サンディによるお仕置き
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悪党3人を馬車内にあった縄でぐるぐるにふん縛った後、俺は御者台に上った。馬には一回乗ったから操作方法はわかる。…たぶん。
どうにかこうにか街道の道に沿って近くの宿場町を目指した。宿場町の明かりが前方に見えてきたところで、不意に街道の前方、俺の進行方向に立ちふさがるように鬼火が揺らめいた。
「おわっ!」
思わず馬を止める。
すると地面に魔法陣が浮かび上がった。
何かと思ったら夜の闇の中からサンディが姿を現した。
白いチュニカと黒いズボンというウェイターの格好のままだ。
「えっ、さぼり!?」
「もう終わった!この服は単に洗って返せって言われただけ!」
サンディはチュニカについた赤ワイン色の大きなシミを指さした。
「ああ、そういうね。お疲れ様…」
「いやいや、お疲れ様なのはニックの方だよ!ケガは大丈夫?」
「まあな。それより、人攫いを捕まえたぞ!」
俺は御者台を降りて馬車のドアを開く。
縛られて青い顔をした3人が床に転がっている。
サンディは男たちと視線を合わせる。
「誰の依頼で彼を誘拐したんだ?」
「へっ!誰が言うもんか!」
男が唾を吐き、サンディのチュニカについた。
「おい、なんてことを!ニックの制服なのに!」
「えっ、それ俺のなの!?」
言われてみればめちゃくちゃ袖まくりしてるのに丈が長いと思った。
俺のチュニカにそんなでかいシミをつけたのか!なんてことを!
いや、今はそれどころじゃない。
「ニック!彼らとはちゃんとお話ししなくちゃいけないね。もっと開けたところに頼む」
俺は3人を街道脇の地面に引きずり下ろした。
サンディは石を拾うと、男たちを囲むように地面にガリガリと魔法陣を書いていった。
書き終えて、その石を男達に向ける。
「今洗いざらいしゃべるならシャツの件は許してあげるよ!」
「やなこった!」
「強情だね?泣いても笑ってももう許してあげないからね!」
サンディはしゃがみ込み、魔法陣に手をついて呪文を唱えた。
地面が蠢き、砂の柱がボコボコと立ち上ったかと思うとそれらが手の形に変わって男たちに襲い掛かった。
「うわっ…!」
そして男たちの脇腹や足の裏をくすぐり始める。
「あひゃひゃひゃっ!」
「さて、ニック。ほんとにケガをしてないか見せてくれるかな?」
苦しそうに笑い転げる男たちに背を向け、サンディは俺の体のチェックを始めた。
「あー、これはいけないね、ニック!頭に大きなたんこぶができてるじゃないか!」
「ひゃひゃっ!も、もう許してくれ!」
「おっと、腕にも擦り傷がある!これも治しておかなくちゃ!」
「ひっ!ひぇぁ、苦しい…!止めてくれひゃひゃひゃ…!」
悪党どもがくすぐったがる声をBGMに、傷とも言えない傷をわざとらしく時間をかけて直すサンディ。
「言う!言うから止めて!ひゃひゃひゃ」
男の口からようやくその言葉が飛び出す。
「最初から素直になればよいものを!」
サンディはにやりと笑って男達に向き直った。
「名前は?」
「ま、まずはこれ止めて…!」
「名前が先だ!」
「い、依頼人はアントニーナ・ファブリスだ!」
「ふぅん、やっぱりね…」
サンディは大きくうなずいた。
「ありがとう。これで大事なことがわかったよ」
にっこり笑うサンディ。
魔法陣に、触れることなくくるりと背を向ける。
「じゃ、行こうか」
「え、ああ…」
「ええっ!喋ったのに!」
「止めてくれよぉ!ひゃはははっ!マジ、笑い死にするぅっ!」
遠ざかっていく男たちの悲鳴もとい笑い声を俺は振り返る。
「アレはそのままでいいのか?」
「まあ、ちょっとくらいお灸据えたほうが…」
「そうじゃなくて!統治官に引き渡したりしないのかってこと!」
サンディは目をぱちくりし、気まずそうにする。
「この状況じゃ問える罪がないから統治官に突き出したって無駄さ!」
「そうなのか!?」
「彼らは連続奴隷失踪事件の犯人じゃなく、アントニーナ議員の差し金ってだけだから。やきっと墓暴きの報復か、単にフローラス親分への揺さぶりか…」
「あの、自分で言うのはなんだけど、俺は書類上サンディの所有物なんだろ?他人の財産を盗むのはロマニアじゃ重罪なわけだし、窃盗罪とかにはならないの?」
自分でもなんであの悪党たちへの軽めのお仕置きが気になるのかわからない。ルニの泣きそうな声のせいか?今日初めて会った子供のために懲らしめてやりたいだなんて、ちょっと変かな。
サンディが紫色の目を細める。
「君は優しいね、ニック。でも、タイミング的に窃盗罪にも問えないんだよ」
