これは俺の金だ!虐げてきた銭ゲバ共をぶちのめす
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それから数週間後のXデー。
この日は微妙な曇り空。
俺の行く末を暗示しているような、というのはセンチメンタルが過ぎるか。
俺にそんな繊細な感情の持ち合わせはない。
今腹の底に抱えているのは…まあ、なんでもいい。
深く深く息を吐く。今日を生き延びなければすべてが終わる。
そういう意味じゃいつも通りだ。
大剣を担いだ俺が姿を現すと一足早い歓声が巻き起こった。
「ご来場の紳士淑女の皆さまぁ~!」
魔法で拡張された実況者の声が会場に響く。
「前人未到の50連勝を掛けた大一番。挑むのは勿論この男!赤コーナー!『巨大殺し』のニケラス!」
ドッと興奮に沸き立つコロッセオ。熱気のギアが一段階上がる。
「巨大殺しの偉業達成に待ったを掛けるのは~!なんと!因縁のあの化け物だ!」
20人がかりで布に覆われた檻が引かれてくる。
そのサイズ感と布越しにも聞こえてくる重低音の唸り声に背筋が凍る。
「獰猛な牙と神聖な羽を併せ持つ合成獣レオホーク!」
姿を現したそいつに右手首の傷がうずく。
名前の通りライオンのような豊かなたてがみと威厳ある獅子の顔を持つ化け物だ。
体もネコ科の肉食獣のように筋肉質でしなやかでありながら、その前足は顔よりも巨大でまがまがしく、鋼鉄のような鋭い爪が光っている。
爪は手入れができるものがいないのか黒く干からびた肉片のようなものがこびりついている。
今日の朝飯か、試合前の栄養補給にされた哀れな奴隷か。
レオホークはぎらついた眼で俺を見据えていた。俺のこともその爪で串刺しにしておやつ変わりにしてやろうとでも言うように吠える。
無言でにらみ合っていると、頭の中に不快な予兆があった。
来る。
ノイズ音が走る。
舌打ちしようにも口さえ動かせない。
「わざと負けるつもりなんだろ、あんた。とことん落ちたな」
脳内で吐き捨てる。
「八百長のこと知ってるのか?」
セフェリノスは驚いていた。
今は楽しくおしゃべりする気分じゃない。
「老後資金が貯まれば俺はお役御免か?この恩知らず。誰のおかげで生活できたと思ってんだ?ええ?」
「うるさい!恩知らずはお前だ!」
俺の足が勝手に動く。
足を止めようと抵抗する。
無駄な抵抗だってわかっているけど、反射的に体に力を入れたくなってしまう。
それでも俺の体はあのクズ野郎の操作で動かされる。
興行傀儡が一番屈辱を感じる瞬間。
心底軽蔑している野郎に自分を好き勝手動かされること。
俺の手は操縦されるがままに剣を構えた。
奴隷が5人がかりで化け物を檻に封じているかんぬきを引っ張りぬく。
レオホークはその金属音に目を光らせた。入口に体当たりして巨躯が闘技場へと躍り出る。
飢えた猛獣の瞳はアシスタントの奴隷たちには目もくれず、真っすぐに俺を捉えていた。
戦いのゴングが鳴る。
レオホークの前足が地面を踏みしめると、唸りを上げて俺に突進してきた。
眼前に迫りくる鉤爪を間一髪で避け、俺の体は砂の中を転がった。
「いや、すれ違いざまに攻撃できただろ。肉食獣相手に逃げに徹してどうする。耄碌しすぎじゃないか?そりゃ引退も考えるか」
セフェリノスが俺を殺そうとしているのはわかっているのに、ついダメ出しをしてしまった。だって今の考えなしの突進が一番のカウンターチャンスだったじゃん。
「うるさい!黙らんか!」
爺の感情的な反応に、ピンと来るものがあった。
「なあ、そんなに悔しい?弟子の俺に現役時代の連勝記録塗り替えられるの?」
「…!」
爺は言葉に詰まった。
あーぁ、やっぱりかよ。
薄々気づいていたけどさ。一度は師と仰いだ人間が、こんなにも器の小さい奴だったことを本人から突きつけられると、怒りとは別経路でクるものがあるな。
セフェリノスが俺を操作しなくなったのは俺が脱走に失敗してからのことだ。
脱走した罰として俺は小型のレオホークに、操縦士なしで小型剣一本で挑むことになった。
ロマニアの法律では、興行の名の下であっても一方的な殺戮は禁止されている。申し訳程度の武装はそのアリバイ作りだった。会場の誰もがわかっていた。
こんなのただの公開処刑だってことを。
若い異国の血を引く奴隷のみずみずしい肉体が、獣にズタズタに引き裂かれて嬲り殺される様が期待されていたはずだ。
あの場にいた誰一人、俺が勝つなんて思いもよらなかったはずだ。
俺自身も思っていなかった。
処刑は失敗だったが、興行は大成功を収めた。
脱走奴隷の公開処刑ショーは、興行傀儡への愛着からセフェリノスが土壇場になって俺を操作し、レオホークの魔の手から俺を助けたというアドリブ美談の筋書きに書き換えられた。
その一件から俺は『巨大殺し』ともてはやされ、巨大生物の興行ばかり組まされるようになった。
美談?仏のような操縦士?
