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興行傀儡の起源と金髪美人巫女

-2-

続けてサンディに連れられてきたのは鍾乳洞のような空間だった。まさか元老院の奥まった階段をずっと下りて行った先にこんな秘密基地みたいな空間があるなんてびっくりだ。

鉄製のドアで何重にもセキュリティが施されていて、サンディはいちいちドア前の憲兵に手首のブレスレット型の身分証を提示していた。

最後の柵前の憲兵にもブレスレットを差し出し、ようやく目的の場所へと入る。

金属のきめ細やかな柵の内側は綺麗に均され、中央の地面には巨大な魔法陣が彫られている。サンディがその魔法陣の中心に立ったので俺も追従する。

サンディが呪文を唱えると、岩肌に白く刻まれた魔法陣からぼんやりとパステルピンクの光が立ち上り、鍾乳洞全体を染め直す。

フワッとした浮遊感に胃がキュッと締まる。

ピンク色の水溜まりを見ていたはずなのに、次の瞬間には崖の上にいた。

視界の急変にくらりときて一歩後ずさると、背中が木の柵にぶつかった。軽く軋んで傾いたので慌てて寄りかかるのをやめると、崖の遥か下で波が白く砕けるのが見えた。

「うわ、海だ…!」

海を見るのは久しぶりだ。青々とした海面は遠く、ほのかに潮の香りに混じって甘やかな花の香りが鼻孔をくすぐる。

「目的地はそっちじゃないよ」

サンディが微笑む。その背後に巨大な円形の建物が見えた。

壁はなく雪のように白い大理石の柱が円形の屋根を支えている。中央には何かがあるが、この距離ではぼんやりとしたシルエットしか見えない。少し傾斜になったまだら模様の大理石で舗装された道が緩やかに蛇行してその建物へと続いている。

「アレは?」

「ま、着いてきてよ」

サンディは慣れた様子で石畳を歩き出した。

道の脇には色とりどりの春の花が咲き乱れ、石畳から別れた小道の先には中央の建物の小型版の東屋が点在している。

「あら、サンダリオさん。主席巫女が待ちわびておりますわ」

白いストラを着た女性がすれ違いざまにサンディに声を掛けた。サンディも適当に挨拶を返す。

この空間には似たような格好の女性の姿がちらほらとあった。

見事なドレープのストラをはためかせ、白い花のような意匠の頭帯を巻いて美しい巻き毛を結い上げた女性たち。一様に微笑みと真顔の中間みたいな表情を浮かべていて、髪色も肌色も年齢も違うのになんとなく纏う空気感みたいなのがそっくりだ。

花を摘んだり、東屋の下で香を焚きながら羽衣を纏って舞を舞ったり幻想的な弦楽器を奏でたり思い思いに過ごしている。

東屋の中からふんわりと立ち上った、花と香木が入り混じった不思議な香の煙が風に流されて俺に届く。

一つの東屋の下で潮風に薄絹の羽衣を遊ばせて、ゆったりとしたリズムで舞う女性の動きを目で追いながら思った。

「ここはロマニアなのか?いや、とても現実の光景には見えないんだけど」

「初めて来たときは僕もびっくりしたよ」

「神話に出てくる『神の国』ってきっとこういう感じなんだろうな」

ぼそっと呟くと、サンディが意外そうに目を見開いた。

「いい線言ってるね。多分人間界で最も神様に近い場所はここだと思うよ」

「どういうことだ?」

「ここはね、巫女院って言うんだ」

「巫女院?」

なんとなく聞いたことだけはある単語だ。それこそ神話だとかおとぎ話だとかの中に。

なんだっけ。美女が占いをしてる、みたいな場所だった気がする。

俺の思考を切るように遠くから絶叫が聞こえた。

「なんだなんだ!?」

声のする方向に目を向ける。

今しがた通過した東屋で、つい10秒前まで華麗に舞っていた女性が頭の花飾りをぐちゃぐちゃに潰しながら絶叫していた。

その叫び声が伝播したかのように、別の東屋で舞っていた女性も同じように頭を抱えて叫び出す。

美しい弦楽器の音色は途切れ、地獄みたいな金切り声が耳をつんざく。

いつぞやに戦ったガルーダみたいなキンキンした高音。こんなの聞いてたら頭の血管が破裂しちまうよ。

耳に指を突っ込んで極力聞かないようにする。

サンディはこの騒音に慣れているのか、全然動じず、歩調も緩めない。

やがて絶叫の嵐はフェードアウトしていった。

叫んでいた女性達は柔らかなクッションの上に横たわり、うちわで仰がれている。

「えーっと、どこまで話したっけ?そうそう、巫女院ってのは運命の女神からの神託を受ける巫女の養成と、予言の運用を行っているところなんだ」

「いや、先に説明するべきはあっちだろ」

なんだよ今の。絶対普通じゃないだろ。

「んー、なんか最近調子悪いみたいでね。接続不良というかバグというか…特に新人の子は女神を下ろしてもああなっちゃうみたいでさ。アルマも新人教育には苦労してるって度々こぼしてるんだ」

