ニック、初めての色仕掛け vs したたかな敵側のお姫様
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翌日。
俺は馬車の車窓からカナトースの森を眺めていた。
こんなに早くまたカナトース地方に来ることになるとは思わなかった。
連続奴隷失踪事件の時とはまた別の街道らしいが、奥に見える森の様子は相変わらずだ。
向かいに座るサンディは恐ろしく静かだった。
反対側の車窓をぼんやりと見つめている。
その視線が時折俺の方に向くのを感じていた。何か言いたげな。気づかわしげな。
ギリッ。奥歯に力がこもる。
昨日、一方的に話を打ち切ったのはお前の方だろうが。怒ってる俺が悪いとでも?
「あのね…」
ついに話しかけてきやがった。
俺は無視する。
サンディは構わず続ける。
「今日の仕事の話、しないと…」
「…」
「ベルナルダ王女はあのユリウス将軍から逃げきった女傑でね。頭も切れるし腕っぷしも強くて魔法も堪能なすごく厄介な人なんだ」
それを呼び水にサンディは今回の仕事の内容について語りだした。
「王女がカナトースの森の近辺にいるってことはわかったけどカナトースの森は広いからフローラス派の魔法使いと分担して街道を虱潰しに当たってるってわけ。僕らはこの街道担当。この街道はガリアの同盟国に通じてるから、結構本命だと僕は思ってる」
「…」
「探し物はこのガリア系の美人さん」
サンディが手配書を差し出す。
「…仕事の話なんだから、ちゃんと聞いて」
グイグイと俺の横顔に紙を押し付けてくる。
俺は舌打ちをしながら手配書をひったくった。
俺の手配書同様、ざっくりとした特徴しかわからない。
典型的なガリア系らしい茶褐色の目と濃い色の髪。目立つ特徴としては目尻のほくろと、首筋の傷跡。ユリウス将軍と戦った時についたものらしい。顔面には典型的なガリア系美人と注釈がついている。こんな人相描きがどこまで参考になるものやらと思ったが、傷跡はまあまあ参考にはなるか?化粧でいくらでもごまかしは効きそうだが。
思わずため息がこぼれる。
「浮かない顔だね」
「楽しい要素がどこにあるんだ?探し物が美女ならテンションが上がるとでも?」
むしろ逆効果だろ。これからこの人を不幸にしに行くんだから。
それを強制しているお前が何を言ってるんだ。
サンディに手配書を突き返す。
サンディは唇を開きかけて、閉じた。
次の宿場町で休憩がてら聞き込みを行った。
調査の基本ということで、向かったのは宿屋。
ライラの店の巨大版といった感じで、一階が酒場、二階以上が宿屋になっている建物が点在する。その中でもまずは一番でかい宿へと向かった。
「まあ、台帳に名前を残すようなへまはしないか…」
サンディは台帳を閉じる。
カウンターで手配書を見ている宿屋の亭主は首をひねる。
「ここらはガリアが近いからガリア系美人なんてそう珍しいもんじゃないですからねぇ~」
「おい、店主!!」
二階からドタバタと階段を転がり下りていくせわしない足音。
商人風の男がサンディを押しのけてカウンターの宿屋の亭主に詰め寄った。
「おや、お客さん。昨晩はお楽しみでしたね~」
「お楽しみなもんか!あの踊り子はどこだ!」
「踊り子?朝イチで次の宿場町に行くって言ってましたよ」
「なんで止めなかった!あのクソアマ!俺の財布を盗みやがった!」
男が憎たらしげにカウンターを叩く。
世の中、酷い女もいるもんだな。
男は不意に店主の手から手配書を奪った。紙を握る手に力がこもっていく。
「その人に見覚えが?」
サンディが横から話しかけると男はビックリしたように跳ねた。怒り過ぎていて俺たちが見えていなかったらしい。
「ああ、この首の傷、間違いない。俺の財布を盗んだ女だ!」
「その話、詳しく聞かせてくれませんか?」
男は俺とサンディの全身にさっと目を走らせた。
