女友達からの港町への移住のお誘いとアルマの旅立ち
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日中にサンディのふりして元老院に行ったからといって、ウェイターを休むわけにはいかず、一度仮眠を取ってからライラの店でも働いた。
「お疲れさま、ミック。早く上がっていいよ」
ライラが2つの器が入った袋をカウンターに置く。
「これ賄いね」
「サンディの分まですいません」
通りに出たところでキット・ベティと会った。
どうも俺を待っていたらしい。
キット・ベティの家も同じ方向だというので送っていくがてら、その話を聞かせてもらう。
「友達の吟遊詩人からフィロンの街に来ないかって誘われてるんだ」
驚いてその猫目を見つめ返す。どうにも本気らしい。
「いいね」
ただ、寂しくなるとは思った。
「それでね…」
ベティはもじもじと視線を下げた。
「フィロンの街は結構解放奴隷が多くて、最近できた港で人足を募集してるんだって。重労働だけど実入りがよくて5年で家が建つほどらしいよ」
「なるほど…?」
ライラの店でウェイターをやるよりはるかに儲かるってことか。
ベティが上目遣いに俺を見上げた。
「ミック、そういうの興味ない?」
「なくは、ないけど…」
ベティが畳みかけてくる。
「ミックは力持ちだし、ピッタリだと思うんだ!だから、よかったら私と一緒に来ない?」
甘える猫のようなまん丸な瞳に俺が映る。
悪い話じゃないんだろうな。
逃げる、という点ではまたとないチャンスだ。
「悪いな、ベティ。最近その手の旨い話に騙されたばっかりで…」
「そう…」
「君を疑ってるとかじゃないんだ、ベティ」
「ううん。いいの、わかってる。あの大家さんでしょ…?」
「そうだな…」
ベティが俺を騙すような奴だとは思えない。でも、サンディだってセフェリノスだって最初は悪い奴だと思ってなかった。サンディとの一件がなければベティについて行けたかもしれない。そういう点でもサンディは恨めしい。
だが、これはベティの手を取れない理由の一つでしかない。
それ以上にでかいのは『異界』だ。
俺にできることなんてサンディを担いで逃げる程度だとしても。
知らん顔して港町に逃げるなんてできない。
「やっぱりそうなんだ…」
悲しそうに目を伏せるベティの姿は心が痛い。
でも、これは俺の選択だ。
俺はもう一度謝った。
「ただいま」
サンディ宅のドアを開ける。
真っ暗な部屋に明かりをつけていると、奥からピウスが転がってきた。
「おかえりなさい、ニック…」
心なしか元気がない。
「ピウス、サンディの様子は相変わらず?」
「はい、お部屋に閉じこもったままで…」
俺はため息をつきながら袋をテーブルに置く。
粉々になっていた足はもう魔法で治ったはずなのに、あの日以来あいつは塞ぎ込んでいる。
「まだ足が痛いわけ?」
「主人は…痛むのは足よりも心の方でしょうね。ニックベアがいないと夜も眠れないくらい弱っておりまして…」
「ニックベア?」
なんだそれ、キモい響きだな。
ピウスが空になった壁の飾り棚を指さす。
ここにあった俺をかたどったクマのぬいぐるみが消えている。
あいつにそんな繊細な一面があるとはねぇ。
俺への無神経さとはえらい違いだよ。
俺は袋からサンディの分の容器を取り出す。
「コレ、サンディに食わせといて」
「かしこまりました。縛りつけてでも完食させますね」
「ああ、ライラがせっかく作ってくれたんだから残させるな」
このために日々俺が受け取る銀貨も1枚減ってることだしな。
ピウスは皿を頭に乗せると、器用にバランスを保ったまま階段を転がりながら登っていった。
ここ数日、考えなきゃいけないことが多すぎる。
俺は自分の分の賄いを食べながら考える。
自分の命が唯一にして最大の心配事だった闘技場の頃が昔のことのようだ。
それがいいことなのか、悪いことなのか。
俺にはわからないけれど。
-4-
それから1週間。
矛盾だらけの巫女たちの予言に元老院は大いに紛糾した。
