巫女たちのバグとニックの二重生活
-1-
ラティーノの守護神マールスのイメージカラーの赤を基調とした絢爛な内装の室内。
前回元老院に来た時には立ち入れなかったロマニアの最高意思決定機関の中枢である議事堂。
段々になった議員席に座った金糸の刺繍が施されたトガを着た元老院議員たちの視線が、議事堂の中央の発言席に集中する。
こんな場違いな場でお偉方に凝視されているのは俺。
嫌な時間だが、あいにくと見られることには慣れている。
「以上がベルナルダ王女の追跡及び『異界』との接触の顛末です」
俺の報告が終わると、議席全体にざわめきが走る。
「まさかあの予言が…」
「何かの間違いじゃないか」
「でも、ガリアの王女をかくまうために嘘をつく必要なんてないし…」
「静まらんか!」
議会の前方のでかい机に座った議長っぽい男がガベルを打ち鳴らす。
「報告は受け取った。『異界』が現実に現れた以上、第80129議決に基づいた対処を迅速に始める」
再び議会はざわめいた。
ガベルを打っても今度はなかなか静かにならない。
ガタン。
椅子を蹴る音。
「ここで頭を突き合せていても仕方ないでしょう!」
フローラス議員が立ち上がって議席を見回していた。
「それとも誰か代案でも?」
「フローラスの言う通りだ。ここで不毛な時間を過ごすより、早く対策を打とう」
向かいの議席からも同調する声が上がる。苦々しい表情的に政敵のアントニーナ議員。
緊急事態で団結できるとは涙ぐましいね。
犬猿の仲の二人からの主張に議会はようやく静寂を取り戻す。
議長が咳払いして話を引き取る。
「魔法使いたちは皆、巫女院に行け。見習いも含めたすべての巫女に『異界』についての予言をさせるのだ」
トンチキな指示に俺は面食らう。
あれって数が多ければめっちゃいい予言がもらえるような類のものじゃないだろ。でも、あくまで俺は部外者だから反駁もしない。
「サリヴァヌス・サンダリオ」
議長が俺を見つめる。
「ご苦労であった」
俺は黙ってうなずいた。サンディが俺を操ったらこういう仕草をするだろうな、という動きを想定しながら。
議会から一足先に退室して地下の巫女院への転移魔法陣へと向かう。
今日の俺は一人だ。
サンディの姿はない。
というのも、今日の俺は『元老院付き魔法使いのサリヴァヌス・サンダリオ』として来ているからだ。
「サンディが両足を骨折して歩けないから、代わりに傀儡を動かして元老院に来ている」と説明したらすんなり国の最高決定機関にまで入れてしまった。
サンディの身分証を持ってきたからそれのおかげだとは思うけど。
そんなにも傀儡術が普通に受け入れられている事実に対して思うところはあるが、状況が状況だ。一見まともそうなサンディの本性がアレなんだから、魔法使い全体の倫理観もたかが知れてるしな。
分厚いカーペットの上を音もなく歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「おい、奴隷野郎」
サンディの姉弟子の…なんだっけ。
「マヌエラ?」
彼女は肩を怒らせて俺に詰め寄ってくる。
「目立ちたくてついた嘘じゃないだろうな?」
おお。言うに事欠いてそれか。俺に、というかサンディに何のメリットがあるんだよ。
「あの映像記録を全部俺が作ったっていうなら、俺は魔法使いなんて辞めて芸術家を目指すけどな」
議事堂ではサンディが魔術的に取っていたらしい映像を大画面で再生した。特に目がいっちゃってるベルナルダから指を食わされそうになってるシーンでは失神者が続出して映像をスキップせざるを得なかった。
マヌエラもそれを思い出したのか歯噛みした。
「また…また、アルマに予言をさせるのか?」
さっきからこいつは何が言いたいんだ。
ただでさえあの日も今日もサンディの尻拭いをさせられてるってのに、その姉弟子の嫌がらせにも付き合わなきゃいけない?