「…聞いての通り俺は路銀がなくて困ってるんだ。のんびりおしゃべりしてる暇は…」
サンディは懐から金貨を取り出して男に握らせた。
「これじゃ次の宿場町まで足りないな」
サンディはムッとしつつ、もう一枚握らせた。
喋ったら追加であげるとか交渉すればいいのに。まあ、言わないけど。
懐も温まった男は舌も緩くなったらしく、昨晩のことを話し始めた。
亡国の王女様はなんとセクシー系ダンサーに転身し、それは見事な剣舞を酒場で披露したそうだ。
この男はセクシーな踊り子を部屋に連れ込み、個人的なストリップショーを見せてもらい、その料金が思ったより高くついた、ということらしい。
こんな間抜けな話に金貨二枚とは。
だが、意外にもサンディの金貨は無駄にならなかった。
部屋で盃を重ねながら、男とは真逆の方向に向かうとベルナルダは話していたそうだ。
行先と風采が判明したのは、かなりの収穫だった。
「幸先のいいスタートだね!ニックといると色々順調すぎて怖いくらいだよ!」
ベルナルダが向かう予定だという方向に馬車を走らせながら、サンディは嬉しそうに言った。
当然返事なんてしない。
「随分とパワフルなお姫様だ」
物語の『お姫様』のイメージとは真逆だ。手段を選ばないというか、選んだ手段が豪胆というか。
俺の独り言にサンディが乗ってきた。
「何が何でも生き残ろうっていう意志の強さだよね。亡国の王女としての責任というかさ」
「…」
「だからこそ親分は彼女を危険視してるんだ。能力もモチベーションも、何なら血統まである。彼女を捕まえるのはロマニアのためなんだ。…わかってくれるよね?」
思わず失笑が漏れた。
「俺に理解を求める必要なんてないだろ?俺が嫌だと言ったら脳内回路を使ってうなずかせりゃいい。昨日みたいに」
サンディが一瞬言葉に詰まる。
「でも、納得した上でやるほうがニックにとってもいいだろ?」
弱弱しい反論だった。
「君は彼女を気の毒な逃亡者だと思ってるよね。確かに、見方によってはそういう一面もあるかもしれない。でも、彼女は本質的に強者なんだってことも忘れないでほしい。逃げた先で体勢を整えてユリウス将軍、ひいてはロマニアへの復讐を企むことがあったら困るし、彼女にはそれを実行できるだけの力がある」
「なるほどな」
「この任務は可哀想な女性をいじめるような類のものじゃないってこと、わかってくれた?」
サンディはどこか媚びるように俺を見た。
俺は視線を逸らした。
理屈の上ではサンディが正しいんだろう。
じゃあ、その正しい理屈を説明すればよかったんじゃないか。頭ごなしに拒否権がないなんて脅したりせずに。
いや、理屈が正しければこいつの言いなりになるフェーズは過ぎた。
今のこいつに何を言われたって、何一つ理解する気はない。
俺の殺生与奪の権利を一方的に握ってる嘘つきの言葉なんて。
内容がどれだけ正しかろうが、腹落ちするわけがないんだから。
俺は目をつむった。これ以上の会話を打ち切るように。
その晩。
目当ての人物は3軒目の酒場で見つかった。
窓から中を覗くと、吟遊詩人のリュートに合わせて腰をくねらせて踊る薄着の女性ダンサーの健康的に日焼けした肌が真っ先に目に飛び込んでくる。
「アレが、ベルナルダ…?」
サンディが手配書と踊り子を見比べる。
髪がふわりと風を切り、首筋の傷跡が見えたので確定だった。
サンディが控えめに俺を肘でつついてきた。
「じゃあニック…お願いしてもいいかな?」
「何を?」
「その…彼女を部屋に連れ込む係」
「はぁっ?」
思ったより低い声が出た。サンディがひょろい体をさらに縮こまらせる。
「いやその、君は日頃から酌婦との会話に慣れてるし、適任かなって…!」
コインの入った袋を懐から取り出し、おずおずと差し出してくる。
「俺は腕っぷし要員じゃなくて色仕掛け要員って事か」
