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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第3章 東京デフラグ ―更地をコンクリジャングルへ!編―

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電設!闇夜の電気工事士たち

 一九四五年、五月三日。未明。


 銀座の廃ホテルは闇夜の中、静かに、しかし着実な足取りで「罠」へと造り替えられていた。

 工藤は慎重だった。敵対する勢力に、この建物で「何か」が進行していると悟られるわけにはいかない。「なぜここに軍用車両が」と怪しまれれば、誘き出すどころか包囲されて終わる。

 工藤は配下に命じ、九四式トラックをホテルの搬入口の奥深くに押し込ませた。ボロボロの防空頭巾や古畳を何重にも被せ、闇の中で車体の輪郭を殺す。その偽装の下で、トラックのエンジンは回転数を極限まで落とした低い唸りを上げ続け、ジェネレーターを回していた。


 サオリとハナは、工藤の配下たちに混じり、竹本が図面に記した「座標」に沿って、指を真っ黒にしながら電線を張り巡らせていった。埃の積もったシャンデリアの裏、剥げかけた壁紙の隙間、および床板の継ぎ目。

 背後では工藤が、巨大なバールを壁の隙間に捩じ込み、全身の筋を浮き上がらせて内壁のボードを剥がしていた。釘が抜ける「ギギッ……」という乾いた音だけが、闇の中で不気味に響く。工藤は粉塵に塗れながら、声を押さえて作業の音頭をとる。


「サオリ! そこだ、剥き出しになった梁の裏を通せ! ぐずぐずするな、夜が明けるぞ!」

 工藤が力任せに内壁を抉り広げるたび、建物の骨組みが軋み、サオリの足裏に振動が伝わる。竹本が「ここだ」と指差す場所は、電気工学的な合理性を超え、何か巨大な紋様を描いているようにも見えた。サオリは被覆の剥げた銅線を指先で捻り合わせ、絶縁テープを巻いていく。じりじりと指先の切り傷が痛むが、工藤の無言の圧力と、時折響く硬い金属音に急かされ、休む暇など微塵もなかった。

 そうして張り巡らされた無数の銅線の末端が、一箇所に集約されていく。

 工藤が最後に、ホテルの血管ともいえる太い配管ダクトの蓋を音もなく抉り開けたのを見計らい、竹本が静かに動き出した。

 竹本が建物の古い配電盤(分電盤)に直接ケーブルを噛ませる。


「……通電」


 スイッチを入れた瞬間、死んでいたはずの一階ロビーに、黄色く濁った照明がパッと灯った。


「よし。これで第一段階は概ね完了だな」


 竹本が満足げに呟くが、工藤は壁を壊す手を止め、鋭い声で遮った。

「わかった、早く消せ! 哨戒機に見つかったら終わりだぞ」

 すぐさま闇が戻る。標的を誘い込むための第一段階。彼らが「ここは設備が生きている。使える」と油断して足を踏み入れるための、最低限の「環境」を偽装する作業だ。

 竹本はもはや、自身の空腹すら意識の外に追い出していた。計算尺を弾く指先は、不眠不休の疲労で白く震えているが、その動きは精密機械のように正確だ。彼は床に這わされた銅線の「唸り」に耳を澄ませるように、地べたに這いつくばって電圧計を凝視している。

「……電圧が少し高いな。あいつらが不審に思う」


 竹本は暗闇の中で、微かなメーターの針の振れを睨みつけた。

「サオリ君、二階ロビーの配線、あと〇・二オーム落としたい。この抵抗をあそこの端子に挟んでくれ。不自然な安定感は『嘘』を露呈させる」

「どこにどうすればいいの?」

 サオリが困惑して聞き返すと、竹本は図面の端を指差して早口に捲し立てた。

「環境を作るということは、敵の『欲』を釣るということだ。微かなノイズ、不安定な明滅……それがあって初めて、勘のいい連中は『生きた設備』だと信じ込む。やり遂げろ」

 サオリは竹本に押し付けられた部品を手に、建物の外周へと這い出した。指定された場所に抵抗を取り付け、ふと顔を上げる。五月の夜空には、不気味なほど美しい星が瞬いていた。


(……こっちに来て、何日経ったんだろう)


 空襲の焦げ臭い風が頬を撫でる。iPhoneの画面を見れば二〇二五年と繋がっているのに、足元の泥は間違いなく一九四五年のものだ。戻れる保証も、生き残る保証もないまま、自分は今、巨大な「罠」という名の電気回路の一部になっている。


