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謎多き魔術師サンディの所有物にされる(文字通り)

-1-

元老院の地下に戻り、鍾乳洞から伸びる階段をのぼりながら、俺はサンディに尋ねた。

「アルマさんって綺麗な人だな。仲良さそうで羨ましいよ」

「や、仲良いとかじゃないけど…」

サンディは照れたように頬を掻いた。

「アルマは師匠のお孫さんでね。俺が師匠に拾われてしばらくは一緒にあの家で暮らしてたからなんというか、小うるさい姉、みたいなもんかな」

「いいな、優しそうな姉ちゃん」

「しいて言えば姉ってだけで全然姉っぽくないよ、あの人。むしろ僕が保護者なんだからね!」

だとしても羨ましいよ。

俺が親戚の家に引き取られた時は、血のつながった従姉妹からめっちゃ煙たがられていたから。

今ならあの子たちの気持ちもわかる。

突然会ったことのない叔母の息子とか言う肌の色の違う子供が家に住み始めたら誰だって嫌だよな。

まあ、こんな愚痴みたいな過去話をサンディに聞かせるわけにもいかない。

だから俺はただ「なおさら羨ましい」と繰り返した。

恐ろしく分厚い絨毯が敷かれたフロアに戻ってきた。

パタパタと解放奴隷っぽい人がサンディに向かって駆け寄る。

「探しましたよ、サンダリオさん。フローラス様がお呼びです」

「親分、帰ってきたんだ。ありがとう。すぐ行きます」

フローラス・タランチウスは30代半ばほどの偉丈夫だった。俺の想像する『元老院議員』のイメージよりは年齢がだいぶ若いけど、豪奢な刺繍のトガがよく似合う『高貴な自由市民男性のイデア』みたいな人だった。

