大手を振って街を歩く逃亡奴隷の俺と新しい飼い主?
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翌朝。俺はサンディと横並びに歩いていた。つい周囲をキョロキョロしてしまって2,3歩遅れてついていく。
「ニック、そんな挙動不審にしてたらさすがにバレるって」
「あ、ああ…」
サンディには笑われるが、気づけばつい街に見入ってしまう。
「本当に、ラティーノの市街地なんだな…」
少し遠くを見れば、コロッセオの建物が見える。
昨日あれだけの大立ち回りをしてあそこからも街からも大脱出したっていうのに。こんなお膝元を暢気に歩いているなんて。
「俺、指名手配されてるんだよな?こんな大手を振って歩いててほんとにいいの?」
「昨日あれだけ目立つ方法で街から出たんだからみんなニックは街の外にいるって思っているはずさ」
あれってそういう作戦だったのか。
さすがお役人は賢いんだな。
「それに、イメチェンしたから今の君を見て『巨大殺し』だってピンと来る人は少ないよ」
サンディは往来の壁に貼られた俺の手配書の隣に俺を並べて笑った。
道に打ち捨てられた真鍮の平皿に映った上下さかさまの俺の顔にちらりと目をやる。
サンディの魔法で灰色に染め直した髪に、木綿のチュニカにカーキに染めたズボンといういかにも労働者の下層市民が着てそうな清潔な服。
興行傀儡の面影はない、と思う。
15で興行傀儡になってから4年ほどラティーノで暮らしているが、元老院の建物を見たことがないとおもっていた。地理的にコロッセオを挟んで興行傀儡の宿舎からは反対側にあるから。
でもコロッセオの上にちらっと屋根だけ見えていた小高い丘の上の白亜の神殿のような建築物が元老院だったらしい。
入ってすぐ、その天井の高さに圧倒された。その無駄に凝った柱の飾り彫りにも。ベルベットの絨毯が敷かれた廊下の踏み心地は恐ろしく柔らかくて、サンダルで踏んでいるのに足音の一切が吸い込まれていく。
その上をいかにも賢そうな自由市民然とした男女が部下っぽい奴らを従えて行ったり来たりしている。
この先に行くのが怖いとさえ思えるほど俺には場違いな雰囲気に気圧される。
サンディが俺に耳を寄せた。
「刺繡付きのトガをまとってるのが元老院議員。今日は議会の日じゃないからあんまりいなくてよかったね。紫の帯を巻いてるのが元老院付き魔術師」
そういって自分の腰布を引っ張った。
「誰に話しかけられても応対は僕がやるからニックは黙ってお辞儀してくれたらいいよ」
ビックリするほど幅広で長ったらしい廊下を半分も行かないうちに俺は元老院付き魔術師も大体装飾のないトガを着ていることに気づいた。つまり自由市民だ。
トガを着ていないのは奴隷か俺たち二人だけだ。
魔法使い資格を持っているのにサンディがトガを着られないのは解放奴隷だからなんだろう。社会の上層もそれはそれでシビアなもんだ。
荘厳なトガを纏う男女に紛れたらみすぼらしい俺たちに目を止める奴なんていないだろうと油断していたら、早速話しかけてくる奴があった。
「最近見ないと思ったら、お仲間を神聖な元老院に連れ込むなよ、サンダリオ。師匠が嘆くぞ」
茶褐色の髪を揺らしながら敵意マシマシな女がサンディに向かってくる。
無地のシンプルなトガの上に紫の腰布をつけているってことは、こいつは魔術師。
お辞儀をしとけと言われたけどなんだか嫌味な雰囲気だったので俺は直立不動のままサンディとのやり取りを見守った。
サンディは爽やかに毒気を含んだ笑顔で答える。
「やあ、マヌエラ!仕事のお願いならもっと低姿勢で来るべきじゃないか?」
「姉弟子が仕事振ってやってるんだから、そちらこそありがたく受け取るべきじゃないか?」
マヌエラは手に持ったガラス板を振った。
サンディは嫌そうな顔をしながら手を差し出す。
サンディが差し伸べた手をすり抜けて、ガラス板は床に落ちた。厚手の絨毯が音を吸う。
床に転がったガラス板を見てムスッとするサンディを愉快そうに眺めるマヌエラ。
「じゃ、それ今日中だから」
マヌエラはサンディの肩を押しのけるように、通り過ぎていく。
「おい、あんた…」
今のは絶対わざとだろ。
「ニック」
サンディが俺のチュニカの裾を引いた。
「拾ってもらえる?」
俺はサンディの意図を汲んで渋々床に跪いた。マヌエラは鼻を鳴らしてどっかに消えてった。
ガラス板をサンディに渡す。サンディはそっと俺に耳打ちする。
「あんなのはあいさつみたいなもんだから気にしなくていいからね」
「お前の同僚はあいさつ代わりに侮辱してくるのか。とんでもない職場だ。コロッセオと大差ないんじゃないか?」
サンディは目を丸くし、続けてクスクスと笑い出した。
「ふふふ。そうかも。これでも魔法使いの職場としては洗練されてるほうなんだけどね」
その後は絡まれることもなく目的の元老院議員の部屋までたどり着いた。
ノックすると、全身を黒で包んだ秘書が顔を出す。
サンディの姿を認めると、フルフルと首を振った。
「フローラス様はまだいらしておりません」
「ああ、そういえば例の件の視察って今日だっけ」
「左様にございます」
「親分には僕が来たこと伝えておいてください」
サンディはまた午後に来ると約束して踵を返した。
「親分?」
上司ってことだろうか?
「ああ。フローラス親分はうちの派閥のボスなんだ。先代の頃からの付き合いらしくてね。君の手続きの話をしたかったんだけど、これなら先に仕事の方を片付けて来ようかな」
後半は独り言のように呟き、サンディは元老院の奥へと進んでいく。
俺は黙ってその背中を追いかけた。