「そういうわけじゃないけども。ニックは…ほら、僕よりカッコいいじゃない。部屋に連れ込んでくれたらあとは僕が何とかするからさ!」
「…」
今度はお世辞で動かそうとしてるのか。
なんでそこまで『ニックが自発的に協力した』って体裁が欲しいんだよ。
「俺の顔を使いたいならパスを使って俺を動かせばいいんじゃないの?」
サンディがわずかに目を見開く。なんで微妙に傷ついたような顔をするんだよ。実際、昨日やったくせに。
もう皮肉を言うのも疲れた。
俺は財布代わりの袋をその手からひったくり、酒場に向かった。
カウンターで葡萄酒を舐めながら王女の剣舞を鑑賞する。
剣捌きは達者だが、ダンス自体はぎこちない。ぎこちないながらも、自分の女性としての魅力を出し惜しみしないというか、このダンスの魅せるポイントをよくわかってる動きだと思った。
旅の中で会得していったんだろう。
ユリウス将軍とやりあうような女傑が女を売りにするようなセクシー系踊り子に身をやつすなんてどれほどの覚悟か。
それを笑顔でやり遂げるあの女性の内面は俺には想像もつかない。
剣舞が終わり、拍手が巻き起こる。
さて、彼女が近くに来たら話しかけてみようか。
ライラの店で酌婦たちが話していた良客の条件を思い返す。
「とにかく金をケチらないこと」
「乱暴にしないこと」
「サービス外のことを要求しないこと」
「金払いさえよければなんでも許せる」
そしてベルナルダも多分簡単に財布を盗ませてくれそうな下心ありげな男を求めている。
つまり…鼻の下を伸ばして金をちらつかせる?
考えていたらふわりとスパイシーな香料の香りが鼻をかすめた。
「一杯おごってくれない?」
踊り子もといベルナルダ王女のお出ましだ。
艶然とした表情に息を飲む。
「…酒と言わずに好きなもの頼んでいいよ」
俺は隣の椅子を引きながらベルナルダを座らせた。
「お兄さん、太っ腹ね」
ベルナルダはメニューを見ていくつかをささっと注文した。
手ごたえあり。
そう考えてしまった自分が嫌になる。
この人を罠に嵌める行為が順調に進むのを喜ぶなんて。
さらり、とその暗褐色の髪を漉き、横顔がよく見えるように髪を耳に掛ける。目尻のほくろと首筋の刀傷。特徴と一致する。
ベルナルダは反射的に俺の方を向いた。その目に警戒心が浮かぶ。
「ああ、済まない。その傷、気になって…」
俺は袖をめくって手首の肌を見せた。褐色に残ったズタズタな白い傷跡にベルナルダは息を飲む。
「お揃いじゃない?」
そうやって笑うと、ベルナルダも微笑み返した。
だが、この話を深掘りして詮索してると思われるのは得策じゃない。俺は当たり障りのない方向に会話の舵を切った。
何度目かの会話のラリーが続く。
頃合いかな。俺はベルナルダの手を握り、金貨を滑り込ませた。
揺らめく明かりの下で、ブラウンの瞳が俺を見つめ返す。
媚びるように濡れた捕食者の瞳。
自発的に言ったのか、この目に言わされたのか。
「お姉さん、今夜はどこに泊まるの?」
自然と言葉を発していた。
「決まってないって言ったら?」
「立候補していいかな?」
愉快そうにその瞳が細められる。
「いいわよ」
ベルナルダの少し冷たい手のひらを頬に感じた。
軽く引き寄せられ、柔らかい唇が俺の頬に押し当てられる。
頬から薫る強い酒とベルナルダの甘い匂いに血が沸き立つ。
「今から?」
そのまま耳元で囁かれ、俺はうなずいた。
「ヒュー、色男!」
脳内にノイズと共に聞こえてきたサンディのふざけた拍手で雰囲気に飲まれかけた心が戻ってくる。
あいつへの苛立ちと共に。
彼女のこのキスは俺の財布を奪う前段階で、俺も彼女の身柄を捕縛する前段階。
お互いを罠に掛け合う不毛な行為。
急速に落ち着いていく心拍。
算段通りに事が進んでいる事への奇妙な達成感と虚しさを抱えつつ、彼女の手を取る。
「行こうか」
応えるベルナルダの笑顔は美しかった。きっと内心は舌なめずりしてるんだろう。サンディと同様に。




