ニックの脳内世界とサンディの土下座
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僕は夜の砂浜の上で目覚めた。
脳内回路への不法アクセスなんてしたのは初めてだったから、失敗してあのままマールスに殺害されたのかと思った。
体育座りで海を眺めるニックの姿を見るまでは。
「なんで夢の中までお前がいるんだよ」
ニックは一瞬だけ僕を見て、また視線を海に戻した。
「夢というか、ここは君の脳内なんだろうね。僕の死後の世界じゃないのなら」
ニックは露骨に顔をしかめた。
「じゃあなおさらなんでお前がいるんだよ。俺はマールスに仕えると決めたんだ。出てけ。お前と話すことなんて何もない」
僕はニックの正面に回り込んだ。
「ニック、聞いて…」
ニックは嫌そうに顔をそむけて目を合わせない。
「ごめん…!本当に…」
僕は砂浜に膝をつき、額も砂にめり込ませながら額ずく。
マヌエラには作戦があるといった。
その作戦とはなんてことはない、泣き落としだ。ニックの善性に全ベット。
ニックは憮然と返す。
「謝って済むとでも…?」
「ごめん。許してもらおうなんて思ってない。ただ、聞くだけ聞いてくれないかな?もう僕らには君の善意にすがるしかないんだよ…」
「そんなこと俺の知ったことじゃ…」
そう言いつつ、口調に先ほどまでの棘がない。
「マールスは君の体を使ってロマニアに行って、ロマニアの住民を奴隷として徴用する気なんだ。神の国の復興を手伝わせるために」
「はぁ~?」
「そんなの嫌だろ?だから今一度僕にパスを渡してほしい。そうしたらマールスを君の中から追い出せる」
ちらりとニックの顔をうかがう。
灰青色の目は困惑と疑念に曇っていた。
「お前にパスを?冗談じゃない」
残念ながら僕は彼を説得する言葉を持たない。
何を言おうが、自分の行動が正当化できないことは僕が一番よくわかっている。
「僕のことは許さなくていい。ロマニアについたら煮るなり焼くなり好きにしていい。だけど、今はどうか僕らを助けてほしい。お願いだ…」
僕はまた深々と頭を下げる。
結局僕は、この期に及んでまだ彼の優しさに漬け込む卑怯な男だ。
だけど今は…
「お願いだから…帰ってきて、ニック!ぐっ…!」
頭をぐりぐりと地面に押し込まれる。踏まれている?
「やれやれ。何をするかと思えば!ニックと話したいならまずは主人の俺を通してもらいたいもんだ。なぁ!」
「マールス…」
マールスが足に力を込める。
「ニック!頼む!君だけが頼りなんだ!」
「やかましい」
僕は体を起こそうともがくが、マールスの片足一本どかすことができない。
苦しい。ここは脳内のはずなのに息苦しいってなんだ!?
体が悲鳴を上げ、意識が遠のく。
もう、ダメかも…。
不意に頭部への圧迫感が消えた。
「ゲホゲホッ!」
大きく咳き込み、砂混じりの空気を大きく吸い込む。
「ん~?何の真似だ、ニック?」
見ればニックとマールスが仁王立ちでにらみ合っていた。
「マールス。やっぱりお前に協力できない」
「はっ!また甘さがでてるぞ。それがお前を弱くしている」
マールスは芝居がかった仕草で肩をすくめた。
「いいか?このもやし野郎もロマニアの人間も、同情なんて必要ない。ただ己の欲望のために踏みつけるだけでいい。何故ならお前にはそれができるから!簡単なことなのに、どうしてためらう?」
「そうはいっても嫌なもんは嫌だろ」
ニックがマールスを突き飛ばし、よろめかせる。
そして僕の襟首を掴んで強引に立ち上がらせる。
「ボケッとしてるなよ。こっからどうすればいい?」
「ゲホ…呪文…」
「呪文!?」
ニックがマールスのタックルを受けて砂浜に倒れこむ。
二人が砂浜を転がっていく。
「俺はお前を買ってるんだぞ、ニック!そんな、つれないことを言うな!」
マールスはニックに馬乗りになり、その顔に拳を叩きこんだ。
「無駄な抵抗は止せ、な?」
「そっちこそ!離、せ…!」
ニックはその背中に蹴りを入れ、マールスの拳を掴む。
マールスと取っ組み合いを繰り広げるニックに僕は叫んだ。
「最初に教えた呪文!またアレを唱えて…!」
「ダメだっ!」
マールスの手がニックの口を塞ぐ。ニックはその手をかわそうと顔を激しく揺さぶる。
「メー・ティビ・オフェロ、サンディ!」
ニックの声が海辺に響く。
ニックを中心に白い光が広がっていき、僕はもう目を開けていられなかった。