 ホテル内部では、夜通しの工作作業が続いていた。竹本の指示で、上層階までを貫く煙突状の空間ができつつある。時計の針が午前三時を回った頃、ようやく工藤がバールを置き、重圧感のある声を上げた。

「お前たちは今日は寝てこい! あとは俺たちがやる」

 サオリとハナは、泥のように重い体を引きずり、隅のソファに倒れ込んだ。


「……ねえハナ。なんなの、あの体力お化けたち……」

 サオリが掠れた声でこぼすと、ハナは焦点の合わない目で天井を見つめたまま、力なく首を振った。

「……お化けってなにさ笑。ああいうのは化け物だよ。でも、死ぬ気で動いてる奴に、理屈は通じないよ……」

 ハナの返事に答える力もなく、サオリは深い眠りへと落ちていった。

 ――数時間後、激しい振動音でサオリは跳ね起きた。ポケットの中のiPhoneが吠えている。FaceTimeの着信だ。画面をスワイプすると、眩しいほどの太陽の光が目に飛び込んできた。



 ――八十年後の東京。

 二〇二五年、五月三日。憲法記念日。

 文京区、小石川。

 ゴールデンウィーク初日の空は、これ以上ないほどの快晴だった。

 ケンジは、小石川後楽園の入り口で案内板を睨みつけ、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「……チクショー。明日(みどりの日)なら無料公開日だったのかよ。一日早かったか、しゃーねーな……」

 ICカードで律儀に「300円」を引かれる音を聞きながらゲートをくぐる。連休初日の浮き足立った観光客をかき分け、彼はiPhoneの座標が指し示す北端、巨大なえのきの根元へと急いだ。

「……ここか」

 周囲に人がいないことを確認し、デイパックから折りたたみ式のスコップを取り出す。

(これで何も出てこなかったら、休み明けに高いランチ奢らせないと割に合わないぞ)

 二十センチほど掘り進めた時、スコップの先が「カチッ」と人工的な手応えを捉えた。泥の中から現れたのは、茶褐色の陶器の底。ケンジはそれを慎重に引き上げ、徐に手で泥を拭った。


「……っ!」

 底面には、鋭利な石で刻まれたであろう歪な『 S 』。側面には旧字体で『防衞食』。

 あまりの非現実感に、脳の回路がショートしかけたケンジの口から、場違いな独り言が漏れた。

「……これ、メルカリに出したら……瞬殺で売れるやつじゃね……?」

 だが、その邪念は指先に伝わる陶器の冷たさと、ビデオ通話越しに見たサオリの必死な顔の記憶によって、すぐに打ち砕かれた。ケンジは震える手でサオリを呼び出した。


「……あ、おはよう! サオリさん! あったよ、マジであった、例の器、本当に出てきた!」


 画面の向こう、電話で起こされたサオリが、驚愕に目を見開く。

『……本当に?……マジであった?』

「ボロボロだけどさ。……こんなことあるんだな。てか、サオリさん本当に一九四五年にいるんだね……」

 ケンジは背筋が凍るのを感じたが、合理的な思考がすぐに別の方向へと動き出した。


「ねえ、サオリさん。これ、逆に『こっち』から何か送れたりしないかな?」


『……送るって、どうやって……』

「タイムカプセルの逆再生ですよ。今、俺がこの穴に何か入れたら、そっちでパッと現れたりしないかな。……あ、これとかどうかな、キットカット。サオリさん、お腹空いてるでしょ?」


 サオリは、iPhoneを握りしめたまま、周囲の煤けたコンクリート壁を見渡した。

『……ダメだよ、ケンジさん。私、今は銀座の廃ホテルにいるから。そこ、小石川でしょ? 状況的に、一人で勝手にそこまで行けそうにない……憲兵たちの監視が厳しくて』

「あ、そうか。じゃあ受け渡し場所決めようか。銀座だっけ? どこがいい?」

 サオリの脳裏に、銀座の焼け野原が浮かぶ。八十年後のケンジが安全に掘り返せて、かつ一九四五年のサオリが工藤たちの目を盗んで辿り着ける場所。

『銀座で……八十年後も確実に残っていて、誰も手をつけていない場所なんて……』

 サオリは震える指で、ホテルの窓から見える焦土の景色をなぞった。

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