異界の冒険:変わり果てた巫女の姿
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森を抜けることをひとまずの目標として歩き続けた。
「ふむ」
シザリアが立ち止まった。
また死体かと一瞬身構えたが、獣道の脇に見えたのは石畳のような薄い石だった。
地中に埋まっている、というより、摩耗して角が丸くなっているが、明らかに地面を舗装し、飛び石のように道をなして森の奥へと続いていた。
「ふーむ、正規ルートはあっちだろうな」
シザリアの視線が石畳の方を見た。
不意に、獣道の先の木が大きく揺れた。
ズシン、ズシン。
地鳴りのような音と振動がかすかに聞こえる。
「な、なに…?」
俺はサンディを藪の影に引き倒して、自分もあとに続いた。
ズシン、ズシン。
ゆっくりとした重低音と、葉の揺れる音。
しばらく息をひそめていたが、その音は徐々に遠ざかっていった。
「今のは一体…」
「さぁ。まだ見ぬ獣があの先いるんだろうよ」
アレが足音なら、本体はどんだけでかいんだ。想像したくもない。
「ならばなおさらこちらへ行くべきだな」
シザリアは舗道の方へと進んだ。
やがてその石畳の道は軽く傾斜し、階段へと変わっていった。
小高い丘を上へ上へと進む。
「これじゃ、ほぼ、登山だ…」
サンディは遅れがちだった。
マヌエラは兵士傀儡の後ろをしっかりついて行ってるのに。同じ魔法使いでもサンディは特別ひょろいのか、2週間近く引きこもっていた弊害なのか。
へばるサンディの背中を押してやったりしながら、俺は隊の最後尾をついて行った。
階段を登りきるとそこは円形の広場になっていた。
少しくぼんだ中央に鎮座するのは階段からも一部が見えていた彫像。
黒い石材の表面で淡いピンク色の紋様がドクドクと脈打っている。
その足元に眠るような姿勢でうずくまった人影が見えた。
白い衣はすっかりすっかり泥にまみれて特に裾が汚れているが、その背に掛かる金髪は間違いない。
「アルマ…!」
マヌエラが駆け出し、アルマを抱き起した。
アルマは目を閉じていたが、マヌエラが何度かゆすると苦しげに唸って目を開いた。
焦点の定まらない眠たげな眼がマヌエラの顔付近を彷徨う。
「マヌ、エラ…?」
「うん、私だよ…。無事でよかった…!」
マヌエラが抱きしめると、アルマもマヌエラの胸に縋りついた。
俺の横でサンディも安堵のため息をつく。
「よかった…生きてて…」
その目には涙が浮かんでいる。
肩に軽い衝撃を感じた。誰かと思ったらシザリアがもたれかかっていた。
「任務その2もクリアだな。どうなることかと思ったが、少し拍子抜けだ」
マヌエラ達の再会を邪魔しないようにという配慮か声は控えめだ。
「残りの任務は?」
「来た道を戻るだけだ。主席巫女殿を送り届けたらあの神殿の扉の先を見てみたくはないか?」
あの扉の先に何があるのか気にならないと言えば嘘になる。
しかし、扉にかわるがわる体当たりする大量の獣を思い出してげんなりする。
「アレ全部倒すなんて正気の沙汰じゃないでしょ」
「なに、この妖精剣でチョイだよチョイ」
シザリアは剣の柄を叩いた。
「あの神殿からならダッシュすればロマニアに戻れるのはお前が実証済みだし、もう切り札を出し惜しみしなくてもいいかなって」
「なるほど…」
「最悪ニックに担いで逃げてもらえばいい」
だから俺を誘っているのか。
将軍とはいえシザリアは女性だし、担ぎやすさはサンディと大差ないか。
…真面目に検討してしまった。
「うわっ…!」
急にマヌエラが尻もちをついた。
アルマの手にはナイフが握られている。おそらくマヌエラの懐から奪ったモノだろう。
アルマはそのナイフを大きく振りかぶる。
「ダメだ、アルマ!」
サンディが叫ぶ。
「あああああ!!」
そしてアルマは絶叫しながらナイフを突き立てた。
自分のふくらはぎに。
何度も何度も。
血が飛び散って白い衣に斑点が広がる。
「やめて!」
マヌエラが取り押さえにかかるが、アルマはナイフを振り回して暴れ出す。
「離して!私はここから出るわけにはいかないの…!」
行動の錯乱ぶりと比して言葉は流暢だと思ったが、兵士傀儡がその手首を抑えつける頃にはまた絶叫を繰り返す錯乱状態に戻った。
「ギャアアア」
ナイフを取り上げられたアルマはなおももがき、兵士傀儡に掴みかかった。
「傀儡だ。寄越せ。寄越せ。寄越せ…」
理性の欠片もない目をぎょろつかせて兵士傀儡に迫る様は、ベルナルダを思わせた。
そして急に糸が切れたように兵士傀儡の上に折り重なって倒れた。
「うーん、前言撤回。なんだか嫌な予感がしてきたな!」
シザリアが呟いて指を振る。
兵士傀儡は起き上がり、アルマの羽衣で足を止血し始めた。
もう一人の兵士傀儡は縄でアルマの手を縛り始めた。
「ちょっと!せめて治療させてください!」
マヌエラの抗議も意に介さず、兵士傀儡は淡々とアルマを縛り上げる。
「治療は後だ。日暮れまでに異界を抜けるぞ」
「でも…」
シザリアの有無を言わせぬ口調に、マヌエラも黙った。
兵士傀儡の作業を待つ間、シザリアが彫像や広場を眺めていた。
「なあ、アレは何の像なんだ?」
シザリアが放心中のサンディに尋ねる。
「えっ。あ…槍と剣を持っているので、マールスだと思います」
「マールスか。巫女がここに来たなら礼拝は完了したってことでいいのかな。それとも…」
「どういう…?」
「いや、巫女の予言は『巫女を『異界』に礼拝させよ。神への礼を欠けばロマニアは滅亡する』だろう?これで滅亡の危機は免れたのかなって」
「アルマの予言は『『異界』に立ち入るべからず。次に『異界』へ行けばロマニアは滅亡する』だったけどな」
俺の横槍にシザリアは真顔でうなずく。
「滅亡だなんて脅しで、運命の女神は人間に何を求めているんだろう…」
「将軍、終わりました」
兵士傀儡の声。
「ああ、じゃあ帰ろうか」
シザリアは金褐色の髪を翻して階段へと大股で向かった。




