第14話 【本日のスキマバイト】収穫祭の設営補佐、そして、現れた黄色いエプロンの人
収穫祭の前日、私は王都の大広場を端から端まで歩き回っていた。
今夜の案件は【収穫祭 会場設営補助 22:00〜24:00(日本時間)】で、雇用主は収穫祭実行委員会。明日の本番を前に、広場ではロープが張られ、木箱が積まれ、光る石のランタンが次々と吊るされていく。設営はギルド班と王宮班と厩舎班に分かれていたのだが、この三つの班の間の連絡が見事なまでに通っていなかった。
ギルド班は早く屋台を並べたい。王宮班は配置図の承認が下りるまで並べさせたくない。厩舎班は明日、竜が通る道を空けておいて本番同様のリハーサルしたいのに、その道の上にギルド班が木箱を積んでいる。皆、自分の仕事をしているだけなのに、お互いに『迷惑だ』と苛立っていた。
私は、お願いされていた雑務があっさり終わったこともあり、成り行きで連絡係になった。三つの班を回って、言い分を聞いて、次の班に持っていく。幸い、ギルドにはセレネさんが、王宮班には顔見知りの官吏さんが、厩舎班にはドワーフのおじいさんがいて、どこへ行っても「あ、スキミーさん」と話が早い。
考えてみたら、三つの組織ぜんぶで働いたことがあるのは、この広場で私だけなんじゃない?
「竜の道は幅四メートルなので、木箱は西側に寄せてください。配置、今急いで詰めてもらってますが、とりあえず承認降りた区画からはじめておきましょう」
伝言を三往復もすると、徐々に動線がうまく回り出した。現場マネージャー、ってこういう仕事なのだろうか。
途中で、ちょっとした騒ぎが起きた。広場の一区画だけ、ランタンがどうしても灯らないらしい。係のドワーフさんたちが石を取り替えても叩いても駄目で、まわりに人だかりができはじめた頃、人垣の向こうから「すみません、ちょっと通してください」と、黄色いエプロンの人が歩いてきた。
背は170センチぐらい、黒髪の男性。少し猫背で、動きやすそうな灰色の服の上に、私と同じ黄色いエプロンをつけている。歳は私と同じか、少し上くらいだろうか。黒縁眼鏡の奥の目が、眠たそうなのに、ランタンの台座を見た瞬間だけ細くなった。
胸元には、パンダのバッヂ。
スキミーさんだ。私以外の、スキミーさんだ!
その人は、台座の蓋を開けて中を覗き、工具袋から細い棒を出して何かを外すと、こともなげに言った。
「んー、マナ切れじゃなくて、接触ですね。とりあえず一回抜いて、挿し直しますね。……はい、つきました」
区画のランタンが一斉に灯って、ドワーフさんたちからワッと歓声が上がった。本人は「いや、挿し直しただけなんで……」と肩身狭そうにしながら、もう次の場所に移動しようとしている。待って!
「あの……!あの!!スキミーさん、ですよね」
「そうですけど……」
振り向いた彼は、私のエプロンとバッヂを見て、それから顔を見て、眼鏡の奥の目を大きくした。
「……日本の方ですか?」
「日本の方です……!」
変な日本語で確認し合ってしまった。こっちの世界に来て三か月、私は初めて同じ世界から来た人に会って本当にびっくりしている。レビュー欄で、私だけが転移しているわけではないことは知っていたけれど、本当に人間、しかも日本人がいるなんて。
休憩の十分間、私たちは木箱に並んで座って、早口でいろんな確認をし合った。彼は、戸倉さん、というらしい。現世ではシステムの保守の仕事をしていて、スキミー歴は私より少し長かった。魔道具の修理や点検の案件を中心に受けていて、今夜は収穫祭の電気系統の保守で呼ばれたのだと言う。
「魔道具って、直せるものなんですか。その、現実と全然違うんじゃ」
「中身は違いますけど、直し方は同じですよ。ログを見て、切り分けて、駄目なら一回抜いて挿し直す。だいたいこれで直ります」
「パソコンと同じなんですね。会社のシステム部も同じようなこと言ってました」
「はは、そうなんですよ」
戸倉さんはそこで初めて、少しだけ笑った。可愛らしい笑顔だ。
「あと、ずっと不思議だったんですけど、言葉。なんで通じてるんでしょう。私、台帳とか読めちゃってますし、書けちゃってるんですよ、こちらの字」
「規約に書いてありますよ。『ワーカーには、業務に必要な範囲で、言語および文字が相互に通じる措置が適用されます』」
「あの長い規約、読んだんですか」
「契約書を読むのは社会人としての基本ですよ!」
はい、その通りです。でも、読まない人のほうが多いと思う。しかし、おかげで謎がひとつ解けた。と同時に『業務に必要な範囲』って誰が判定してるんだろう、という新しい疑問も生まれたけれど。
今まで、誰にも話せなかったこの世界の話をするのは想像していたよりずっと安心感が生まれるもので、ちょっと泣きそうになった。
零時前、設営は無事に終わった。別の場所でも作業を終えた戸倉さんが転移門のほうに歩いて行くのを見つけたので、少し早足で追いかける。
「お疲れ様でした。今日の作業はおしまいですか?」
「はい。塩谷さん、明日の本番も来ますか?」
「はい。戸倉さんも?」
「俺は照明の保守で夕方からきます。……あの転移門、たまにへんな挙動するんで、お互い気をつけましょう」
「へんな挙動って」
「承諾してないのに転移したり」
あれは、あるあるのバグなのか。詳しく聞こうとしたら、彼はそそくさと「じゃ、また。どこかの現場で」と軽く手を上げて、先に転移門をくぐっていった。スキマバイター同士の別れの挨拶は、あっさりしている。連絡先、聞けばよかったかな。
その夜の評価画面はこうだった。
【 本日の給与:10000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:現場監督をしていただき、スムーズに作業をすすめられました。 】
明日は、収穫祭の本番だ!




