通知。
銀座のホテルの地下倉庫、重油と埃が混じり、澱んだ湿気が肌にまとわりつく。サオリとハナは、隅に追いやられた穴のあいたソファに腰を下ろし、短い休息を取っていた。
工藤の配下から無造作に配られたのは、石のように硬い干し芋が数片と、防衛食の沢庵だけだった。サオリは、奥歯が軋む音を聞きながら干し芋を咀嚼し、塩辛い沢庵で無理やり胃に流し込む。喉が焼けるように渇くが、腹は一向に満たされない。サオリはふと、浮き出た鎖骨や細くなった手首を無造作に眺め、つい現代の癖で口を滑らせた。
「……ねえ、ハナ。私、めっちゃ痩せたよね。お腹のあたりとか、もうペタンコだし」
煤で汚れた顔を上げたハナの瞳には、明らかな拒絶の色が宿った。
「……バカ言ってんじゃないよ。痩せたなんて、そんな景気の悪いこと言わないで。もっと食わなきゃ力が入らねえよ」
ハナの声は低く、刺すように鋭い。サオリはハッとして、咄嗟に視線を足元へ逸らした。
「あ、いや、違うの。……それよりさ、この靴。もうヘタってきちゃって、全然ダメ。こんなところで作業するのに向いてないっていうか……。パンツもスカスカになってきて、動きにくいったらありゃしない」
サオリは自分の履いているパンプスを忌々しげに見つめた。底は磨り減り、形は崩れ、もはや足を保護する役目を果たしていない。ちょうどそこへ、昨夜トラックを運転していた工藤の配下の男が通りかかった。サオリは作業の手を止め、男を呼び止めた。
「……あの、すみません。どこか、もう少し丈夫な靴とか、落ちていたりしませんか? 服も、サイズが合わなくなってきちゃって」
男は一瞬足を止め、値踏みするようにサオリの足元を一瞥した。鼻先でせせら笑い、吐き捨てるように言う。
「贅沢言ってんじゃねえよ。何でもかんでもほしいもんが手に入るご時世じゃねえんだ。こんなときによ。……工藤さんの役に立ち続けな。そうすりゃ、そのうち分け前が回ってくるかもしれねえぜ」
男が去っていくと、横で聞いていたハナが呆れたように口を開いた。
「そんな妙な靴履いてるからだよ。タビでも履きゃいいじゃんか。楽だよ、そっちの方が」
ハナの言葉に、サオリは言葉を詰まらせた。機能性を求めるなら足袋。この時代ではそれが正解なのだ。だが、サオリの頭の中では別の計算が働いていた。
(……足袋か。いや、明日にでも、もっとまともな服と靴をなんとかしなきゃ。機動力がないのは、この先、致命傷になる)
サオリは軍手をはめ直し、作業に戻った。視界の端では、竹本が電球の剥き出しの光の下で、図面と計算尺を手に、無言で数字を書き殴っている。
竹本は、配られた干し芋をくちゃくちゃと口の中で鳴らしながら、計算だけに没頭していた。湿った咀嚼音が、静まり返った地下の空気に奇妙に響く。周囲の罵声も、重油の臭いも、彼には届いていないようだった。その異様な没頭ぶりは、ここが戦時下の地下であることを忘れさせるほどに静謐で、かつ不気味だった。
サオリもまた、油まみれの銅線を一本ずつ束ねる作業に没頭した。指先の切り傷がじりじりと痛むが、今はそれすらどうでもいい。
作業の合間、資材の影に隠れて、サオリは泥だらけの手でiPhoneを取り出した。
画面右上、アンテナピクトは「バリ5」を示している。だが、期待した着信はない。代わりに、ロック画面には場違いな通知が一つ浮かんでいた。
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サオリは、煤けた指でそのポップな文字をなぞった。今一番欲しいものが、画面の向こう側の世界では安売りされている。鏡のようなディスプレイに映るのは、痩せこけた自分の顔だけだった。
サオリは感情を殺し、iPhoneをポケットの奥へねじ込んだ。
「サオリ! 何ボサッとしてんだ、早く手を動かせ!」
現場の怒声が飛ぶ。
サオリは返事もせず、再び電線に手を伸ばした。今は、この地獄で工藤と結んだ「仕掛け」を完成させること。この狂った計算を形にすること。それだけを、ただ淡々と、機械的に進めるだけだ。




