上手い話には裏がある。俺とお前も例外じゃなかった、と
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ライラの店でのユリウス将軍騒動の後、俺とサンディは一緒にサンディの家に帰った。
一緒に帰るのは、俺がライラの店で初めて働いた日以来だった。
「ニックと家で会うのはなんだか久しぶりな感じするね」
明かりをつけながらサンディが笑う。
「まあ、俺たち、生活リズムが昼夜反対だからな」
奥の部屋からピウスが転がってくる。
「おかえりなさい、サンディ様、ニック!お風呂が沸いてますよ」
「ありがとう…」
「あ、ニック。お風呂の前にちょっといいかな?」
「ん?」
サンディが食卓に座ったので、俺もつられてその前に座る。
今日俺の退勤を待っていたのは話があったからか。
「また仕事を手伝ってほしいんだ!」
「ああ、なんだそんなことか…」
わざわざ家まで待ってから切り出すとは何事かと思ったら。
店で話せばよかったのに。
サンディはホッとしたような顔をする。
これが俺の日常。
ライラの店で働いて、時々家賃代わりにサンディの仕事を手伝う。
解放奴隷になっても何も変わっていない。
今日ベティやシザリアに言われたロマンだの欲望だのが入り込む余地もない。
時折身分証を眺めては考える。
俺にはやりたくないことは明確にあるけど、やりたいことってないよな、と。
そのことの意味を俺は時々考えてしまう。
サンディからの依頼は、やりたいことなんだろうか。
「で、今度の依頼はなんなんだ?長期になるならまたライラに相談しないと」
「なに、簡単な人探しだよ」
「人探し?」
それって元老院に関係する仕事なのかと思わないでもないが、依頼第一弾の墓暴きからして元老院と全く関係ない足の引っ張り合いのためだったな。
それをしょうもない、とも言えないが。
「逃亡奴隷の捕獲とかじゃないよな?」
まさかサンディがそれを俺に手伝わせるとは思えないけど。
「ははは!まさか!探してるのは由緒正しい王女様だよ!」
「王女様?」
それはまた斜め上、というか雲の上の存在だな。
なんせここロマニアは共和制。王族なんてのは神話やおとぎ話にしか出てこない。
「ガリアの王女様でね~。さっき会ったユリウス将軍の包囲網から逃げて行方が分からなかったんだけど、まあ、運命の女神様の予言でちょちょいっ感じさ」
「ガリア…」
「ん?どうしたの?」
思わず声が重くなる。
「今回もまたテキトーなところで調査が中止になったりするのか?」
「ううん!前回はイレギュラーもイレギュラーさ。今回は雨が降ろうが槍が降ろうが、ベルナルダ王女の身柄をラティーノの牢獄にいれるまでは終わらないよ」
俺の暗い表情を見て、何を思ったのかサンディが言い添えてくる。
「今回は他の魔法使いも動員するから、ユリウス将軍の凱旋までには片を付ける予定。だから、ニックの想像より時間はかからないと思う!2,3日ならライラも怒らないでしょ?」
サンディへの義理と、敗戦国の王女への同情を天秤に乗せる。
「サンディ。悪いけどその依頼はやりたくないかも」
「えっ…!?」
サンディの笑顔が凍りつく。
「なんで…?」
「見つけた王女はどうなる?不幸になるのが目に見えてるから逃げてるんだろ?それをわざわざ見つけに行くなんて…可哀想じゃないか」
「ニック…」
サンディが項垂れた。
そのつむじを見てこちらにも可哀想な気持ちは湧くけど、それでもうんとは言えない。
「子供っぽい言い分なのは重々承知だ。でも、俺だって探されたら困る身の上だし、敵とはいえ似たような境遇の女性を追い込むのは無理…」
「まったく。君は優しいね、ニック」
