異界の冒険:女神の集落と決定的な決裂
-1-
集落に足を踏み入れる。
小屋からぞろぞろと住民が出てきて俺たちに好奇と恐怖の入り混じった視線を向けている。
「アレが女神様の言っていた…」
「ああ、ロマニアの…」
聞こえてくるのはロマニア語。
そのおどおどとした態度や粗末な服の襟から焼き印がちらりと覗く。
「女神の集落、本当にあったんだね…」
サンディがぼそりと呟く。
「ほら、前に調査してもらった連続奴隷失踪事件の…」
ガラス板から取り出した紙切れを渡される。
何かと思えば手配書だ。
「あの農場から逃げた逃走奴隷だよ」
見せられた似顔絵は、前方を歩く少女の特徴に見事に当てはまっていた。肩口から覗く焼き印も含めて。
俺たちは集落の一番奥の小屋に通された。
粗末な小屋に腰を落ち着けてようやく人心地がつく。
「アルマ、大丈夫…?」
マヌエラは気絶したままのアルマを横たえて足の治療を開始する。
それを尻目に俺たちは少女と向かい合っていた。
「助けてくれてありがとう。ロマニアに帰ったらこのお礼はいくらでもできるんだが!」
シザリアが快活に笑う。
「で、ここはいったい何なんだ?」
少女はその勢いに飲まれてちょっと引き気味だ。
「まさかあのでかい猿もどきが我々の信仰する神だなんて言わないよね?」
「まさか!アレはカミサマの敵、デーモンです」
少女はちらりとアルマに視線を投げ、話を続ける。
「カミサマは助けを待っているんです。この異界から出るために」
「助け?」
神様が人間の救助を待っているとでも言うのか?
「話が見えないな。異界の存在がロマニアの行く末を左右するっていうから来てみれば、神様が助けてほしい、だと?とんだ騙し討ちじゃないか」
騙し討ち、という言葉でなんとなくサンディの方を見る。あいつは神妙にシザリアの言葉に頷いてぽつりとつぶやく。
「ロマニアの人間を予言で釣って異界におびき寄せる…なんて運命の女神様がそんなことするわけないか…」
「どうだろうな。…大体、助けを求めてる張本人たちはどこにいるんだ?デーモンに全部食われてしまったのか?」
シザリアの半笑いの質問に少女はもじもじと視線を落とす。
「私、女神様から言えって言われたことを言ってるだけだから…」
消え入りそうな声で付け加える。
「その、詳しいことは明日直接女神様からお話があります…」
「えっ、会えるの?」
「だったら今すぐ連れてってくれ。明日と言わずに!」
少女はあいまいにうなずく。
「でも、もうじき夜になりますから…」
シザリアは浮かせかけた腰を落ち着ける。少女は少しほっとした様子だ。
「この集落は女神様のご加護で安全ですから…。今日はここでお休みいただいて、女神様のところには明日で…」
これにはシザリアもうなずくしかなかった。
-2-
その晩。
調査隊のメンバーは男女に別れてそれぞれ別の小屋を借りた。
男性陣は俺、サンディ、兵士傀儡。入口からこの順で川の字になって休んでいる。
体は疲れているのになかなか寝付けなかった。
興行のあった日の晩のように。日中の恐怖と興奮の名残で脳がまだ冴えていた。
ここは何もかもが不気味で仕方ない。化け物相手なんて慣れていると思ったのに。
薄暗がりの中でもぞもぞと寝返りを打つ音がした。
「ねえ、ニック…」
なんか話しかけてきた。
俺は狸寝入りを決め込んだ。話したい気分じゃなかった。
「ねぇ。起きてるのはわかってるんだから」
ちっ。
「どういう仕組みなんだよ」
「君の視覚と聴覚は脳内回路である程度…ね」
聞かなきゃよかったし、真面目に答えてくるなよ。
「で、なに?俺、眠いんだけど」
「その…ありがとうってまだ言ってなかったなって」
「ハァ…?」
「君には何度も命を救われてるからさ」
「…」
俺も体をサンディの方に向けた。
付け加えるなら2週間面倒を見てやったこととか、元老院に代わりに言ってやったこととか、そこらへんへの感謝も欲しいところだが。
「感謝してるんならパス返せよ」
サンディが小さく笑った気がした。
そしてノイズ音と共にかすかな浮遊感。俺の唇が勝手に動いたかと思うと、俺の唇が勝手に動き、視界が暗視モードになった。
脈が上がる。俺は指を動かした。自分で動かせる。それを確認してもまだ嫌な汗が止まらない。
「コレ、便利だったでしょ?」
俺の様子なんて見えていないのか、サンディは媚びるような視線で俺を見上げていた。
「君に助けられてばっかりだったけど、僕も少しは役に立ててたかな?足手まといなだけじゃないならいいんだけど…」
俺は大きく息をついた。
震えて声が出ない。
これ以上、余計なことを言うな。
だが、サンディの口は止まらない。
「その…僕がパスを持ってればさ。魔法で君をサポートしやすかったり…うぐっ!」
「黙れ」
俺はその首を掴んでいた。
とにかくこいつを黙らせたくて。
「メリットデメリットの問題だと思ってんの?あ?」
サンディの目に怯えの色が混じる。
怒りに震えながら俺も止まれなかった。
「お前、他人に体を好き勝手動かされることにメリットがあるって言いたいのか?」
「そ、そういうつもりじゃ…」
「サンディ」
じゃあどういうつもりなんだ。なんて言葉は出なかった。
「はぁ~…サンディ。ハァー」
話すにはもう疲れ切っていた。
どうしてこいつはこうなんだろう。
