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サンディのしくじりとニックの善悪の彼岸

-2-

そして俺たちは2階の個室に入っていた。

ライラの店の休憩スペースより少しだけ広い部屋。

窓際に置かれたシングルベッドにベルナルダは腰掛けて部屋を見渡していた。その視線がちらりと俺の大剣とナップザックに長めにとどまる。

金目の物はそれと懐の財布くらいなもんだからな。

俺は彼女の様子を横目に伺いつつ、机の上で二人分のコップに水を注ぐ。

不意にまたノイズが脳内を走った。

「やったね、ニック!こんなスマートに事が運ぶなんて!やっぱり君を連れてきてよかったよ!」

本人はこれで褒めてるつもりなんだろうな。最悪だよ。

念話越しにもサンディのテンションが上がってるのがわかる。

「じゃ、後は任せて」

「…」

俺はちらりとドアの方に目を向ける。

窓の方にも目を向ける。

窓の外、木の陰に微妙にサンディの姿が見える。

いや、なんでそんなところにいるんだよ。

嫌な予感で背筋が凍る。

「おい、何する気だよ。やめろ…」

だが、念話でなんと言おうが抵抗なんてできるわけがなかった。

浮遊感が全身に駆け巡る。

俺の意思に関係なく水差しとコップから手が離れる。

また体を乗っ取られた。

最悪だ。

俺は腕っぷし要員でも色仕掛け要員でもなかった。

ただの傀儡だった。

俺の体が俺の意思と関係なくコップを持ってベルナルダに近づいていく。

「サンディ、てめぇ。ほんとふざけんなよ」

「ごめんね、ニック。すぐ終わるから!」

脳内での能天気な会話。

コップを受け取ってベルナルダはほほ笑んだ。

サンディの操作で俺はベルナルダの隣に座らされる。

太ももが触れそうな微妙な距離で、俺の手がベルナルダの頬に伸びる。

「やめろ。本当にやめろ!そういうのはしたくない!」

「チューはしないから安心して?」

「そういう問題じゃない!」

無神経なまでの軽さ。

自分の体で何させられるかわからないのが怖いなんて、いくら言葉を尽くしてもこいつには伝わらないんだろうという絶望。

ベルナルダの香気と体温が迫る。

俺の唇が薄く開く。

その唇が呪文を紡ぐ直前。

ふにっ。

ベルナルダの人差し指が唇を抑えていた。

こちらの目を見返すブラウンの瞳は、この距離で見つめあう男女にしては冷静そのものだった。

蠱惑的な唇が何かを囁く。

妙な声の響き。

囁き声なのに耳の中をその言葉が反響するような妙な感触に三半規管が大きく揺さぶられる。ぐらついた俺の顎をベルナルダの冷たい指が掴んでいた。

「貴様、中身は魔術師だな?」

「な、なんで…」

俺の体はゆっくりと前傾し、彼女の腕の中に倒れこむ。ベルナルダは俺の服をまさぐり、財布を抜き取ると、用済みとなった俺の体をベッドに放った。

顔面からマットレスに倒れこむ。

窓が開く音がして、ぬるい夜風が肌を撫でる。

マットレスが軋み、ベルナルダの姿が消えた。

下で軽妙な着地音がする。

くそ、逃げられた。

「おい、サンディ」

「ぐわっ!」

念話で返ってきたのは情けない悲鳴だった。

ノイズが止まり、体を動かせる感覚が戻ってきた。

起き上がろうとしてまたマットレスに倒れこむ。ベルナルダにかけられた変な魔法の副作用か?

何とか窓の下を覗くと、ベルナルダが俺を見上げていた。その肩には何か布っぽい物を担いでいる。いや、あの布の先に覗いてるのはミルキーベージュの長髪。

「サンディ…」

何してんだよ、ボケ。

ベルナルダが空いてるほうの手を口に当てた。

魔法で拡張した声がピンポイントで俺に届く。

「追ってくるならこいつを殺す」

「ま…」

ベルナルダは宿屋に背を向けて走り出した。サンディを肩に担いだまま。

めまいがして、俺は窓枠に突っ伏した。

あの野郎。足手まといもいいところだな。

「ニック!ニック!」

ぐらつく頭をさらに切羽詰まった念話が揺さぶってくる。

「助けて!このままじゃこの人に殺されちゃう」

こめかみがキンキンと痛む。

ベッドから転がり落ちながら机まで這う。

机を支えに何とか立ち上がり、水差しの水を頭にぶっかける。

少しばかり体に現実感が戻って来た。

「ニック…!」

「うるさいな。お前のヘマのせいで調子がおかしいんだよ」

目をつむって深呼吸する。

静かに呼吸すること数回。

なんとか真っすぐ歩けるところまで神経が回復した。

ベッドに立てかけた大剣に手を掛ける。

ふと、良からぬ考えが脳裏をよぎった。

なんであのクソ野郎を助けるんだ?

あいつが死ねば俺は自由になれるのに?

サンディが死ねば俺の脳内回路のパスを持つ人間はいなくなる。

理性で考えれば見殺し一択だ。

だが、俺は大剣をすでに背負っていた。

悔しいが、サンディが最低な嘘つきだからって見捨てていい理由にはならない。

闘技場で銭ゲバ二人を殺せなかったように。

「ああ、クソがよ」

何もかも馬鹿みたいだ。

捕縛どころかやり込められて拉致られた情けないサンディも。

奴を助けてしまう自分の甘さも。

よろめきながら俺は宿屋を飛び出した。

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