「知るかよ。アルマ本人に聞けば?」
苛立ちを隠さず答えたが、それがマヌエラの癪に障ったらしい。
「…お前のせいでっ!」
マテオが俺のチュニカの襟を掴む。
ああ、めんどくせえな。
俺はその腕を掴んで襟から離させる。
驚いて硬直するマヌエラを無視して歩く速度を上げる。
「このクソ野郎!」
マヌエラは俺をさらに口汚く罵って反対方向に歩いて行った。
直接言われるのは不愉快だったが、サンディへの罵詈雑言には概ね同意だ。
-2-
巫女院にて。
今日の神下ろしの儀式の様子は荘厳の一言に尽きた。
中央の大ステージの壇上。
色とりどりの羽衣を纏った巫女たちをバックダンサーに、先頭で白い羽衣を纏ったアルマが舞っている。
先日の『異界』なんかよりよっぽど神聖な光景だった。
緩やかな音楽とひらひらと舞う羽衣を目で追っていると、またしても頭の芯が揺れるような不快感があった。
波の音のようにシームレスなノイズ。
また、だ。前回と同じ。
目をつむり、こめかみを押さえる。
なんなんだよ、コレ。
ノイズが大きくなっていく。そして…
「ギョェアアアア」
巫女の叫びで耳鳴りが掻き消された。
嫌な汗が額から伝い落ちる。
にわかに騒がしくなっていくステージ。
目を開けると、バグった巫女が舞台裾へと引きずられていくところだった。その狂気が伝播したかのように、次々と壇上の巫女が奇声を上げ始める。
花弁が落ちるように羽衣が消えていく中、中央の巫女たちは動じることなく舞を続行していた。
やがてアルマが天を仰いだ。
俺の周囲に座っていた、魔法使いたちが期待に前のめりになる。
アルマの口から女神の予言が飛び出す。
「『異界』に立ち入るべからず。次に『異界』へ行けばロマニアは滅亡する」
魔法使いたちがどよめいた。
まあ、嬉しい気持ちはわかる。1年前に『異界』についてちらっと言及してそれ以来だんまりだったらしいから。
議会に報告できることがあるだけで前進だよな。
そう思ってなおも舞を続ける壇上の巫女たちを見つめた。
アルマの右後ろで舞っていた赤い羽衣を纏った巫女が止まって天を仰いだ。
「巫女を『異界』に礼拝させよ。神への礼を欠けばロマニアは滅亡する」
「は…!?」
アルマの左後ろで舞っていた巫女の動きも止まる。
「神をあがめよ。神に仕えよ。今、人間は太古の恩を返すときだ」
波状に予言が広がっていく。
魔法使いたちの間に混乱と動揺が広がる。
なんせ続々と巫女の口をついて出るのは全く正反対の予言なのだから。
「『異界』に巫女を行かせろ」
「『異界』に入るな」
天を仰いだままの巫女たちは何度も予言を繰り返す。
「あっ…!」
バチン。
弦楽器の弦が切れて音楽が止まった。
巫女たちは糸が切れたように、舞台に倒れ伏した。
「おい、どういうことだ」
「予言が違うぞ」
「こんなこと初めてだ…」
「どれを報告すりゃいいんだ…!」
頭を抱える魔法使いたち。
まったく、今日はイライラすることばかりだ。今日に限らずだけども。
「全部報告して元老院に判断させれば?」
それより今はぶっ倒れた巫女たちだ。
俺は壇上に上がり、アルマを助け起こした。
アルマは瞼を薄く開いた。
「ニケラス…さん?」
その両目からこぼれる血を指の腹で拭う。
「今はサンディのふりしてるんで。それより、今のってどういうことなんです?みんなてんでばらばらのこと言ってましたけど。予言って巫女によって個人差あるんですか?」
アルマは弱々しくかぶりを振った。
「そんなわけない…私たちは運命の女神様に体を貸しているだけで、言葉はすべて運命の女神様のモノだから…」
じゃあますます訳が分からないだろ。
女神は毎秒気分が変わる気まぐれ屋なのか?
本当に女神なのか?
俺の操縦士がセフェリノスからサンディに交代したみたいに、中の人が変わってたり…。
まったく、嫌になるね。そんなことがあったらとっくに誰かしら気づいてるだろ。
サンディのせいで変なことを考える。というか、巫女がどうとか、予言がどうなんて俺が考える義理はないってのに。
俺は侍女たちに従ってアルマを運んだ。