怒らせたかと思ったが、サンディはわかってくれたっぽいな。
まあ、彼も元逃亡奴隷だし、わかってくれると思って…
「ちょっと言い方が悪かったね」
顔を上げたサンディの表情はひどく冷たかった。
紫色の目が今は全く笑っていない。
その酷薄な表情に鳥肌が立つ。
「サン…」
「僕が行くって言ったら君は来るんだ」
問い返す間もなく、脳内にノイズ音が走る。
待て、これは。
気色悪い浮遊感が神経を犯す。
「やめろ」の声は出せなかった。
喉も唇も動かせない。
俺の意思に関係なく勝手に唇が動いて言葉を紡ぎ出す。
「君に拒否権なんてない。書類上の繋がりなんてなくても、君の体はこの通り僕のものなんだから」
俺の声とサンディの声が完璧にシンクロする。
なんだこれ。
お前、何してくれてんだ。
再びノイズが走り、体を縛られるような違和感がすっと薄れる。
思わず咳き込む。苦しくなんてないのに。
この気持ち悪さを何とか拭い去りたくて。
声を出す。
今度はちゃんと俺の思う通りの言葉が出た。
酷く震えて上ずっていたが。
「どうして、俺の体を動かせるんだ…?」
「君がくれたんだよ、ニック」
サンディは唇を吊り上げた。その質問を待っていた、とばかりに。
「『メー・ティビ・オフェロ』。コロッセオで唱えてくれただろう?」
ああ。闘技場から逃げるために心の中で唱えた呪文だ。サンディが教えてくれた、操られなくなる呪文。
「あれ、君の脳内回路のパスを僕にだけ寄越す魔法なんだ」
「は!?嘘ついたのか…!?」
「嘘ではないよ。僕は『セフェリノスから操られなくなる』と言っただけさ。実際、この呪文のおかげで君はセフェリノスの操作から抜け出してレオホークを倒せたんだ。どこが嘘なの?」
嘘じゃなくても信じられない詐欺だろ。
セフェリノスからは操られなくなる代わりに、サンディの傀儡になるだなんて。
「聞いてない…」
「言ったらOKしなかっただろう?」
「お前、最初から俺を騙してたんだな!俺を自分の傀儡にするのが目的だったのか!」
身を乗り出してサンディの胸倉を掴む。
「落ち着きなよ、ニック」
サンディは大人しく掴まれていた。抵抗もせず。余裕しゃくしゃくな態度を崩さず。
パスを使えば俺の動きなんて簡単に曲げられるからって。
ムカつく。ムカつく。
こんな奴を命の恩人だと思っていた自分が一番ムカつく。
セフェリノスの時と同じじゃないか。
「サンディ、頼む。パスを返してくれ…」
「ニック。ごめんね。それはできない相談だよ」
いつもの優しい声音だった。だからこそ取り付く島もなかった。
「このつながりが僕らの信頼関係を担保してくれてるんだ。言っただろう?この世で信じるに値するのは魔法だけだと。僕らは魔法で繋がってるんだ。こんなに強固な絆はないだろ?」
「なにが絆だ。お前は…お前はただ俺に首輪をつけただけじゃないか」
チョーカーと違って物理的に外せないクソみたいな奴を。
サンディは首をかしげる。
「なんでそんなに嫌がるの?興行傀儡でいるよりずっとマシだろう?」
サンディの襟を掴む手に力が入る。
「マシ?マシだって?体を勝手に使うのが老人か魔法使いかなんてところに差があると思うのか?」
俺のこの嫌悪感をサンディは理解できないらしい。
このキョトン顔を殴ってやりたい。
サンディは目を伏せた。
「これ以上話しても無駄みたいだね」
脳内にノイズが走る。
「は…?おい…!」
もう抗議もできなかった。
「お風呂先入って来なよ。この話は終わりだ」
サンディの胸倉を掴んでいた手が離れる。
俺の体は勝手に動いて、勝手にその足は浴場へと向かっていった。
サンディは両手に顔を埋めて項垂れていた。その表情を見ようにも、俺の足は止まらなかった。




