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ニックの脳内世界とサンディの土下座

-1-

僕は夜の砂浜の上で目覚めた。

脳内回路への不法アクセスなんてしたのは初めてだったから、失敗してあのままマールスに殺害されたのかと思った。

体育座りで海を眺めるニックの姿を見るまでは。

「なんで夢の中までお前がいるんだよ」

ニックは一瞬だけ僕を見て、また視線を海に戻した。

「夢というか、ここは君の脳内なんだろうね。僕の死後の世界じゃないのなら」

ニックは露骨に顔をしかめた。

「じゃあなおさらなんでお前がいるんだよ。俺はマールスに仕えると決めたんだ。出てけ。お前と話すことなんて何もない」

僕はニックの正面に回り込んだ。

「ニック、聞いて…」

ニックは嫌そうに顔をそむけて目を合わせない。

「ごめん…!本当に…」

僕は砂浜に膝をつき、額も砂にめり込ませながら額ずく。

マヌエラには作戦があるといった。

その作戦とはなんてことはない、泣き落としだ。ニックの善性に全ベット。

ニックは憮然と返す。

「謝って済むとでも…?」

「ごめん。許してもらおうなんて思ってない。ただ、聞くだけ聞いてくれないかな?もう僕らには君の善意にすがるしかないんだよ…」

「そんなこと俺の知ったことじゃ…」

そう言いつつ、口調に先ほどまでの棘がない。

「マールスは君の体を使ってロマニアに行って、ロマニアの住民を奴隷として徴用する気なんだ。神の国の復興を手伝わせるために」

「はぁ~?」

「そんなの嫌だろ?だから今一度僕にパスを渡してほしい。そうしたらマールスを君の中から追い出せる」

ちらりとニックの顔をうかがう。

灰青色の目は困惑と疑念に曇っていた。

「お前にパスを?冗談じゃない」

残念ながら僕は彼を説得する言葉を持たない。

何を言おうが、自分の行動が正当化できないことは僕が一番よくわかっている。

「僕のことは許さなくていい。ロマニアについたら煮るなり焼くなり好きにしていい。だけど、今はどうか僕らを助けてほしい。お願いだ…」

僕はまた深々と頭を下げる。

結局僕は、この期に及んでまだ彼の優しさに漬け込む卑怯な男だ。

だけど今は…

「お願いだから…帰ってきて、ニック!ぐっ…!」

頭をぐりぐりと地面に押し込まれる。踏まれている?

「やれやれ。何をするかと思えば!ニックと話したいならまずは主人の俺を通してもらいたいもんだ。なぁ!」

「マールス…」

マールスが足に力を込める。

「ニック!頼む!君だけが頼りなんだ!」

「やかましい」

僕は体を起こそうともがくが、マールスの片足一本どかすことができない。

苦しい。ここは脳内のはずなのに息苦しいってなんだ!?

体が悲鳴を上げ、意識が遠のく。

もう、ダメかも…。

不意に頭部への圧迫感が消えた。

「ゲホゲホッ!」

大きく咳き込み、砂混じりの空気を大きく吸い込む。

「ん~?何の真似だ、ニック?」

見ればニックとマールスが仁王立ちでにらみ合っていた。

「マールス。やっぱりお前に協力できない」

「はっ!また甘さがでてるぞ。それがお前を弱くしている」

マールスは芝居がかった仕草で肩をすくめた。

「いいか?このもやし野郎もロマニアの人間も、同情なんて必要ない。ただ己の欲望のために踏みつけるだけでいい。何故ならお前にはそれができるから!簡単なことなのに、どうしてためらう?」

「そうはいっても嫌なもんは嫌だろ」

ニックがマールスを突き飛ばし、よろめかせる。

そして僕の襟首を掴んで強引に立ち上がらせる。

「ボケッとしてるなよ。こっからどうすればいい?」

「ゲホ…呪文…」

「呪文!?」

ニックがマールスのタックルを受けて砂浜に倒れこむ。

二人が砂浜を転がっていく。

「俺はお前を買ってるんだぞ、ニック!そんな、つれないことを言うな!」

マールスはニックに馬乗りになり、その顔に拳を叩きこんだ。

「無駄な抵抗は止せ、な?」

「そっちこそ!離、せ…!」

ニックはその背中に蹴りを入れ、マールスの拳を掴む。

マールスと取っ組み合いを繰り広げるニックに僕は叫んだ。

「最初に教えた呪文!またアレを唱えて…!」

「ダメだっ!」

マールスの手がニックの口を塞ぐ。ニックはその手をかわそうと顔を激しく揺さぶる。

「メー・ティビ・オフェロ、サンディ!」

ニックの声が海辺に響く。

ニックを中心に白い光が広がっていき、僕はもう目を開けていられなかった。

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