ニックとピウスの天岩戸作戦
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遡ること2日前。
アルマたち第一調査隊(表向きの目的は礼拝だが、本当の目的は異界の更なる調査だった)の旅程は3日の予定だった。
しかし、1週間経っても帰ってこなかった。
これを受けて元老院は直ちに第二調査隊を組織した。
目的は第一調査隊の捜索だ。その任務の中には遺体の確認・回収も含まれてるんだろうと思ったら気が重かった。
調査隊のメンバーにはサンディと俺も含まれていた。
『異界』の発見者だからという理由だ。
議事堂でそれを言い渡された時、安堵と不安を半々で感じた。
この件でまだ俺にできることがあるんだなというのが安堵の部分で。
サンディをどうやって部屋から引きずりだすか、というのが不安な部分。
「そういう訳でサンディを異界に連れていきたいんだけど、どう思う?」
テーブルには2つのコップ。
俺の分は湯気が黙々と立っている。
正面に座ったピウスが空のコップを両手で口元に運ぶ振りをする。
「率直に申し上げますと、使用人としては死ぬほど怖い思いをした場所に主人を放り込むのはやめてほしいですね」
まあ、あいつビビりだもんな。
アンデッドの大群よりも怖い思いをしてたのも事実だし。
「でも、今のサンディ様にはそれくらいの荒治療は必要でしょう。特に、アルマ様を見殺しにするなんて到底看過できません。使用人たるもの、甘やかすばかりじゃいけませんからね。ぜひ協力させてください」
俺はピウスの手をがっちりと握る。
「じゃ、作戦会議だな。どうすればあいつをあの部屋から引きずり出せると思う?」
ピウスは手を顎に当てて思案する。
「フーム!兵糧攻めと行きたいところですが、出発は明後日なんですよね?ギリギリ期間が足りませんかねぇ」
「さっくり実力行使するか。クマのぬいぐるみを取り上げたりとか、効くかな?」
「いや~、それは最後まで取っておきましょうよ。…あ、そうだ」
ピウスが手を打つ。
「引きこもった神様を引きずり出すために『もっとすごい神様が来た!』って騒いで、気になって出てきたところを引きずり出した、みたいな逸話を聞いたことがあるんですよ」
「おお!つまり?」
「『サンディ様より素晴らしい主人を見つけたからそっちについて行く』と私とニックで騒げば焦って出て来たりしませんかね!」
「なるほどな、ピウス!」
俺はここでわざと勿体つける。
「だが、残念なことにな~、その作戦には構造的な問題が一個あるんだ」
「と言いますと?」
「サンディは俺を通じてこの会話を盗み聞きしてる。そうだろ?」
二階でドアが開く音がした。
そして控えめに階段が軋み、寝巻の素足が階段を2,3段下ってそこに座る。
「で、どうすんの?アルマさんがピンチなんだよ」
「…でも、僕が行ったところで足手まといに…」
2週間ぶりに直接喋ったかと思ったら言うことはそれかよ。
そもそも詫びから入ってしかるべきなんだが。
想像より憔悴したままのサンディを糾弾しても不毛だから一旦置いておく。
アルマとの最後の会話で俺の体を無言で使ったことも、建設的な話し合いのために一瞬だけ目をつむる。
俺は続く言葉を待ったが、サンディは黙り込んでしまった。
「なあ、なんか言ってやれよ」
ピウスをつつく。
のっぺらぼうが明かりの下で困ったように顔を傾ける。
「やー、私は所詮木偶人形ですからね。ニックから言ってあげてくださいよ。こう…そんなことないよみたいな」
「ソ、ソンナコトナイヨ」
「…」
本心が出てしまった。
だってベルナルダの件は言い訳しようもなく全部サンディの失態だったからな。
サンディが無能だという気はない。コロッセオから脱出したときとかの手腕は大したもんだったし、小間使いのフリをしていた時の治癒魔法の腕前からして優秀な魔法使いなのは事実なんだろう。
でも、こいつをよいしょする気もない。
「あー、あのさ」
だから正直ベースで話すことにした。
「俺はアルマさんにお前をよろしく頼むって言われてんだよ。だからアルマさんに何かあったら困るんだ。まさか一生俺に迷惑をかけ続けるつもりか?」
「…」
「俺への引け目が少しでもあるなら、今、アルマさんを助けに行くんだ。わかったな?」
「…」
「これ以上お前の情けないところ見たくないよ、俺。お前のことこれ以上軽蔑したくない」
「…ごめんよ、ニック」
サンディが立ち上がる。
そして、ゆっくりと降りてきた。
「面倒かけてごめん。僕、行くよ」
久々に見たサンディは幽霊みたいな顔色だったが、その目には意志が戻っていた。
俺とピウスは顔を見合わせ、静かに拳を合わせた。
-2-
「お疲れ様です!ユリウス将軍!」
ロマニアの兵士傀儡が敬礼する。
「やあ、諸君!こんな森の中で暇だろう!」
暢気に辺りを見回すのはユリウス・シザリア将軍。
「この先が異界だなんて、カミサマも酔狂なことをする」
実際、ここはただの森だ。
この木々の先を抜ければ『異界』だというのに、昼間の明かりの下でも木々の隙間にあの荒野は見えない。
「待ってください、将軍。危険です。ここは私が先に…」
「なに、妖精剣プリズムを持ったユリウス・シザリアの辞書に危険の文字はない」
ユリウス将軍は腰に佩いた銀色の鞘を軽くたたく。
マヌエラの制止も待たずに、将軍は木々の間に足を踏み入れた。
その背中が水面のような膜に飲まれて見えなくなる。
その領域の前で立ちすくむ。
「邪魔だ」
その背中にマヌエラがぶつかり、僕を押しのけて異界に入っていく。
二名の兵士傀儡もその後に続く。
この4人プラス僕とニックが第二陣の調査隊のメンバーだ。指揮官は勿論ユリウス将軍。
ニックが僕の隣に立つ。
心配とも軽蔑ともつかない灰青色の目が僕を見下ろしている。
「おいていかれるぞ」
「そうだね」
一歩踏み出す。
「…また君を巻き込んでごめんね」
ニックは答えずその背中が森に消えていく。
僕も意を決して踏み入れた。
2度目の『異界』に。