「ん?女神を下ろす?」

引っかかるワードだ。

「ああ、運命の女神様は巫女の口を借りて人間に予言を授けてくださるありがたい神様なんだ。で、巫女は運命の女神様に体を貸すためにああやって神下ろしの儀式を練習してるってわけ。元老院がロマニアの最高意思決定機関なら、巫女院はその諮問機関…いや、元老院の決定への影響を考えれば影のボスって感じかな~」

巫女院がどんだけすごい場所なのかの解説なんてほぼ聞いていなかった。

「女神に体を貸す…?なんだか俺みたいだな」

俺らを操っているのは女神様じゃなくて、銭ゲバの老人たちなわけだが。

「ニック、そこに気づくとは鋭いね!」

サンディの声が少し弾んだ。

「巫女の神下ろしを魔術的に再現したのが傀儡術なんだよ。軍の兵士傀儡も興行傀儡も、原理は違うけど、大本を辿ればこの神聖な儀式が元ネタなんだ!」

「そうか、皮肉なもんだな。カミサマと繋がる神聖な技術で、汚い奴らが汚い金儲けをしてるんだから。運命の女神サマってのは慈悲深いんだな」

「まあ、人間界と神の国の接続が切れてからも人間界に関わり続けてる唯一の神様だからねぇ」

「他の神様は人間界の汚さに愛想が尽きたのか?」

「最高神が人間に嫉妬して人間界と神の国を分離したんじゃなかったかな?ま、神話なんてどこまで史実かわかんないから」

その最高神とやらも自由市民の上澄みの生活だけ見て嫉妬したんだろうな。


-3-

蛇行した石畳を辿り、最奥部の円形の建物に到達した。

周囲より少し窪んだ所に位置するそれは巨大なステージだった。

その壇上に上がり、恭しく跪いたサンディ。俺も真似をする。

ステージの中央には美しい二枚貝のような形のふかふかした長椅子が置かれ、ひときわ美しい巫女が腰かけていた。サンディより少し年上くらいだろうか。

要所要所に金のグラデーションが入ったストラはかなり丈が長くて足をすっぽりと覆っている。足を組みなおすとスリットから意外と健康的な太さのふくらはぎが覗いた。

陽光のような金の髪を高く結い上げた複雑な髪型から肩に垂らした後れ毛がストラの金の模様と混ざり合っている。

海と同じ紺碧の瞳は気品があるが、サンディを見ると柔らかく細められた。

「まあ、サンダリオ。やっと来てくれたのね」

「ご無沙汰でごめんね、アルマ」

「フローラス様の計画のお手伝い?」

「それもあるけど…」

なんか、微妙に俺に目配せしてきた気がした。

しずしずとアルマの傍に控えていた侍女がサンディに近づいてきた。サンディは手に持っていた包みから緑の背表紙の巻物を取り出して侍女に手渡した。

侍女は恭しい動作でそれをアルマに渡す。

「今回もフローラス様からの個人神託?」

アルマはその巻物を受け取るとゆっくりと目を通した

「スポル地方の来年の農作物の出荷量の見積もり、アントニーナ議員の不正の証拠調査の助言の二件、ね」

アルマは開いたままの巻物を侍女に返し、碧眼がサンディにまた向いた。

「サンダリオ、『イカイ』のことは聞かなくていいの?」

サンディがピクリと体をこわばらせる。

「アルマ。もうその件は…」

「うふふ、言ってみただけ」

悠然と立ち上がったアルマの肩に、傍で控えていた別の侍女が赤みがかった薄絹の羽衣を掛ける。

それを合図に舞台端から楽器や香を持った巫女達がぞろぞろと舞台に上がり、アルマの後ろに控えた。

弦楽器の調べに合わせてアルマが踊り始めた。

ゆったりとした独特のリズム。

どこか人間らしくない動き。

スリットの入った裾がステージを波打つ。

お香のピンク色の煙がゆらゆらと立ち上り、アルマの動きに揺らめき、羽衣の動きと同期して、もはや羽衣と一体化しているようにさえ見えてきて、その妙に規則的な動きを目で追っていると、頭がクラクラしてくる。

波の音が脳の奥を揺らした。違う。これは、断続的なノイズ音。

「…か」

ノイズの合間に何かが聞こえた。

「聞こえるか」

低い男の声だ。

誰だ、一体?

