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攫われたニック!またしても売られるのか…!?

-2-

その晩、俺は奴隷主の屋敷の客間で寝ていた。

人生ってのは数奇なもんだな。なんて知らない天井を見上げながら少しおセンチな気持ちがこみ上げてくる。

17歳で脱走に失敗してから、どうせコロッセオで死ぬと思っていた。

それが今やカナトース地方とかいうロマニアのどこにあるかもわからない土地の今日あったばかりの他人の家で寝ているんだから。

この先もサンディの依頼でもっと遠くに行くこともあるんだろうか。

知らない土地にいる俺を想像しようと思ったが、何も浮かばなかった。そもそもラティーノの地理さえあやふやなんだから仕方ない。

コツン。

窓に石が当たる音。

何かと思って窓を開けると俺を見上げる小さな人影が見えた。

ルニだ。

「どうしたんだ…?」

泣きそうな表情をしていた。

「弟がいなくなったの…!」

「なにっ!?」

「納屋で作業してたはずなのに急にいなくなっちゃって…!」

俺は窓からひらっと飛び降りた。

「案内してくれ」

納屋へ向かう道中、ルニがおもむろに口を開いた。

「あのね、魔法使いさん。…本当はね、私、お友達から誘われてたの」

「誘われてたって?」

「女神様の集落を探しに行こうって」

昼間に言ってた森の女神の話か。

「でも、失敗が怖くて冒険できなかった…そしたら…」

俺は立ち止まった。

「ひょっとして、弟くんも森の方に行ったんじゃないか?その話を弟くんも知ってたりして!だったら行先は納屋じゃないな!農場の出口はどこだ?ないなら鉄柵を越えて…」

「ま、待って!」

ルニが焦ったように俺の腕を掴んだ。

「まずは納屋を見て!」

「でも…」

「お、弟は森の女神のことなんて知らないと思うの!お願い!弟が心配なの!」

なんだか様子がおかしい気がする。

その目に浮かんでいるのは…恐怖、か?

俺は首を軽く振って疑念を打ち払った。

弟がいなくなった状況でこの年代の女の子が落ち着き払っているほうがよっぽどおかしいだろ。弟を失うことを怖がっているだけだ。

ならば今はルニを落ち着かせて弟の行方の手がかりを得ることを優先しよう。

納屋は何の変哲もない掘っ立て小屋だった。

ルニが先導して納屋に入り、俺もそれに続く。

中は真っ暗だった。

窓もないので何も見えない。

「明かりもないのか…?」

慎重に一歩踏み出したところで、急に後頭部に激痛が走った。

殴られた!

ぐらついたところを後ろから体当たりを食らって床に倒れこむ。

何人かの足音がする。

2,3人?

こいつらが人攫いか!

探す手間が省けたな。

俺は背中に乗っている不審者に手を伸ばしてその襟首を掴んだ。

「おい、暴れるな!」

「ごめんなさい、魔法使いさん!」

暗闇にルニの声がした。

「言うこと聞かないと弟ともどもひどい目に遭わされるって…」

今にも泣きそうに震えるか弱い声。

ああ、これは、抵抗できないな。

脱力した俺の頭が頭陀袋で覆われる。

「へっ!観念したか、魔法使い!」

袋越しに甘ったるい臭いを嗅がされて俺の意識は薄れた。


-3-

頭の遠くで波の音が聞こえる。いや、ノイズ音?

ガタンと大きく体が揺れた。

目を開ける。

麻のような目の粗い布しか見えない。

そうだ。俺は捕まったんだった。

体を動かそうとして両手両足を縛られていることに気づく。

不快な振動と蹄の音。

馬車でどこかへ運ばれている最中のようだ。

「で、脅すのに使ったらあとはうっぱらっていいんだとよ」

男の声がする。

納屋で殴られた時にも聞こえた声だ。

「クライアントには髪だけ渡せばいいのか?目玉の一つでも送るか?」

「傷モノにしたら売値が下がる」

頭陀袋を取られた。

人相の悪い男が二人ニヤニヤと俺を覗き込んでいた。

「おはよう、魔法使いサマ」

こいつらも俺を元老院から送られてきた魔法使いだと思っているらしい。

なのに俺を殴って売り払う算段までつけているのか?

とんでもない人攫いだな。

「あんたらが奴隷を誘拐して回っている悪党か?」

男たちは目を見合わせて笑った

「農業地帯の奴隷主はみんなお得意様だ。自分で売った商品を盗む奴がどこにいる?」

「俺らもすぐ逃げる奴隷を売ったって責められて迷惑してるんだ」

「じゃあ彼らはどこに?」

「さぁな!噂の女神とよろしくやってるんじゃねぇの?」

またしても爆笑。

なにが面白いんだか。

「俺を攫ってどうするつもりだ?」

「あんたの想像もつかないひどいことさ!」

さらに爆笑。

なんとも困ったことになった。

不意に頭の中にまたノイズが走った。今度はなんだ。

「ニック!大丈夫!?」

サンディの声だった。

「サンディ」

思わず口をついた。

男たちが怪訝そうな顔をする。

慌てて口をつぐみ、脳内でサンディに話しかける。

「悪い、捕まっちまった!」

「こちらこそごめん!認識が甘すぎた!まさか直接接触してくるなんて想定外だ!」

大焦りのサンディの声を聞いていると、反比例するように冷静になってくる。

「こいつらを逆に捕まえられないかな?」

「えっ…!?」

「問題の人攫いじゃないかもしれないけど、明確に俺を狙ってきたってことはなんか知ってるんだろ?」

「そ、それはそうかもしれないけど…」

「魔法の懐の広さとやらでどうにかできないの?」

「魔法は万能なわけじゃないよ!」

サンディは黙り込んでしまった。

後ろ手に縛っている縄をほどこうと腕を動かす。ちょっとやそっとじゃとけないようにきつく結ばれている。

ありったけの魔力で身体強化すればいけそうだが…。

「ニック、縄さえほどけたらあとは自力で何とかできたりしない?」

「え、あぁ?たぶん?」

馬車にいるのは男二人。おそらく御者台にも仲間がいる。どちらも大した敵じゃない。

「OK!」

体に妙な浮遊感が走る。

そして次の瞬間、俺を拘束していた縄がほどけた。

「えっ!?」

もう少し作戦会議的なものがあるかと思ったら丸投げかよ!

一瞬何が起きたかわからなかった。

それは悪党どもも同じだったらしい。

正面の男二人は球に立ち上がった俺を見てもなお状況を認識できていなかった。

ぽかんとした顔面に拳を叩き込む。

「へぶぅっ!」

あっけなくのけぞってのびる悪人その1。

もう一人がようやく反応して、ナイフを取り出した。

俺は振り下ろされたその手首を掴み、座面に何度も叩きつける。

「ぐわぁ!」

落ちたナイフを蹴り飛ばし、男の頭も座面に叩きつけて失神させる。

馬車が急停止した。御者の足音が近づいてくる。

タイミングを見計らう。

ドアが開いた瞬間、御者の鼻面にパンチをお見舞いしてやった。

鼻血を噴いて後ろ向きに倒れる御者を馬車に放り込む。

「いっちょ上がり」

小さくガッツポーズをする。

「わー、すごい!」

脳内にサンディからの拍手が聞こえた。


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