「なんで?」
サンディが俺の首の後ろに手を回しチョーカーを外した。
そして自分の身分証ブレスレットのガラス玉と俺のチョーカーのガラス玉をくっつける。二つのガラス玉がぴかっと光った。
「何してんの?」
「最新版に更新しておいたよ」
「最新版?」
パッと光って身分証が表示される。
『解放奴隷、サリヴァヌス・ニケラス』
「サンディ、コレって…!?」
紫色の瞳が嬉しそうに細まった。
「申請が通ったんだ。書類上、ニックは奴隷じゃなくなったよ!」
「えっ!?こんなあっさり!?」
「あっさりって…受理されるのに1か月かかったんだよ!」
サンディが頬を膨らませる。
「嬉しくないの?」
「嬉しい、けど…」
「けど?」
俺は正式に自由の身になった。
頭では理解できる。
それはめでたいことだ。
でも…
「なんだか実感がなさすぎて…」
書類の上の話だからだろうか。
手続きの問題でしかないからだろうか。
「こう、ラティーノの街から馬で飛び出した時ほどの解放感がないっていうか、『自由の身だ!』って感じがしないというか…」
どこかまだ囚われている、なんて言ったら大袈裟かもしれないけど。
とにかくまぁ、自由にはなった、らしいな。
「なんか、ありがとな、サンディ。お前にはなにからなにまで世話になりっぱなしだ」
「そんなかしこまらないでよ!僕らの仲じゃない!」
サンディがチョーカーを渡してくる。
それを首に巻きなおす。
「ねえ、ニック。これからどうしたい?」
無邪気に投げかけられた質問。
チョーカーの金具に手間取っていた手が止まる。
「どうって…?なにが?」
「ほら、身分的にはどこにも行けるわけじゃない?どこか行きたいところとかないの?」
行きたいところ?
急に聞かれても…。
「そんなの、考えたこともなかった…」
サンディがほほ笑む。
「よかった!」
「えっ!?」
サンディは俺の背後に回り、チョーカーの金具に手を伸ばした。
「行く宛てがないならこれからも僕の家にいればいいよ。家賃はこうやってたまに仕事手伝ってくれたらいいからさ!」
「えっと、それは…」
拒否するだけの材料はなかった。
サンディもピウスもいい奴だ。
ライラの店でウェイターをするならラティーノのどこに住もうが変わらない。
拒否する理由はない。でもそれは、同居を続けたい理由でもない。
これからもサンディと暮らしてライラの店で働くなら、何も変わらないな?このガラス玉で表示する文字がちょっと変わっただけで。
「じゃあ、これからもよろしく頼む…」
「うん。よろしくね」
かちり。
首の後ろで金具が閉まる音。
もうちょっと考えてみるか。さすがになにか、どこかないだろうか。
「あ、行きたいところと言えば!」
ふと、ルニの言葉を思い出す。
「明日は予定通り森の調査をするんだよな?サンディも来るんだろ?」
あの悪党どもは奴隷失踪事件の犯人じゃなかった。結局捜査は振り出しに戻った。
サンディは笑いながら首を振る。
「調査はこれで打ち止め。アントニーナ議員からの単なる報復ならこっちも真面目にやるギリはないからさ!むしろ先方からの妨害の件をフローラス親分に報告しなくちゃ!」
「は!?まだ何も解決してないのに!?」
「アントニーナ議員も最初から解決させる気なんてなかったっぽいからね」
「じゃ、じゃあ、消えた農業奴隷はどうなる…?」
サンディの笑顔が少し陰る。
「それこそ森の女神の集落で幸せに暮らしていることを祈るしかないよ」
「そういうもんなのか…?でも…」
「見つけたら奴隷主のところに返さなくちゃいけないし…」
ハッとする。俺もまた探してほしくない逃亡奴隷の一人だった。
「だったらなんで最初からこんな調査を…」
「ごめんね」
「…サンディが謝ることでもないだろ」
いや、サンディが謝ることなのか?俺を巻き込んだことを。
それもわからない。
急に疲労がどっと湧いてくる。
長い夜だった。
疲れた割に得たものは空虚だ。
「森に行かないのは残念だ。その森の女神の集落とやらがあるならぜひ行ってみたかったのに」
思いついた言葉でこの徒労感を誤魔化す。
「魚がたらふく食えるらしいし」
「君は白パンの方が好きだろ?」
「まぁね」
サンディが俺の肩を叩く。
「ラティーノに帰ろう。このチュニカを白に戻さないとライラにぶち殺されちゃう」
「ははは…。魔法でどうにかできるのか?」
「…ピウスに何とかしてもらうよ…」
こうしてこの調査は尻切れトンボに終わった。
しかし、この時の俺はまだ知らなかった。
近い未来で、女神の集落で俺が魚を食ったせいで危うく国が滅びかけるなんて。