耳鳴りがする。

ザァーザァー。

ノイズの強弱がまるで波のようにうるさく響く中、男の声ははっきり届く。

「聞こえるか」

「ニック」

サンディの声で現実に引き戻された。

「顔色悪いけど、大丈夫?」

ざらついた潮騒の音が遠ざかる。

弦楽器をかき消すほどに鼓動がうるさい。

なんだったんだ、今の。

「気分悪くなってきたなら…」

と小声で囁くサンディに俺は首を振る。

息を整えながら、激しさを増すアルマの舞に視線を戻した。

羽衣を風にたなびかせながらくるりと一回転し、アルマは両手を広げて天を仰ぐ。

伴奏が止まった。

アルマの口があんぐりと開いた。

「今年は冷夏になるから種籾は温存」

背筋がゾクッとする。

その口から漏れ出た声はアルマのモノでありながら、アルマのモノではなかった。厳かで深い響きがあって。

今、彼女には女神様が下りてきているんだ。

「近親者の棺を開けよ」

2つの予言を言い終えると、アルマの体からふっと力が抜ける。

ペタンとその場に座り込むアルマにサンディがにじり寄る。

アルマは顔をあげて淡く微笑んだ。

その両目の端から流れた血が、端正な顔に二筋の紅を添える。恐ろしくも神聖な姿。

サンディは懐紙でそっとその血をぬぐった。

「いつものことだからいいのに…」

「でも…」

アルマはサンディの手をそっと包み込んで頬を寄せた。

「ねえ、サンダリオ。私、『イカイ』についてもう一回だけ女神様に聞いてみたの」

「は!?」

ぞろぞろと伴奏の巫女たちが舞台から降りていく。

アルマは侍女に助け起こされて、二枚貝みたいな長椅子の上に身を横たえた。

サンディはその足元に座り直して話を続ける。

「アルマ、あの件はもう無視するって元老院で決まったじゃないか!」

「でも気になるじゃない?あの予言以来でしょ?予言のバグが起こるようになったのも。私も主席巫女として…予言した本人として、知らん顔はできないというか…」

「予言したのは女神であってアルマじゃないんだから気にしなくていい!」

サンディはアルマの手を取る。

「僕は師匠から君のことを頼まれてるんだ!君が無茶して体を壊したりなんかしたら、僕が八つ裂きにされちゃうよ!」

「あら、あなたに保護者面されるほど弱くないわよ、サンちゃん」

サンちゃん?

アルマはサンディを安心させるように手を握り返した。

「『イカイ』については聞いても女神様は何も教えてくださらなかったわ。いつも通り」

サンディは安心したような残念なようなため息をついた。

「フローラス様はまだ気にしてらっしゃるでしょ?いい報告がなくて申し訳ないわね」

「親分は今大事な時期だからね。不安要素に過敏になっちゃってるだけで本当に心配してるわけじゃないと思う」

「そう?」

アルマの視線がやっと俺の方に向いた。

「ねえ、そんなことより、そちらの彼は?」

「この人はニケラス。その…前に話してたアレだよ、アレ」

「まぁ!」

アルマのたおやかな手がパシパシとサンディの肩を叩く。

「サンちゃんにも信頼できるお友達ができたってのね!」

「信頼…そう、だね…」

アルマに手招かれる。

アルマは俺の手を握って微笑んだ。

「ニケラスさん。私、アルマと申します。サンちゃんの保護者のようなものでして」

「む!保護者は僕の方だよ!」

サンディの抗議は華麗に無視される。

「気難しい子なのでご迷惑をおかけすると思いますけど、サンちゃんと仲良くしてやってくださいね」

「ああ、はぁ…俺のほうが世話になりっぱなしですけども…」

サンディが気難しい?

全然ピンとこないけど適当にうなずく。

「ねえ、アレと言えば今日はないの?」

アルマにいたずらっぽく言われてサンディは包みの中からさらに小さめの紙の包みを取り出した。お菓子の包装だ。

「頭を使った後はやっぱりこれね」

アルマは包み紙を破り、まんじゅうを頬張る。

美味しそうに食べる姿は、もう巫女としての威厳も何もない。普通の女性だ。

サンディはやれやれと肩をすくめる。

「君も物好きだよな。巫女院でもっと上等な菓子食えるだろうに」

「市井の味がたまに無性に食べたくなるの!あ、ニケラスさんもおひとついかが?」

俺は猛プッシュに負けて一つ食べた。

顎が溶けそうなほどの甘さにビックリする。

アルマが二個目を取り出したところで、侍女が巻物を2つ持ってやってきた。

サンディはそれを受け取ってお暇した。

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