、目を丸くして光の川を見下ろしている。
「魚の屋台は大通りに五軒。低く流すから、順に見てもらえるか」
「はい。お母さんは赤い髪で、緑のショールで……」
「ママ!!!いた!いた!」
「――いた! 三軒目です、あの、キョロキョロしてる人!」
すごい、上から探したらすぐ見つかるじゃないか。
フローラがゆっくり旋回して、屋台裏の空き地に降りると、ジェラルドさんがフローラから私と子供を順に下ろしてくれた。駆け寄ってきた母親に女の子が飛びつくと、まわりの野次馬から拍手が起きて、私はようやく、ほっと力が抜けた。
力が抜けたら、急に膝がガクガクし、座り込んでしまった。
「すまない!初めての飛行、怖かっただろう」
「だ、大丈夫です。楽しかったです!……仕事、ですけど」
ジェラルドさんが腕を差し出したので、ありがたくつかまらせてもらい、立ち上がる。たくましい、強そうな男の腕だ。
「少し、待っててくれ」
そう言って人混みに消えると、ものの三分で戻ってきた。手には……りんご飴?
「働きぶりへの礼だ。この飴はここにしかない。一番のおすすめだ」
「あ、ありがとうございます……!」
「受付は、ここをまっすぐ歩けばすぐに戻れる。気をつけて」
そう言い残して、彼はフローラと夜空に戻っていった。りんご飴だと思っていたモノは、私が知っているりんごとは少し違う果実だったが、甘すぎず酸っぱすぎず、とても美味しい。
残りの勤務時間、私は窓口で完璧に働いた。……ときどき上空を見上げたのは、警備状況の確認、です。
帰りの転移門で、工具袋を担いだ戸倉さんと一緒になった。
「塩谷さん!お疲れさまです。……見えましたよ、飛んでるの」
「えっ、あ、はい、迷子を届けたんです」
「業務で竜に乗れるなんて、羨ましいです。俺は今日……脚立だけでした」
戸倉さんの話し方は、なんだか落ち着く。おかげで、変に上がっていた体温がすっと平熱に戻った。
その夜の評価画面はこうだった。
【 本日の給与:20000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:大変よく働いていただきました。お疲れ様でした。また来年もよろしくお願いします 】
来年も私はこのスキマバイトをしているんだろうか。
画面を閉じる前に、ふと空のことを思い出した。いやいや、あれは迷子捜索という業務で、りんご飴はただの労いで、今夜のことは最初から最後まで、全部仕事。三十二歳が異世界で浮かれてどうする。
目を閉じる直前に、それでももう一回くらい乗りたいなあ、と思ってしまった。
もちろん、フローラの背中に。




