表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/39

隠れ家と木偶人形とぬいぐるみ

-1-

どれくらい走ったかはわからない。

辺りはすでに夜。

馬はしばらく街道を直進していたが、途中で脇道に逸れ、森へと分け入っていた。

サンディが魔法で出した人魂みたいな炎だけを光源に森を進む。

獣の声もする薄気味悪い森の中でサンディは馬を止めた。

「確かここら辺だったはず…」

サンディは馬をゆっくりと前進させた。そして蛍光色に淡く光る水色の布が巻かれた木の前で完全に停止させ、ひらりと馬から降りる。

俺が続いて降りると、サンディはぴしゃりと馬の尻を叩いた。

馬はいななきながらどこかへ走り去っていった。

「おい!足、どうするんだよ!?」

「大丈夫だよ!あの馬はただのカモフラージュだからさ!」

「カモフラージュ?何の?」

サンディは答えず、木に巻かれた布を取ると低木をかき分けながら森の中へと進んだ。

「おい!」

俺もその背を追うしかない。

同じような布が巻かれた木は点在していた。サンディは布をほどきながらまた次の木へと向かっていく。

「なあ、どこに向かってるかくらいは教えてもいいんじゃないか?」

「ついてからのお楽しみさ」

小一時間ほど歩いてハタと気づく。

前方の茂みに人が通った形跡があったし、地面には蹄の痕跡が残っていた。

「これ、一周しただけじゃん?!」

「いいや、これであってるよ。魔法陣で移動したら足がついちゃうから、ちょっと古典的な移動魔法の最中さ!」

「えっ?移動魔法?」

サンディは俺の手を掴んで呪文を唱えた。

木々のざわめきが止まり、視界が真っ白に塗りつぶされる。

そして俺たちは薄暗い場所に移動していた。

サンディが指を鳴らす。

壁にかかった燭台に次々と明かりが灯る。

そこは見知らぬ民家だった。

「ようこそ、我が家へ」

サンディがほほ笑んだ。


-2-

カラカラ、と何かが近づいてくる乾いた物音がした。

奥の階段の扉から何かが転がり出た。

木の塊のようなものが床を転がりながらこちらに近づいてくる。

その物体はサンディの前で止まると、カタカタと音を立てながら垂直方向に伸びた。いや、立ち上がった。

「おかえりなさいませ~」

それは木彫りの人形だった。人形と呼ぶにはニスを塗った木を縄でつないだだけの不格好な代物だが。俺より頭一つ大きいが、造りの荒さも相まって出来損ないの案山子みたいだ。

微妙に凹凸のあるのっぺらぼうを俺の方に向ける。

「サンディ様、そちらが例の?」

「そう。この人がニック」

「初めまして、ニック。ピウスと申します」

差し伸べられた手と思しき木片を俺は握り返した。

「主人よりお噂はかねがね伺っております」

「そりゃ、光栄だね」

サンディが大きく咳払いする。

「ピウス。ニックは疲れてるから早く湯あみの用意を」

「ははは、私としたことが!」

ピウスはまた床を転がってどこかへ行ってしまった

「今のは…?」

「使用人のピウス」

「人、なのか?」

「もちろん違うよ。僕の魔法でそれっぽく動かしてるだけの木偶人形さ」

俺はそのまま奥の食卓へと招かれた。

古めかしいが頑丈な作りだ。奥には炊事場まである。

詳しくないけど、自由市民の中でも上等な方の家なんじゃないだろうか。

「お茶淹れるから座ってて」

「あ、ああ…」

手持無沙汰なので部屋の中をぐるりと見渡す。

全体的に古めの内装で、物はあんまりない。そんな中、壁の飾り棚には場違いなぬいぐるみが鎮座していた。

褐色の肌に灰色の目、そして短く刈り込んだ黒髪で、不敵に口を吊り上げたクマ。

ちょっと、いや、かなり見覚えがある特徴だな?

手に取って全身を眺める。

足の裏にそれぞれ刺繍がされている。

『Nikelas the gigant massacre』と『40連勝記念』。

「どう見ても、俺だな?」

ガシャーン!

背後でサンディが盆を取り落としていた。

だが、その視線は盆ではなく俺の手中のクマに向けられていた。

「あー!あー!」

「サンディ、破片が…」

サンディはお構いなしにすっ飛んできて俺の手から俺のぬいぐるみをひったくった。

そのままお腹に隠すようにしゃがみ込む。

「えっと…」

え、これってなんてフォローすればいいんだ?

