第13話 【本日のスキマバイト】三百の骸骨兵のお名前整理と、亀十のどら焼き
連休の初日、私は浅草の行列に並んでいた。
今夜は月に一度の約束の、魔王城の「領収書・請求書提出の日」で、手土産は亀十のどら焼きと決めていたから。あの大きな手のひらに負けない大きさのお菓子、という条件で探したら、これしかなかった。
空は高くて、じっと並んでいると薄手のコートが欲しい風が吹く季節。スキミーで初めて異世界に行ってから、そろそろ三か月だ。あの頃はTシャツで寝ていたのに、時間というのはこちらの都合と関係なく進むものらしい。
三か月で稼いだお給金は、ぜんぶで七万ゴールドと少し。円に換えてもだいたい同じで、人生が変わるような額ではないけれど、ちょっと高いヨーグルト代と、紗代と先週行ったアフタヌーンティー代、そして手土産代が出ているかと思うと、なかなか悪くない副業だ。
行列に並んでいる間、考えることはまだある。マネージャーの返事、まだしていないのだ。断る理由も、受ける自信も、決められぬまま、一週間が過ぎようとしている。来月の面談で答えはださなきゃいけないだろう……とりあえず今は、目の前のどら焼きを確保だ。
亀十のどら焼きは、ふわふわの皮が普通のどら焼きの倍くらいあって、行列に並んだ甲斐のある貫禄をしている。生菓子なので、買ったその日に持っていけるこの日程も、我ながら完璧だ。これ食べると、昼ごはんもいらないぐらいの満足感があるけど……一つ、食べちゃおう。
そして、本日のスキマバイト開始。魔王城の会議室に入って、私は、感動した。
入口の木箱には丸まった領収書がちゃんと投げ込まれていて、テーブルの上にはレヴィナス様が清書した提出一覧が人数分並び、カーミラ様の書類は相手先が全部番号になっていて、締切を破った人は誰もいなかった。先月、山が四つあった場所には、何もない。
「皆様、完璧じゃないですか!!今日はもう、確認するだけで終わっちゃいますね」
「なんてったって、ねぇ、お茶会が……うふふ」
カーミラ様、すごくお菓子を楽しみにしていてくれたことがわかる。最終整理が終わったら、約束のお茶会ですよ。
四天王、そして魔王にどら焼きを配る。前回のシガールと打って変わった見た目、しかも和菓子となれば皆見るのも食べるのも初めてだろう。ガルガンチュア様は自分の手に乗せてもあまり小さく見えないお菓子に初めて出会ったらしく、しばらく黙って眺めてから、大〜きな一口で食べていた。
「この中の黒いものはなんなの!?美味しいじゃない〜〜〜!」
「そちらは、お豆を砂糖で煮た、あんこ、というものです」
「あんこ!あんこっていうのね〜!」
カーミラ様は一人、先月のシガールとどちらが美味しかったかを悩んでいる。どちらも良いですよね。そして、魔王は、と見ると、どら焼きを手のひらに乗せて、また「大事にとっておく」と言うので、生菓子なので今日中です、とお願いした。
そして今日は、もうひとつ約束があった。
「では、ネクロス様、名簿、作りましょうか」
「詰所に……来て、くれるのか……」
案内された骸骨兵の詰所は、城の地下にある広い石造りの間で、扉を開けた瞬間、私は思わず息を呑んだ。三百体の骸骨兵が、整然と列を組んで立っていたのだ。壮観という言葉はこういうときのためにあるんだと思う。怖いかと聞かれたら、怖い。でも、よく見ると一体ずつ背丈も、骨の色も、立ち方の癖も違っていて、遅刻してきた一体が列の後ろにそっと並ぼうとして、隣に小突かれたりしていた。
「……こいつが、ソルド……昔、東の砦で、拾った……こっちが、タナ……雨の日に、崩れかけていたのを……」
ネクロス様が一体ずつ名前と経歴をぼそぼそ語るのを、私は帳面に書き取っていった。名前を呼ばれた骸骨兵は、そのたびにわずかに姿勢を正す。三百体ぶんを書き終える頃には勤務時間を過ぎていたけれど、時計を見る気にはならなかった。
最後のページに「名簿管理者:死霊王ネクロス」と書いて渡すと、ネクロス様はフードの奥でしばらく黙って、それから小さな声で言った。
「……ありがとう……皆の名前が……並んでいて……これは……良い……これは…とても……良い……」
骨の向こうが笑顔かどうかはわからなかったけれど、きっと笑顔を見せてくれただろう。
その夜の評価画面はこうだった。
【 本日の給与:10000ゴールド+延長手当2000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★★ 】
【 コメント:ネクロスが名簿を毎晩読んでいます。来月もよろしくお願いします 】
来月って、もう私がやるスキマ仕事、ないんじゃない?
この時の私は、次のスキマバイトでの出会いがその後の人生を左右することになるとは、まだ、気づいていなかった。