俺は関係者として度々その不毛な会議の末端に座らされていい迷惑だった。
だが、フローラスの度々の主導もあり、元老院は全会一致で『異界』への対処を決めた。
「主席巫女のアルマ及びその護衛として主任魔術師と兵士傀儡を異界へ派遣し、礼拝及び調査を命ずる!」
妥当な落としどころだとは思った。その決定が下された日はまたマヌエラから絡まれて散々だったけど。
アルマが異界に旅立つ前日に俺は巫女院へ行った。
勿論サンディの代わりだ。
1週間経ってもあいつはあの調子だった。
「俺ですいません、アルマさん」
そういって茶菓子を差し出した。
アルマは受け取ってしばらく手の中で弄んでいたが、包みを開けることなくテーブルに置いた。
「ごめんなさいね、ニケラスさん」
アルマにはなぜサンディが俺を操れることになっているのか小一時間ほど詰問され、事情を洗いざらいしゃべってしまったのだ。
その時も何度も謝られた。
「あの子があなたにこんな仕打ちをしたのは私のせいかもしれなくて…」
「それはどういう…?」
「あの子って出会った時から…こう、わかるでしょ?気難しくて味方を作るのが下手っぴで。サンダリオがお爺様の代わりに元老院付きになるって聞いた時、忠告したんです。『信頼できる人を傍に置かなきゃいずれ立ちいかなくなる』って。私もこの通り、いつでもあの子を見ることはできませんからね。それをどう勘違いしたのか、あなたを巻き込んでしまったようで。…本当に申し訳ありません」
金糸のような髪が垂れ、アルマが深々と頭を下げる。
「頭を上げてください!」
気まずいなんてもんじゃない。
侍女たちの視線が怖くて見られない。
「今の話を聞いた限り、やっぱり悪いのはあいつじゃないですか!アルマさんが頭を下げる必要なんてないですって!」
しかし、アルマは首を垂れたままだ。
「ご迷惑なのは重々承知ですが、私に何かあったらあの子が頼れるのはもうあなたしかいません。どうしようもない愚かな男ですが、サンダリオを見捨てないでやってください」
「わかりました。わかりましたから…!」
アルマはやっと頭を上げた。
美しい青い瞳には申し訳なさと縋るような必死さが浮かんでいる。
「というか、何かあったらなんて言わないでくださいよ!縁起でもない!」
アルマの顔がふっと綻ぶ。
「ごめんなさいね、ニケラスさん。私ってばどうにも悪い方にばっかり考えちゃって…」
テーブルの上の茶菓子に手を伸ばし、細い指先でいじる。
「運命の女神様に今回の調査について聞いたんです。うまくいくかどうか」
「どうでした?」
「女神様は答えてくれませんでした。だから余計不安で…」
「アルマさん…」
不意に脳内にノイズが走った。
「おい、お前!」
脳内で抗議する。
「ごめん、ニック」
ごめんじゃねえよ。
お前、面倒見てやってるのに恩を仇で返しやがって。
あいつのためじゃなく、アルマのためにぐっとこの嫌悪感を飲み下す。
一瞬の浮遊感。
体の操作権を奪われる。
俺はアルマの手を握っていた。
「ニ、ニケラスさん!?」
ああ、すいません。
言いたいけど俺の口は動かない。
代わりに俺の口で、俺の言葉でサンディがしゃべる。
「絶対帰ってきてね、アルマ。危ないと思ったら調査なんて放って逃げていいんだからね」
アルマが俺のーいや、サンディの手を握り返す。
「うん」
その目に涙が浮かぶ。
アルマは手に口づけて額にあてる。
「サンダリオ、これだけは約束してほしいの」
「なに?」
「…ニケラスさんにパスを返しなさい」
「ぐっ…」
ノイズが止み、体の感覚が戻ってきた。
あの卑怯者、逃げやがったな。
顔見知りの美女と手を握り合うとんでもなく気まずい状況に俺を残して。
俺が力を抜くと、アルマも察したようで慌てて手を離した。
「ほんとに、あの、どうしようもない子なんですけど、見捨てないでください…」
俯いた頬が微妙に赤い。
サンディ、お前。本当に情けない奴だよ。
実の姉じゃなくてもこんな恥をかかせて…。
「あいつがどうしようもないのはもう知ってるんで、今更です…」
俺とアルマは顔を見合わせて苦笑した。




