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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第3章 東京デフラグ ―更地をコンクリジャングルへ!編―

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二二時〇二分 空襲警報

**【昭和二十年五月二十五日:帝都空襲並ビニ当ホテル(銀座四丁目周辺)戦災状況記録】**


* **二二時〇二分:** 敵機B29約四百七十機、房総半島ヨリ進入。空襲警報発令。

* **二二時二二分:** 山ノ手方面ニ初弾落下。中野、代々木一帯ニ猛烈ナル火焔黒煙ヲ噴キ上ゲ、折柄ノ南々西ノ強風ニ煽ラレ火勢忽チ延焼セリ。

* **二三時〇〇分:** 爆撃域拡大。皇居、東京停車場周辺ニ大型焼夷弾投下。視界全ク不明トナリ、都心部ハ一挙ニ全面的火災ヲ発生セシメラレタリ。

* **二四時〇〇分:** 銀座、日本橋方面へノ集中爆撃開始。当館上空ヲ通過スル敵機ハ**数知レズ**。

* **二四時〇二分一〇秒:** **当館(廃ホテル)最上階特室ニ集束焼夷弾一発被弾。** 直後、南側ヨリ発火。瞬時ニシテ全館ヲ火煙ノ裡ニ包メリ。

* **〇一時〇〇分:** 屋根焼ケ落チ、全焼。帝都、壊滅。



 廃ホテル最上階、特別室。

 重厚なマホガニーの長テーブルを挟んで、そこには異様な、悶えるような圧迫感が満ちていた。

 上座にふんぞり返り、獣のような呼吸を漏らす大河原。その正面には、まるで刑場に並ぶ罪人のように、瑞穂屋の大旦那、竹本、工藤の三人が座らされていた。

 サオリは、その調印の席からは完全に疎外され、大河原のすぐ隣、彼がいつでも手を伸ばせる場所に、単なる「余興の道具」として配置されていた。

 大河原は、これから始まる事務的な手続きには露ほどの関心も示さず、脂ぎった手でサオリの肩を抱き寄せ、その柔らかな肢体を値踏みするように、厚かましい手つきで執拗に撫で回している。サオリは焦点の合わない瞳で、ただ人形のように微笑みを貼り付けていた。

 大河原の斜め後ろには、金子が毒蛇のような目を伏せて控え、その背後には十五人ほどの手下たちが黒い壁のように壁際を埋め尽くしている。出口には規格外の大男が仁王立ちし、ホテルの廊下や周囲にも死角なく手下が配置されていた。

「(……さすがは『銀座のヌシ』だ。抜かりねえな)」

 工藤は、自身の野心が引き寄せたこの圧倒的な暴力の包囲網を見渡し、内心で苦い舌打ちをした。自分が地獄へ招いたつもりだったが、ここは最初から大河原が支配する「檻」だったのだ。大河原の隣で玩具のように扱われるサオリの姿に、彼は一瞬だけ目を逸らした。


「……さて。瑞穂屋。ゴチャついた手続きは、さっさと済ませようじゃねえか」


 大河原の、低く濁った声で儀式が始まった。

 大河原は、傍らに置かれた**築地の権利書**を、獲物を追い詰める獣のような手つきでテーブルの中央へ滑らせた。対して、サオリは**錦織にしきおりの抱え提げ**の中から、かつて金子に無理やり押し付けられたあの**覚書**を取り出し、静かに差し出した。

「金子」

 大河原の短く重い合図を受け、金子が懐から抜き身のドスを滑らせた。

 大旦那の目の前、乾いた音を立てて置かれた白刃。大旦那は覚悟を決めたように、震える手でその刃を掴んだ。

 鋭い痛みが走り、親指の腹からどろりと暗赤色の血が滲み出す。大旦那はその血を、瑞穂屋の終焉を刻むように覚書へと力強く押し付けた。

 白紙に滲む鮮血の封印。これですべての権利は、不可逆の呪いと共に大河原の手へと渡った。

 大河原は満足げに目を細めると、サオリが広げた「黄金の長方形」の図面をなぞった。竹本が設計し、工藤が清書した、戦後利権の青写真。


「美しい地図だ。……工藤、お前が言った通り、泥舟の国と心中する前に、次の時代のツラを拝ませてもらうとしよう」

 大河原がゆっくりと立ち上がり、部屋の空気ごと支配するように静かに告げた。

「形式的な契約は終わった。ここからは、我々独自の儀式といこう。金子、余興の準備を。……瑞穂屋の誇りを、この酒と共に飲み干させてもらう」

 ヤクザの兄弟盃を模した、伝統的で重々しい「儀」が始まった。

 サオリとハナが煤と脂にまみれて用意した牛肉や名酒が運ばれ、瑞穂屋の魂が根こそぎ飲み込まれていく。その冷徹な緊張感の中、サオリは壊れた蛇口から漏れ出すような笑みを浮かべたまま席を立った。


