異界の冒険:荒野の先の死体たち
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獣たちは奇跡的に俺たちに気づかなかった。
あるいは、扉の先にある物に比べれば俺たちは魅力的な獲物ではなかっただけかもしれないが。
建物を出てしばらく歩くと砂だらけの荒野の先に森が見えた。
「異界を抜けたのか…?」
しかし、そうではなかった。
近づいてすぐにわかった。
カナトースの森の鬱蒼とした広葉樹林とはかけ離れた、葉が高いところについた幹が細く背の高い木々にはツタが絡みつき、毒々しいまでの極彩色の花がいたるところで咲いている。
地面に落ちた果実をシザリアのブーツが踏みつける。
つぶれた果肉は淡い青色で、腐臭にも似た爛熟した匂いが、森の臭いに混ざる。
「なんつーか、不気味だ…」
木々のざわめきも、森とは思えないカラフルさも。荒野とは違った不穏さを感じる。視界が悪い分、何かが隠れているように思えて仕方がないのだ。
不意に先頭のシザリアが立ち止まる。
「匂うな」
指を振るうと兵士傀儡が左右の道脇の茂みに分け入り、低木を剣で薙ぎ払う。
「ああ、見つけたか」
シザリアが左側の茂みに行くので俺もついて行った。
草むらに転がっていたのは獣の死骸だった。
「ははっ、こいつは4つ目か」
俺も死骸の傍らにしゃがみ込む。
遠目に見れば狼だが、近くで見たら全く何の獣かわからない。
というか、獣なのかこれは?
本来頬がある位置についた余分な目は草食動物のように横側を向いていて、狼よりも長く、幅の広い形状の顎を持っている。
死因は腹の傷らしく、ぱっくり開いた腹からこぼれた臓物が白い毛皮と地面を汚している。
「コレ、やったのってアルマさん達…?」
獣同士の戦いにしては傷が綺麗な気がする。
シザリアもブーツの先で死骸の腹を確かめながらうなずく。
「おそらくそうだろう。この状態じゃ、いつ通ったのかまではわからないが、順調に彼らの後を追えているようだな」
兵士傀儡が死骸の傍らに膝をつき、ナイフでその顎をこじ開けた。
歯は表面の鋭利で大振りな牙と、その内側に細かく生えた平たい臼歯の二層構造になっている。
口から漂う死んだ獣の独特なにおいに思わず、鼻を抑える。
シザリアが立ち上がる。彼女もこの不快さには耐えられなかったようだ。
「まったく薄気味の悪い。ここは神聖な領域なんだろう?なんだってこんな化け物みたいな奴らがうようよしてるんだ」
正直、この場にいる誰もが思っていたことだろう。
神話によれば『異界』は神の国の辺境だというのに、ここまでで感じた神様要素なんてあの打ち捨てられた彫像や神殿くらいなものだ。
巫女院の方がまだ神聖さを感じる。
辺境だからって管理をさぼってたら野生生物に占拠されたって印象だ。
イメージの問題かも知れないけど。
恐る恐るといった感じで背後からサンディが近づいてくる。
「ひっ!」
小さく悲鳴を上げて青ざめる。
「お前、ビビりなんだからすっこんでろよ」
そう言ったが、サンディはゆっくり歩いてくる。
「ニック、アレ…」
サンディが震える手で指さす。
それは獣の死骸ではなくもっと遠くの藪の方。
ロマニアの意匠が施された鎧の一部が落ちていた。
シザリアと俺は目を見合わせる。
俺は軽くうなずいて剣を構えた。足音を殺してゆっくりと近づいていく。
獣の気配はない。だが、近づくほどに生臭い血の匂いが増していく。
奥の木の陰に血だまりが見えた。
嫌な予感に心臓が跳ねる。
どうか違いますように。アルマじゃありませんように。
息を整えて木の裏に回り込む。
底にあったのは兵士傀儡の死体だった。
ドクドク。
鼓動が高まっていく。
木の幹に抱き着くように死んでいる死体の背には剣が刺さっていた。
幹から伸びた手がその柄を握っているように見えてギョッとした。
だが、それは見間違いだった。
手は幹から直接生えたものじゃない。
背の高い木と兵士傀儡の間にもう一つ死体があった。
ロマニア風の格好と右手の甲に見える紫色の刺青。細い方の死体は、アルマに随行した魔法使いだろう。
大剣で小突いてみたが、兵士傀儡の死体は軽く揺れただけで魔法使いの首に手をかけて木に押し付けた格好のままだ。
何かと思ったら、その背中に刺さっている剣だ。
魔法使いの手によって二人は剣で貫かれて、幹に磔にされているのだ。
ゾッとした。
これはなんだ。
アルマそっちのけで殺し合いでもしていたのか?
そもそもアルマはどこだ。
「ニック、大丈夫…?」
サンディから控えめな念話が届いた。
現実に引き戻される。
無事の合図を送り、シザリアたちも死体の前にやってくる。
マヌエラが記録を取り終えるのを待ち、死体を木から降ろした。
どちらも苦悶の表情を浮かべており、見ての通り壮絶な最期だったのが偲ばれる。
残念ながら埋葬する余力はなかった。
「日暮れまでに探索を進めねば」
地面に下ろした死体の目を何とかつむらせて、俺たちは先を急いだ。
「アルマ、どこにいるんだろうね。護衛もなしじゃ…」
安堵とも何とも言えない口調でサンディが呟くと、マヌエラがギロリと睨みつけた。
「縁起でもないことを言うな」
「ごめん、マヌエラ」
サンディは小さい声で謝った。
俺もどちらかと言えばサンディ寄りの見解だが、遺体がないならまだ希望はあると思いたかった。