尊厳という概念をなんでお前が理解できないんだ。
似たような経験をしてきたお前が。
「お前には失望なんて言葉じゃぬるいわ…」
サンディのひょろい首から手を離し、立ち上がる。
「コホッ、待って、どこ行くの…?」
「触るな」
サンディが咳き込みながら手を伸ばしてきたが、蹴り飛ばす。
「ここにいたらお前を絞め殺しそうだ」
小屋を出ると、夜の冷たい潮風が頬を撫でる。
集落の入り口の方で人の声が聞こえた。
集落の比較的若い奴らが網やボートを担いで海に向かっているところだった。
そういえばと、奴隷の少女ルニから聞いた森の女神の集落の話を思い出す。
『海があるからお魚がいっぱい取れて食事に困らない』
「漁に出るのか?」
後ろから話しかけると彼らは少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔を浮かべた。
「そうだ。海にデーモンは出ないから」
「俺もついていって良いか?」
単なる好奇心だけじゃなかった。サンディのいる小屋に戻りたくなかった。
「もちろん!」
若い奴らは俺がボートを担ぐスペースを開けた。
沖に出てほどほどのところで船は止まり、5人の乗組員に竿が竿が行き渡った。
魚がかかるまでの間、暇だった。
「なあ、あんたらはどこから来たんだ?」
隣に座っていた壮年の男、メロアが答えた。
「俺たちぁ農場から逃げて来たんだ。そっちのハゲと顎髭と一緒にな」
メロアに指さされたハゲが話を引き取る。
「逃げるあてもなく森で迷子になったところをこの集落の奴らに保護されたんだ」
「ここは良い所だぞ。魚も果物も食べ放題で、畑も順調だし」
「それに新しい主人が最高だ」
新しい主人って件の女神様のことか。
「お告げをくれるだけで、殴ったりしないし」
「なあ、その女神様って…」
メロアがやにわに立ち上がる。
「おい、かかったぞ!ニック!手伝え!」
メロアの竿がしなる。
俺は竿を網に持ち替えた。
メロアとハゲの二人がかりで竿を引くと、俺の上腕二頭筋ほどの大きさのつややかな魚が水面から上がる。
俺はそれを網の中に収め、ボートの中に引き上げた。
「…目が6つある」
「切り身にしちゃえば目の数なんて関係ねえ」
「えぇ~…」
たくましいにもほどがあるだろ。
メロアは魚の上にしゃがみ込むと、ナイフで手際よくさばいていった。
脂の乗った白い身に調味料を垂らす。
「ほら、新鮮なうちが一番うまいぞ!」
ナイフの先に薄く切った切り身を乗せて俺に差し出してきた。
ぷりぷりで美味しそう。目や全体的な形状を除けば普通の魚だ。
俺は魚肉をナイフの先からはがし、口に含んだ。
適度な弾力。塩気と淡白な脂の風味が口いっぱいに広がる。
「美味い」
「そうだろ?」
他の乗組員たちも手を伸ばしてきて刺身をつまんでいく。
俺も手づかみで魚の体から肉をつまんだ。
「な?いい生活だろ?」
骨と頭だけになった魚をメロアは海に投げ捨てながら笑った。
俺は最後の刺身を咀嚼しながらうなずいた。
-3-
僕は今晩何度目かの寝返りを打った。
隣の空の毛布を見やる。
ニックはまだ帰ってこなかった。
脳内回路越しに彼の視界を盗み見しようとして、やめた。
また怒らせてしまう。
僕がパスを持っていることで安心を感じているのとは反対に、彼は他人にパスを持たれていることが不安なんだ。
それが僕であれ、誰であれ。
ニックは優しいから僕を殺してパスを取り上げることをしないだけで。
ニックには、恩を仇で返している自覚はある。彼の怒りはもっともだ。
もちろん、感謝してもしきれないとは思っている。
でも、ニックには命を助けた貸しがあるのは事実なわけで。
お互い命の恩人ということでパスの件もイーブンにはならないかな。
「返すべき、なんだろうな…」
ふと、入口のすだれが揺れる音がした。
「ニック…?」
まずいな。なんて言おう。謝ってもまた怒らせそうだ。
だが、違った。
差し込む月光を背景に立っていたのはアルマだ。
「えっ、アルマ…?」
もう目が覚めたのか。
アルマは唇の前に指をかざした。
「シーっ」
アルマはゆっくりと僕の枕元に座った。
僕も慌てて身を起こす。
「えっと…もう大丈夫なの?」
逆光でアルマの表情はよく見えない。笑っているような真顔なような。
アルマの手が僕の手に触れた。そのままギュっと握られる。
「来て。女神が呼んでる」
「えぇっ…!?」
アルマに引っ張られるがままに立ち上がり、小屋の外へ連れ出される。
二つの半月とは逆方向、集落の奥から山に伸びる道をアルマは指さした。
「ここを辿ればすぐ着く。デーモンに気づかれないように魔法は使わずに」
そういって僕の手にたいまつを押し付ける。
「えっ…?なに…?」
困惑する僕の背中をアルマが押した。
そして背後から小さく囁く。
「私に会いに来て、サンディ」
振り返るとアルマはいなかった。
夢ではないんだろう。
手の中に確かにたいまつがあった。
僕は深呼吸する。
「女神様からのラブコール…でいいんだよね?」
集落の奥、海には1席の小舟が揺れていた。
遠目にも魚を釣り上げるニックのシルエットが見えた。
将軍たちを起こすのも悩ましい。なんせ呼ばれてるのは僕だけなんだから。
「行ってみるか…」
僕はたいまつを片手に歩き出した。