まあ、とんだお笑い種だよ。
あの戦いの直前、心もとない剣一本でレオホークに対峙する俺にセフェリノスは言った。
「剣は教えてやったんだから自力でなんとかできるんじゃないか?」
俺はそれを、一時は曲がりなりにも弟子だった俺への師匠としての最後の激励だと思った。
もちろん違った。
小型レオホークの一件以降、あのクソハゲは俺を操作しなくなった。
「自力でなんとかできるだろ」
興行の度にあいつはそう言った。
アレは激励なんかじゃない。
「俺なしで戦える傀儡なんて生意気だ。さっさとミスって死ね」
という意味だった。
10連勝した辺りからあいつは何も言わなくなった。
だって本当に俺は自力でなんとかできてしまったから。操縦士なんていらないって証明し続けたから。
いつも本当にギリギリ何とか死なずに済んでいるような状態だったから、何もしなくてもすぐ死ぬってあいつは思ったから敢えて直接操作して介入してこなかったんだろうな。
俺を自分で殺したら、俺を脅威だと認めたことになるっていうこれまた小さなプライドが邪魔して。
なのに自分の記録を超えられるかも、という段階で我慢しきれず妨害して来た。とことん性根が腐ってやがる。
セフェリノスの反応が遅れ、鉤爪が俺の肩を裂く。
「なあ、避けられないなら操縦代わろうか?俺の方がうまく立ち回れそうだけど」
「黙れ!剣を教えてやったのは俺なのに!」
見えないけど、操縦席のセフェリノスは顔を真っ赤にしてぶちぎれてるんだろうな。そのまま脳の血管詰まらせてしまえばいいのに。
「感謝しろとでも?興行傀儡に仕立て上げるための準備だっただけだろうが!あんたが俺を攫ったりしなければそもそも戦いなんてしなくて済んだ!」
「親戚の家が嫌だとホイホイついてきたのはお前の方だ!」
「俺はまだ12だった!」
鉤爪を受け止めるが、猛獣のパンチの勢いを殺しきれずにあえなくふっ飛ばされる。
「嫉妬して若い芽を摘むなんて年は取りたくねぇな!」
「はっ!お前は今日ここで死ぬんだからこれ以上年なんて取らねぇよ」
煽りは鋭いな。反射神経は鈍いのに。
ビッグマウスは今のうちだからな、老害。
俺は期待を込めて観客席に視線を巡らせる。
しかし、観客が多すぎるし、自由に目を動かせないしで、どこにサンディがいるのかわからない。
というか、サンディは合図を寄越すって言ってたけど、具体的にどんな合図なのか聞いてないぞ!
背筋に冷たい汗が流れる。
大剣がレオホークの毛皮に弾かれる。
踏み込みが浅い。
さすがにわざとか。今の腰の入ってない一撃は。
レオホークをもっと怒らせるために。
俺の目の上を鉤爪が掠めた。
老人が反射的に避けていなければ今ので目玉がえぐられていたに違いない。
しかし無傷とはいかず、深く切られた瞼から流れた血のせいで視界が半分になる。
そのせいで奴の動きを見逃した。
レオホークがいない。
ほのかに風を感じる。
「上だ!」
見上げると。
曇天の空に巨大な翼を広げた異形が浮かんでいた。
「おい、避けろよ?ちゃんと避けろよ!」
念押ししても老人の反射神経が間に合う訳もない。
俺は何とか操作に抗って足を動かそうとした。
でも、操作権の奪い合いで勝てるわけもなく、勢いが足りなかった。
飛びのいた俺の横っ腹に衝撃が走る。
吹っ飛ばされて地面を転がる中でも、脇腹が燃えるように熱くて痛い。
「ごはっ!」
血を吐く。
脇腹から血が出ていた。
最悪だ。皮だけじゃ済まなかった。
あの衝突の瞬間、肉をえぐり取られていた。
あの凶悪な爪が内臓まで到達しなかったのが不幸中の幸い。
「痛そうだなぁ、ニケラス」
老人がせせら笑う。
痛覚は共有されてないからあいつにとっては他人事だ。
畜生め。
老人は俺の体を操って立ち上がる。
ふらつく足で地面を踏みしめながら剣を構える。
レオホークは余裕の表情で、俺からそいだ肉をクチャクチャと食べながら俺をネットリとした目で見つめている。
次はどこの肉をそいで食べようかとでも考えているかのように。
鳥肌が立つ。
血まみれの牙が覗く口周りを大きな舌が舐める。
セフェリノスが剣を握る手を緩めているのを感じた。
全身を脱力させてくる。
立って構える振りをするだけで、次の攻撃を避ける気がないのは明白だ。
「おい、やめろ!」
もう限界だった。
俺は心の中で叫んだ。
『メー・ティビ・オフェロ』
何も起こらない。
サンディの顔を思い浮かべながら何度も呪文を繰り返す。
死にたくない。
こんなクズにいいように搾取される人生なんて嫌だ。
レオホークが前傾の姿勢を取る。
恐怖で叫びたいのにそれすら叶わない。
代わりに心の中でヒステリックに呪文を繰り返す。
助けて!嫌だ!