「俺のファンってマジなんだ…」

「…うん」

そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。サンディはそのまま動かなくなってしまった。

気まずい空気を打破するようにからからと木片が転がる音が近づいてきた。

「ニック!お湯の準備ができましたよ!風呂場に案内しましょう」

「あ、ああ。助かる…」

俺は空気を読んで退散した。



-3-

ピウスに案内された部屋の寝台に横たわっていると控えめにドアがノックされた。

「ニック、僕だけど…」

ドアを開けるとサンディが立っていた。

さっきの気まずさからは何とか持ち直したらしい。

化粧を落としたサンディはむしろ大人びてクールに見えた。

「えっと…?」

香草のようなさわやかな香りが髪から漂う。

サンディは無言で部屋に入ってきてベッドに座った。

「さっきは取り乱してごめん。その…」

サンディは言葉を探っている。

他に座るところもないし、一人分の間を開けてベッドに腰掛けた。

「サンディ、部屋まで用意してくれてありがとうな」

「ううん…ニックさえよければいつまでいてくれてもいいから…」

「…」

「…」

「あのさ、細かいことは街から出たら教えてくれるって言ったよな?」

「ああ、そういえばそうだったね」

サンディは口元に手をあてて首をひねった。

「うーん、どこから話したもんかな…」

俺は一番聞きたかったことを尋ねる。

「サンディ、お前はいったい何者なんだ?」

ただの闘技場の小間使いなんかじゃないことは当然として、憲兵を魔法でやり込めたり、自由市民の家に一人で住んでいたり。そもそもしがない興行傀儡の俺をリスクを冒してまで助けたり。考えれば考えるほど何もわからない。

「お前は何が目的なんだ?」

サンディの紫色の瞳は落ち着いていた。

「そこから話すのがいいか」

サンディはぶかぶかの袖をめくって手の甲を出した。

そこには紫色の墨で彫られた丸っこい紋章が刻まれている。

「これは魔法使い資格の認定証」

「えっ!?」

「ごめんね、ニック。僕、嘘ついてた。実はこう見えて資格持ちの魔法使いなんだ」

サンディは袖を戻しながらにこやかに続ける。

「改めて、僕はサリヴァヌス・サンダリオ。元老院付きの魔術師をやっている」

「げ、元老院…!?」

学のない俺でもわかる。

元老院は共和制ロマニアの政治の中枢機関だ。そこに集う元老院議員たちが広大な属州を含むロマニアのすべてを決めている。

そこに仕えている魔術師だなんて。とんでもなく偉いお役人サマじゃないか。

「サンディ、お前…いや、サンディ様って呼んだ方がいい?」

「そんな大したもんじゃないよ」

サンディが大慌てで手を振る。

「僕は単に師匠の跡目を継いだだけ。この家も師匠から譲り受けたものだから。僕なんか元老院付きの魔術師の中じゃペーペーもいいトコさ」

「だとしても俺とは住む世界が違いすぎるだろ。やっぱり腑に落ちないな。なんでそんなすごい奴が俺を助けたんだ?ファンだから、なんて口実に過ぎないんだろ?」

「うーん、だから僕はすごい奴じゃないんだって…」

サンディは困ったように首をかしげていたが、何を思ったのか、急に自分の寝巻の襟を掴んではだけさせた。

「おい!」

俺は咄嗟に目を覆った。もちろんなんも見てない。見る気もない。

色々言わなきゃいけないことが増えた。

嫁入り前の娘がそんなことするな、とか。ファンってそういう意味なのか、とか。

「そういうの良いから、服着ろ」

「そういうんじゃないから、見てよ」

サンディの手が俺の手首を掴む。

いやいやいや。

じゃあどういうのなんだよ。

昼間は生きるか死ぬかの逃避行で、夜は命の恩人に迫られるとか落差が激しくてついていけないって。

しびれを切らしたサンディが俺の手を強引に自分の胸に押し当てた。

柔らか…くない。

むしろ皮膚にしてはボコボコと突っ張った表面に驚いて目を開ける。

サンディは想像以上に貧相な体をしていた。ガリガリに骨ばっていて、胸には脂肪の厚みは皆無で、筋肉と呼ぶのもおこがましい程度の胸筋がギリギリ存在している。

こいつ男だったのか、というのは確かに衝撃だった。

だが、それ以上に俺の目をとらえたのは今俺の指が触れている右胸の上の焼き印だった。

「奴隷?」

「今は解放奴隷だけどね」

よく見たら奴隷の所有印の上に取り消しの焼き印が重ねてあった。

サンディは俺の手を放し、ちゃっちゃとはだけた寝巻を着直す。

「ね?僕らって大差ないんだよ。だからそんなに気負わずに今まで通りでいてくれたらいいから」

ベッドがきしみ、サンディが立ち上がる。

「今日は疲れたでしょ?明日は手続きで一緒に来てほしいところもあることだし、早くて寝てね」

「手続き?なんの?」

「君を自由にする手続きだよ!じゃ、おやすみ!」

「あ、ちょっと…!」

サンディは引き止める間もなくさっさと部屋を出て行った。

あいつの話はどうにも要領を得ない。

というか、意図的に話をはぐらかされたような気がしないでもない。

勘繰りすぎか?

でも、もう少し具体的に説明してくれてもいいのに。

疑問に答えてもらったはずなのに、むしろ疑問が増えた気がする。

今から追いかけて聞きだすべきか?でも、情報量が多くてかえってどこから聞けば全部わかるのか、俺自身もわからなくなってきた。

何かとても大事なことを見落としているのは確かなのに。

すべてがおぼろげだ。

恐ろしくふかふかの寝具に包まれてまとまらない思考をぐるぐるさせているうちに、いつしか俺は眠りに落ちていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