倒れ行く仲間。決着はいかに
-1-
将軍が命がけで5分を稼いでいる間。
止血も火傷治療も不完全だが、動ける程度には回復した僕はマヌエラと合流した。
「マヌエラ!僕に考えがある」
「なに!?」
「ニックは興行傀儡なんだ。そのパスは僕が持ってる」
マヌエラがあんぐりと口を開ける。
「興行傀儡…あっ、あの逃走したニケラスって…」
マヌエラは驚いていたが、それも束の間。
「じゃあ、なんであの体たらくなんだ!パスがあるなら操作して止められないの?」
「遠隔でやったけど弾かれたんだ」
「つまりあいつの脳内回路のパスはマールスに譲渡されてるのか?」
「可能性は高い」
「それで、考えってのは何だよ」
僕は遠く砂埃を巻き上げながら将軍と交戦しているニックの肉体を見つめた。
「ニックに直接触って脳の回路に直接アクセスしてマールスを締め出したい」
「ふーん?」
僕らにはその連撃の軌跡さえ目で追えない。
将軍は捌くのに手一杯。
マールスを流血させたら手数が増えて不利になるという制限もあるだろうが、それを抜きにしても反撃に転じられる余裕はなさそうだ。
1ターンごとにその白い肌に傷が刻まれていく。
「アレに割り込むとか…どうやって?」
「それを5分で考えるのさ」
マヌエラの視線が瞬時に将軍と僕の間を往復する。
「…正気か?」
狂気の沙汰だが、魔法の懐の広さを信じてやるしかない。
だって、他に僕らが生き延びる道はないんだから。
僕らは二人がかりで地面に魔法陣を書いていった。
マールスがどこまで魔法への造詣が深いのかは謎だけど、この魔法陣を見ては黙っていられないだろう。
「ねえ」
マヌエラが砂埃の方に目を向ける。
「マールスがこっち見た」
「急がなきゃ!」
-2-
茶色い髪の魔術師と目が合った。
「お前の部下、何か思いついたみたいだな」
「…!」
将軍が一歩踏み込む。
わかりやすく焦るね。
喉を狙っての突きだな。
剣先を顔をひねってかわし、屈折してきた銀の光も大剣で弾く。
ま、原理は知らんが挙動が読めればこんなもんだ。
そして銀色の光が出ている時、こいつはそれをある程度操作してるんだろうな。瞳孔が動くとき一瞬動きが止まる。
俺は大剣を手放し、両手で槍を振り回す。
「ぐあっ…!」
魔力で強化しようが、女の腕では俺の膂力は止められない。
将軍は柄で押されて背中から吹っ飛んでいく。
絶望に染まった黄金の瞳に微笑みかける。命拾いしたな。狙いはお前じゃない。
槍を振りかぶり、魔法陣の方に投げる。
風を切って飛来する槍。
最初の投擲は威嚇。
今度こそあのもやし魔術師を殺すつもりで投げた。
「危ない!」
だが、女魔術師がもやしの前に身を投げ出した。
槍はその腹に吸い込まれていった。
「あー、外した」
いや、これは外したのか?外したと言ったら俺がノーコンみたいじゃないか。
まあ、美しい庇いあいに免じてこれもノーカンで。
左指を軽く曲げる。
ん?槍が戻ってこないな。
何かと思えば女魔術師は背面にバリアを展開していた。槍はそれに阻まれてこちらに戻ってこられないようだ。
おいおい。土手っ腹を穿たれてから防御魔法を出しても遅いだろ。
「マヌエラ!」
「いいから続けて…!」
なんかまだひそひそやっていたが、ヒョロガリは涙を拭いてまた魔法陣を再開する。
健気なことだ。
「そんな『いかにも大魔法やります』を俺が見逃すと思うか?」
勝手に5分とか設定してるけど、戦場はルール無用。俺が律儀に従ってやる理由はないからな。
将軍ももうネタ切れみたいだしな。
「そっちこそよそ見なんてしてていいのか!」
将軍が斬撃を飛ばしてくる。
太い斬撃が空中で拡散し、俺に迫る。
「あー、はいはい」
弾幕のごとく視界いっぱいに広がる銀色。
それを大剣ですべて叩き落とす。
「そんで足だろ?」
俺は大剣を地面についた。
ガキィインっ!
甲高い金属音。
斬撃の目くらましに紛れて俺の足首を刈り取ろうとした攻撃は、俺の大剣に阻まれていた。
衝突の振動が剣先から柄まで這い上る。
「なっ…!?」
硬直する将軍。
そんな驚くことかねぇ。
「はい、おつかれさん」
剣を一閃させる。
将軍の手首から血が噴き出す。
その首を剣の腹で殴打し、気絶させる。
「うっ…」
うつぶせに倒れ、地面が朱に染まる。
ざっと3分くらいか。
俺相手に目標の6割達成なら上出来だろ。
だからその健闘ぶりに免じて命までは取らない。
というのは嘘。単にミネルヴァの器としてちょうどいい女戦士だと思っただけ。
いや、あいつは魔術師の肉体の方がいいんだっけ。
でも巫女の乗っ取りには苦戦してるしな。
ま、どっちでもいいか。もやしを殺した後で聞いてやろう。
-3-
ユリウス将軍が倒れるのを目の端で確認しつつ、ようやく魔法陣が完成する。
早く。
マールスが僕の方へ大股で歩いてくる。
「よーう、ヒョロガリ。残ったのはお前だけだなっ!」
嫌味なくらいの陽気な態度。
無視して早口に呪文を唱え始める。
マールスは焦ったそぶりも見せず、ニヤニヤ笑いながらニックの左手小指を掴む。
やめろ。
嫌な予感。
ベキッ。
マールスは表情一つ変えず、小指をあらぬ方向に曲げた。
「…っ!」
喉の奥で悲鳴をかみ殺す。
詠唱が途切れる。
僕の反応を楽しむように折れた小指を捩じ切ると、その場に放り投げる。
武器にするわけでもなく。
根元からもがれた手を治療することもなく。
ダラダラと無意味に血を流しながら。
いや、意味は十分あった。
マールスは緩慢に右手を開き、僕に見せつけるように左手をすべての指で握りこんだ。
「やめて…!」
だが、そんな言葉で止まるはずもない。
ゴギッ。
薬指もへし折られ、砂の上に捨てられる。
ただただいたぶるだけの行為。
ニックの体を。
僕の精神を。
下手な投擲槍より効果があった。
僕はもう詠唱なんてしていられなかった。
マールスが中指に手をかけた瞬間、僕は魔法陣を飛び出していた。
「やめろ…!」
魔法使いが戦士に肉弾戦を挑むなんて、まあ馬鹿げているよな。
僕の渾身のタックルを右手でいなし、僕は地面に引き倒された。
口を押えられ、腹の上に重荷。
マールスは僕に馬乗りになってじっと見下ろしていた。
「大好きなニックに殺されるのはどんな気持ちだ?」
マールスの左手が僕の頬に触れる。
金臭い血の匂い。
急速に指を再生させながら、滴る血を僕にこすりつけるように頬から首筋へと指がなぞる。
そして両手が僕の首を掴み、ゆっくりと力が込められる。
「くっ…!」
僕は全身をばたつかせるが、この体格差をひっくり返せるわけもない。
全力の抵抗でもマールスは涼しい顔だ。
なおも首を締め上げるその手を掴む。
そして目をつむって、集中する。
末端神経を通じて脳内回路へ。
脳に激痛が走るが、構うものか。
全魔力でゴリ押して、ニックの脳内への侵入を果たす。