「……少し、お化粧を直してまいりますわ。あまりお待たせするのも、興が削がれますもの」

 大河原が下卑た笑いで「早く戻れよ」と送り出す。サオリは人形のような微笑を貼り付けたまま、静かに、しかし速い足取りで部屋の外へと滑り出した。

 扉を閉めた瞬間、サオリの顔から一切の表情が消えた。

 彼女は迷いのない足取りで、まだ熱気と煤の匂いが残る階下の調理場へと向かった。そこには、すべての配膳を終え、燃え殻のような沈黙の中で片付けをしていたハナがいた。


「サオリ……!?」


 ハナの顔を見た瞬間、張り詰めていた糸が音を立てて切れた。

 サオリの瞳から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。彼女はハナの腕を折れんばかりの力で掴み、その場に崩れ落ちるように泣きじゃくった。

「サオリ、あんた、手が、氷みたいに冷たいよ……!」

「ハナ、聞いて……一回しか言わないから。いい? 絶対に、一回だけ」

 サオリはしゃくり上げながら、震える声で言葉を絞り出した。彼女は**錦織の抱え提げ**の中から、布に包まれたiPhoneを取り出し、ハナの手に無理やり押し付けた。

「いい、二二時〇二分。その瞬間に、空襲警報が鳴る。そこから一時間、この銀座は全部、火の海になるわ」

「サオリ、落ち着いて。何を言って……」

「竹本さんと掘ったあの穴よ! 銀座駅の地下道に繋がってる。ハナ、あんたは二二時〇二分になったら、逃げ惑う人たちを一人でも多くあそこに押し込みなさい。いい? 説得なんてしてちゃダメ。力ずくで、殴ってでもいいから、地下へ叩き込むの。……あそこなら、あそこなら絶対に助かるから……っ」

 溢れ続ける涙を拭うこともしないまま、サオリは呪文のように指示を重ねた。

「……あんたは、あの子たちと一緒に生き残るの。それが、私の知っている『正解』なんだから」

 サオリはハナの肩に額を押し付け、涙でハナの着物を濡らしながら、耳元で切迫した声を絞り出した。

「避難が終わったら、服部時計店へ行きなさい。あそこの時計塔の下……窓際よ。……零時ちょうどになったら、このiPhoneのカメラを南に向けなさい。そこから見えるホテルの最上階……私たちのいるこの部屋を、ずっと、撮影して。……いい? 瞬きもしないで、全部記録するのよ。……私たちが、ここにいたっていう証拠を」

 二四時〇二分一〇秒。

 そこが自分の終着駅であることを、サオリは震える喉で飲み込んだ。

「ハナならできる。ねえ、できるよね? お願い……ハナ。銀座を……みんなを、守って。お願い……っ」

 ハナが何かを言いかける前に、サオリは力任せにハナを突き放した。

 袖で乱暴に顔を拭い、一瞬で「瑞穂屋のお嬢様」の仮面を被り直す。

「じゃあ、行ってくるね」

 総絞りの振袖を翻し、死の接吻が待つ特室へと戻っていく彼女の背中は、もはや一人の少女のものではなく、崩壊する歴史を独りで受け止める、孤独な生贄のようだった。

 サオリが再び特別室の重い扉を開け、大河原の隣に座り直した。

「……お待たせいたしました、大河原様。準備は整いましたわ」

「おう。いいツラになったな! さあ、ここからは無礼講だ。野郎ども、始めろ! 今夜は景気よく、地獄まで飲み明かそうじゃねえか!」

 大河原の怒号と共に、手下たちが卑猥な歓声を上げ、狂乱が始まった。サオリは現実感を消失したハイな意識のまま、大河原の隣で鈴を転がすように笑い続ける。

 大河原が派手にグラスを高く掲げた、その瞬間だった。

 夜の底を這いずるような、低く、長く、不気味な音が響き渡った。

 **――ウゥゥゥゥゥゥン、ウゥゥゥゥゥゥン……。**

 二二時〇二分。

 サオリの持つ「未来」が予言した、死の宣告。

 狂喜に沸いていた室内を、一瞬にして凍りつくような沈黙が支配した。


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