この状況をどうにかできるならなんでもする!
しかし、無情にも肉食獣の鋭利な牙が俺に迫りくる。
「あばよ、ニック!お前が死んでせいせいする!師匠を越える弟子なんていらな…」
脳内にノイズ音が走った。
老人の嘲りを遮ったかと思うと、剣を握る手に力が戻る。
「来た!」
目前に迫る肉食獣。
俺はしゃがみ込んでその牙をかわすと、すれ違いざまにその腹の下に潜り込んで渾身の力で剣を突き上げた。
猛獣が通り過ぎる。
グチャッ。
背後で濡れた音が落ちた。
レオホークはまだ動いているようで砂を這う音がした。
獣は何とか起き上がろうと前足で砂を掻いていた。
すごい生命力だ。腹から下は縦に真っ二つに引き裂かれているというのに。
俺はゆっくりとその体に近づき、もう苦しまなくていいようにその喉を剣で切り裂いた。
レオホークは小さく高く鳴いて絶命した。
一瞬の静寂。
俺は曇り空に向かって剣を突き上げた。
俺の勝利に歓声と怒号がコロッセオを包み込む。
「すごいぞ!『巨大殺し』のニケラス!前人未到の50連勝だ!」
興奮しきったアナウンスが、ますます会場の熱気を盛り上げる。
いつもならパフォーマンスの時間だが、今日はそれどころじゃない。
血と脂が滴る剣を振りかぶり、操縦席にぶん投げた。
剣は柵に衝突し、柵がくの字にひしゃげる。
魔力をフルスロットルで筋肉に回しながら俺は走り出す。
地面を蹴り、ありったけの魔力と膂力を込めて操縦者席に蹴りを入れる。
轟音を立てて柵が吹き飛び、俺の体は操縦者席へとなだれ込む。
怯えたセフェリノスは硬直して逃げることさえできない。
ああ、こいつ。こんなに小さかったんだな。
俺はセフェリノスの首根っこを掴んでコロシアムに投げ込んだ。
砂埃にまみれて転がっていく老体の胸倉を掴み上げる。
「ふざけやがって!」
怒りの一撃が頬骨を粉砕する。
「人でなし!俺が!今まで!どれだけ!辛かったと!!」
観衆が沸き立つ。
悲鳴と歓声。
もっとやれ!と煽る声。
拳を何度も叩き込む。
こんなんじゃ興行傀儡として辛酸をなめた4年分の怒りの10分の1さえぶつけられない。
殴っても殴っても、こいつに俺のつらさは一ミリも伝わらない。
俺の理性的な部分がそろそろ逃げろと囁いた。
俺は浅い息を繰り返すセフェリノスの腕から身分証のブレスレットを引きちぎった。
これは闘技場の自由市民用ゾーンに入るキーになっている。
最後に一発老人に蹴りを入れる。クソ爺は滑稽な姿で吹っ飛んで、レオホークの血だまりに顔面から突っ込んだ。
俺は操縦席から建物内に入ると、小走りにいつもの廊下を進んでいった。興行傀儡の控室の先は寮につながっているが、自由市民ゾーンからなら外に出られる。
廊下の突き当りを左折したところで柵越しに興行主と目が合った。
俺は構わずセフェリノスの身分証で柵を開ける。
興行主の目が恐怖から怒りへと変わる。
「セフェリノスか?なんでそいつをまた助けたりしたんだ!話が違うじゃないか!」
こいつ、この期に及んでまだ俺がセフェリノスに操縦されている状態だとでも思っているようだ。金をもらうのに夢中で俺があのクソ爺をボコしたの見てなかったようだな。
「あんたのせいで大損だ!どうしてくれるんだ!?」
興行主は肩を怒らせて俺に近づいてくる。
向けられた指を俺は平手で払いのけ、その手の中の金貨が詰まった麻袋を掴む。
「おい、何を…!?」
「うるさい!」
俺は興行主を殴りつけた。興行主が壁にぶつかる。
「これは俺が稼いだ金だ!俺が命を削って産んだ金だ!あんたらには元々受け取る権利なんてないんだ!」
「返せ…俺の金だ…!」
頭から血を流しながらも金貨に手を伸ばす興行主。その腹を思いきり、踏みつけて黙らせる。
「『騙した』お仲間への言い訳でも考えておけよ。あんたはもうおしまいだ」
苦悶に呻く興行主に背を向け、俺は走り出した。
あのクソもこのクズも殺さずに済ませた自分の甘さについて一瞬考えたが、後悔も反省もあとまわし。今はコロッセオから出るのが最優先だ。