綺麗に整えた赤褐色の髪を掻きながら重厚なデスクでガラス板や書類を眺めていたが、サンディが入ってくるとゆっくりと顔を上げた。

「ご苦労だったな」

ちらりと視線があったので慌ててお辞儀するが、フローラスは何も言わず、サンディに差し出された巻物の方に即座に関心が移った。

「ふんふん、なるほどな。サンダリオ、2件目についてはお前がやっておいてくれ」

「えっ…!」

サンディが心なしか青ざめる。

「近親者ってのは先月死んだ大アントニーナのことだろうな。アントニーナ・アルベロ」

「で、でも棺を開けるなんて…」

「何、夜に行ってちょっと覗くだけだ。元に戻せばどうせバレん。何か不都合でも?」

「墓地はこわ…」

「何か、不都合、でも?」

フローラスの表情は変わらないが、声の響きには命令しなれたもの特有の無邪気なまでの威圧感があって、俺でさえ少し胃がキュッとなった。

サンディはただでさえ狭い肩幅をますます縮こまらせる。

「いえ、承りますぅ…」

派閥のボスからの命令じゃ断れないよな。可哀想に。

「用件は以上か?」

フローラスは巻物を後ろに控えた黒ずくめの秘書に手渡しながらサンディに聞いた。

お前との話は終わりだとばかりに、その視線は隣の真っ黒のストラで身を固めた秘書から回されてきた書類に注がれている。

サンディは恐る恐るといった具合に切り出す。

「実はその、お願いがございまして…」

「なんだ?」

「こちらの彼を俺の財産目録に加えて欲しいんですが…」

「えっ!?」

なんだそれ聞いてないぞ。

サンディは期待に満ちた目でフローラスを見ているが、フローラスは淡々と書類作業を進めている。

「そんなもん、市役所でやれ」

「急ぎでして」

フローラスは視線を上げた。赤褐色の目がようやく俺の目と正面でかち合い、フローラスの手が俺の手首を掴んだ。

そして何の警告もなく手に持った羽ペンを俺の手首にぶっ刺す。

「いてぇ!!」

俺の血で染まったペン先を今度はサンディの身分証ブレスレットの石に挿し直す。

「登録名称は?」

「『ニック』でお願いします!」

フローラスがペンを走らせると石の上に『ニック』の文字が赤く浮かび上がって一瞬発光した。

「ありがとうございます、親分!」

サンディは満足げにブレスレットを見てにやついている。

「ついでに解放奴隷にする手続きもお願いしたいんですが…」

「図々しいな。ありゃ面倒なんだ」

「わかりました。そっちは市役所でやります…」

フローラスは無感情にペンを秘書に向ける。秘書は懐紙でまだ俺の血がしたたるペン先を綺麗に拭う。

「まったく、大事な法案の準備中だってのに。奴隷が奴隷を飼うなんて…」

サンディの紫色の目が凍り付く。

だが、それも一瞬。

「あはは…おっしゃる通りです」

サンディは物腰低くフローラスの部屋から退散した。

「おい、サンディ。なんなんだよ、今の!財産目録って…!」

前を歩くサンディの肩を掴む。手首から垂れた血がそのチュニカを汚す。

「ごめんね、ニック。これも君のためなんだ」

サンディはキョロキョロと周囲を見渡し、俺を細い廊下の陰へと引っ張り込む。

「手、見せて」

サンディは俺の手を掴み、いつものようにちゃっちゃか治療しながら話し出した。

「言っただろう?君を自由にする手続きだって。これはその前段階さ!一旦僕の所有物ってことにしないと解放もできないからさ」

「だからって…」

「指名手配中の逃走奴隷を連れまわしてるなんて言えるわけないじゃん!」

俺は言葉に詰まった。それを言われたら言い返せない。

「それに、逃走奴隷よりかは普通の奴隷の方がマシでしょ?」

確かに、同じ奴隷階級でも逃走奴隷と普通の奴隷の差は月とスッポン…というのは言いすぎにしても、まあまあ違う。

奴隷ってのは主人の財産として一定の保護がある。その保護ってのはあくまで人んちの壺を勝手に割らない、割ったら弁償する程度のもんだけども。

逆に言えば奴隷自身が主人の財産を脅かすなんてこともあってはならない。だから、ロマニアの法律では、逃亡奴隷を社会秩序を乱す異分子として厳しく罰するのだ。

その点で、逃亡奴隷からサンディの持ち物になった、というのはある種の昇格ではある。昇格ではあるんだけれども…。

「ごめんね、ニック。なるべく早く市役所には行くから…」

「わかった…」

「そのためには片付けないといけない仕事があってね」

紫色の目がうるうると俺を見上げる。

「さっきフローラス親分と話してた件なんだけど、ちょっとした力仕事になると思うんだよね。ニックが手伝ってくれたら早く終わると思うんだけど…」

チュニカ越しに俺の上腕二頭筋を叩く。

「どうかな?」

断る理由はない。

「俺も早く手続きすすめてほしいし…」

謎の多い奴だけど、サンディが俺の命の恩人であることは事実だし。俺のために奔走してくれているのはわかる。

「俺も少しはお前の役に立ちたいというか、助けられた借りを返していきたいし…」

「借りだなんて!僕は君にもらってばかりなのに!」

「またよくわからないことを…」

「僕の本心さ!」

楽しげなサンディの様子に俺はまた腹の中がモヤっとする。

俺はサンディの肩を掴み、じっと見降ろす。

「あのさ、そろそろちゃんと話してくれないか?結局お前は俺に何を求めているんだ?」

じっと紫色の目が俺を見つめ返す。

「僕は…」

不意に細い廊下を人が曲がってきた。そして俺達を見るとギョッとした顔でUターンしていく。

「あの、ニック。ちょっと、近いかも…」

サンディが目を伏せる。

大柄な男が小柄な男を壁に押し付けて見下ろしている、だなんて。

客観的に見た絵面のひどさを考えて俺はパッと離れた。

さっきの通行人、絶対誤解したよな?せめてカツアゲだと思っててくれ。

「ここじゃゆっくり話せないし、帰ったら…ね?」

お前も微妙に恥ずかしそうにするなよ。かなり真面目な話だっただろうが。

「あ、ああ…」

これ以上墓穴を掘らないように俺は慎重にうなずいた。

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