戦神降臨
-1-
僕は山道を猛ダッシュしていた。片手のたいまつももどかしい。
「ニック…!」
念話で呼びかけるが、応答がない。
視覚へのアクセスもできない。
「ごめん、ニック!」
脳内回路に接続する。
軽い手ごたえの後に、脳内で火花が散る。
「いっ…」
鋭い痛みに足が止まりかける。
一方的に遮断された?
フォルトゥーナの言葉を思い出す。
『あなたの傀儡は手遅れです』
『マールスがあなたの傀儡を狙っています。完璧な自分の手足として』
「おい、冗談じゃないぞ…」
嫌な予感が確信に変わる。
とにかく急がなくては。
-2-
「マヌエラさん…」
体をゆすられて目が覚める。
誰かと思ったら兵士傀儡だ。
「なに…?朝…?」
窓のすだれから見える空はまだ暗い。
兵士傀儡が申し訳なさそうに続ける。
「村人から『ニック』が倒れたと言われまして…」
「そんなのサンダリオに…」
「それがサンダリオさんが小屋にいなくて…」
舌打ちが出そうになる。こんな状況で勝手にいなくなるなんてなんなんだあいつは。
「わかった」
隣で寝ているアルマの様子を軽く確認する。アルマはぐっすり眠っていた。あの丘の上で気絶してからずっと意識が戻らないから傍にいてやりたいのに。
私はため息をついて外に出た。
ニックは砂の上に仰向けに寝かされていた。
灰青色の瞳は見開いているが、瞬きもせず、光を当てても反応がない。
「うーん?自発呼吸はしてるし、脈も問題ない」
死んでいるわけではなさそうで一安心。正常な状態じゃないのは確かだが。
「なんか変なものでも食べさせた?」
近くにいた男たちは顔を見合わせる。
「いや。釣った魚を一緒に食っただけだ」
「俺たちも食ったけどこの通りピンピンしてる」
「魚…?」
禿げた男が傍らの魚籠から魚を掴みだした。
鳥のくちばしのようにやたら口元が長い見たことのない魚。おまけに目が6つだ。
完全に変なものじゃないか。
食中毒にしてはずいぶん静かだが、まあ原因とみて間違いないだろう。
「サンダリオの阿呆。ちゃんと教育しておきなさいよ…」
各種回復魔法で対処できないものは面倒だ。最早魔法使いの管轄ではないのだが。
「とりあえず、吐かせるか…悪いんだけど、できる限り大量の水を持ってきてくれる?」
住民たちが慌てて小屋へと駆け戻る。
「何の騒ぎだ…ふわぁ…」
あくびをしながら将軍が歩いてきた。
眠そうに妖精剣を引きずり、小屋からここまで砂に線が引かれている。
「ああ、将軍。ニックの様子がおかしくて…」
「うっ…」
背後でうめき声がした。
さっきまで微動だにしなかったニックがゆっくりと上体を起こす。
「おい、大丈夫か!?」
「ああ、問題ない」
ニックは立ち上がり、伸びをした。
本当にただの寝起きのような反応に拍子抜けする。
「なんだ、元気そうじゃないか」
将軍はまた大きく欠伸をする。
ニックはゆっくりと周囲を見渡した。
「あのヒョロガリはどこだ?」
「ヒョロガリ?ああ、サンダリオ?そうですよ、将軍。サンダリオがベッドにいないらしいんです。逆にお前は知らないのか、ニック?」
「いない?」
ニックは口元に手をあてて軽く片頬をゆがめた。
「フォルトゥーナか…?」
「フォル…なに?」
「こっちの話だ」
その横顔に浮かぶ獰猛な笑み。
こいつって、こんな悪そうに笑う奴だったか?
「なあ、お前やっぱりちょっと変じゃないか?」
「そうかな?絶好調だぞ」
ニックの視線が山の方角に固定された。
その視線の先を辿る。
「サンダリオ…!」
片手にたいまつを持ったサンダリオが猛然と走ってくる。
その明かりでは判然としないが、何か口が動いている。
詠唱…?
「手間が省けた」
ニックが私を押しのけてサンダリオの方へと数歩進む。
次の瞬間。
「むっ…?」
その足元の砂が円形に渦巻く。
ニックの姿が消えた。
地中から飛び出した砂の顎にぱっくりと飲み込まれたかと思うと、砂が鋼鉄へと変化する。
ニックを捉えた鉄の塊はゆっくりと地中へ沈殿していく。
「マヌエラ、離れろ…そいつは…」
サンダリオが荒い息のままに何か叫んでいる。
「サンダリオ!急になんてことを…!」
不意に、熱を感じた。
振りむくより先に腕を引かれた。
「将軍!?」
将軍の腕の中に倒れこむ。
将軍の視線は砂の塊に向けられていた。
抜刀済みの大剣に月の光が煌めく。
「切り裂け」
キィィィン。
風圧と熱気。
砂塵の中から飛来した刃を、銀の斬撃が迎撃する。
地面に落ちた黒い刃、もとい無数の鋼鉄の破片が砂へと戻っていく。
「な…」
将軍は私を抱えたまま後ずさった。
「なんだろうな、本当に!ニックじゃないのは確かだ!」
鋼鉄の檻はもう原型もとどめないほどに吹き飛んでいた。
体に降る砂を払いながらニックが姿を現した。片手には小さな鉄の塊を握っている。
まさか、この一瞬で自分をとじこめていた檻を内側から破壊したのか?そのちっぽけな鉄の塊で?
ニックはこちらの驚愕とは反対にひどく落ち着いた様子で、鉄の塊を地面に放った。地面に落ちる前に砂へと変化し、夜風に吹き飛ばされていく。
変質魔法?ニックは魔法を使えるんだったか?
「愚かな魔術師だ。黙っていればお前だけで勘弁してやったのに」
ニックが自分の左ひじを掴む。
力を込めたかと思うと、その指が肉に食い込み、骨を粉砕する。
グチャッ。
ブチブチブチ。
骨をねじり、腱と肉を強引に引きちぎる。
「わあああ!!ニック!!!」
サンダリオがまた呪文を唱えようとする。
ニックが左手を一閃する。
切断部分から飛散した血がサンダリオに向かって礫のように飛び、空中で小さく炸裂した。
「ぐあっ…!」
バリアが間に合わず、煙を上げて吹き飛ばされていくサンダリオ。
ニックはゆっくりと歩き続ける。
左肘の断面ではすでに肉がうごめき、骨と肉が競うように生えていって、ものの3秒で、先ほどまでの欠損が嘘のように元に戻っていた。
ニックが切断された左手をくるりと弄ぶと、切断された腕が細長く縦に伸びた。
長い柄の先に刃が光る。
これは、槍か。
ニックは生やした左手の感触を確かめるように両手で槍を一閃させる。
「マールスの名において、戦を始めようか」
槍を構えると、傲岸不遜にそいつは笑った。
穂先に灯った炎を反映したその目は邪悪に赤々と燃えていた。




