アルマへのご機嫌伺いと女神からのラブコール
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アレから数日後。
僕は巫女院の石畳を歩いていた。
今日は大舞台の上には別の主席巫女が座っており、アルマは道脇の東屋でお茶を飲んでいた。
僕に気づくとアルマは嬉しそうに手を振った。
「サンディ!」
嬉しそうなのは僕が持ってた箱入りの茶菓子のおかげかもしれない。
アルマの隣の席に座ると、すかさず奥に控えていた侍女が僕の分のお茶を差し出してきた。
たまには他愛のない世間話でもしようと思ったが、気づけば共通の知人への愚痴に収束していく。
「マヌエラの『推薦』のおかげで僕は危うくまた奴隷として売られる所だったらしい。何か仕掛けているだろうとはうすうす思ってたけどさ…。本当にニックがいてくれて助かったよ」
「ニックには今度会った時お礼を言わなくちゃね…!」
アルマが2つ目の茶菓子の包み紙を破く。
それを口に運びかけて止まった。
「マヌエラには私から注意しておかなくちゃね。巫女院出禁でもまだ懲りないなんて」
「よしてよ、アルマ。あいつが益々嫉妬するだけだ」
「嫉妬?」
小首をかしげたキョトン顔。これは奴のためにも黙っておいてやるか。
「知ってるだろ、あいつは器が小さいんだ」
幼馴染のアルマが僕を気にかけているのを、師匠がまだ現役の頃からあいつはよく思っていなかった。奴隷風情が生意気だって。
文句は僕じゃなくてアルマに言えばいいのに。自分のこともかわいがってほしいって。それが言えないからっていまだに僕に当たってくる。
「ああ、そうだ」
僕は包みから緑の背表紙の巻物を取り出す。
「親分から個人神託の依頼があるんだけど、いい?今日非番だったりする?」
「もう!遊びに来てくれたのかと思ったのに!」
「ちょっとはアルマのご機嫌伺いも兼ねてたよ!」
というか、僕の息抜きの時間というか。
「親分がいよいよ次の定期議会で法案を出すらしくて…最後の不確定要素を潰しておきたいんだって」
巻物を開く。
今日の依頼内容は二つだ。
「ガリアの王女ベルナルダの行方。『異界』はいつどこに現れるのか…ね」
「ごめんね、この前も聞いてもらってうんともすんともだったのにどうしても『異界』の件はもう一回だけトライするって聞かなくて…」
まあ、僕が何を言おうが、親分がやると言ったら全部やる以外の選択肢はないんだけどさ。
「ガリアってこの前、ユリウス将軍が平定した土地よね?」
「そうそう。数日後に凱旋予定でね。おかげで街は今ユリウス将軍フィーバーだよ」
だからこそ親分からはこの件を早急に片付けろと言われている。
ユリウス将軍が取り逃がした王女がこの凱旋で何かを企んでいては困るから、と。
そんなことあるかよ、杞憂も大概にしろよと言いたいところだが、歴史的に例がないわけじゃないからまったく荒唐無稽だとは言いづらい。(言ったところで無駄だし)
英雄としてのユリウス将軍の演出はフローラス派にとって非常に重要なことだから。
パラパラと雨が東屋の屋根を叩き始める。
「風が吹き込む前にチャチャっとやっちゃいましょうか」
侍女たちが神下ろしの儀の準備を始める。
弦楽器の音色が響き、アルマが舞い始める。
いつ見ても、アルマの舞は綺麗だ。踊りの良しあしはわからないけど、とにかくその一挙足まで神経が通っているというか、目を引くものがあると思う。
アルマ曰く、ダンスが上手ければ神下ろしが上手いという単純なものでもないらしく、踊っているときにいかに『我をなくして体だけになるか』が大事なのだとか。
まあ、空っぽにならないと神様も入りようがないってことなのかもね。
そういう点でも、傀儡術と同じだと思う。
冷たい風が吹きつけ、東屋のなかに雨が忍び込む。
その瞬間、アルマが両腕を天に向けた。
「カナトースの森で亡国の王女を追え」
白く視界が明るくなる。
雷鳴が轟いた。
アルマの体から力が抜ける。
「アルマ…」
僕はとっさにその体を受け止めようとしたが、思ったより勢いがあって頭を打たないようにキャッチするのがやっとだった。
くそ。ニックくらいムキムキならこんな無様に尻餅ついたりしないのに。
尻からじんわりと冷たさが這い上る。
侍女たちが慌ててアルマに雨がかからないように傘を差した。
それにしても、今回も女神は『異界』についてはだんまりだったな。
いい加減親分ももう大した問題じゃないって思ってくれないものだろうか。
「おーい、アルマ。大丈夫?」
僕は腕の中のアルマを軽くゆすった。
返事はない。
アルマの青い瞳は虚ろに宙を彷徨っていた。
全然焦点があわない。
「ちょ、しっかりしてよ…」
心なしか体も冷たい。雨に打たれたせいか?そうだよな?
呼吸を確かめようと顔の前に手をかざす。
手首をきつく掴まれる。
「ひゃあっ!」
アルマだった。
焦点の合わない目が僕を見る。
「サンディ」
なんだろうこの雰囲気…。
同じ声なのに。同じ顔なのに。
アルマじゃないみたいな。
「いたっ…!」
痛いほどに強い力で手首を掴まれ、爪が食い込む。
だが、アルマは気づいていない。
血の気の失せた唇がかすかに震え、開く。
「サンディ、会いに来て…」
「は…?」
アルマの腕から力が抜ける。全身が脱力し、僕の腕の中にぐっと重みが加わった。
「えっ、今の…なに…?」
ぐったりと目をつむり、その目じりからこぼれた赤い血が頬を伝い、雨に濡れた床に吸い込まれていった。
「アルマ様…」
侍女たちがアルマを助け起こす。
椅子に座ってタオルで濡れた体を拭く内に、その目がゆっくりと開く。
「あれ…私、なんで?予言をしてたはずじゃ…」
アルマは侍女に掴まりながらゆっくりと身を起こす。
胸がひやりとする。
なんで?それは僕の方が聞きたい。
「アルマ、さっきのは、何?」
アルマが僕の方を見た。
「なにって、なに?私に聞かれたって困るよ。予言の真意は運命の女神様にしかわからないんだから」
予言?どこまでが?
「ねえ、サンディ。女神様はなんとおっしゃったの?まさか『異界』のことを?」
『サンディ、会いに来て』
アレはアルマの言葉じゃない。
だとすると…
女神が僕を呼んだのか?
僕を、名指しで。
『会いに来て』なんて。
こんなの、予言なのか?
なんだか寒気がしてきた。
「大丈夫?ひどい顔色だけど……」
さっき気絶した奴に心配されるなんて僕は今どんな顔をしてるんだか。
遠くで雷鳴が響く。
手が震えているのは吹き込んできた雨で冷えたせいなのか、それとも。
「『異界』についてはなんも言ってなかったよ……」
そういうのが精一杯だった。
女神からのラブコールがあったなんて、アルマに言ったらもっと心配させてしまう。




