一連托生
深夜の銀座は、死んだ街の顔をしていた。
焼け焦げた壁の影を縫い、サオリとハナは、引き摺るようにして重い資材を運び続けていた。
「……やっぱり納得いかない。あんな大きなハンマーやジャッキを集めて、一体何をさせるつもり? あの二人、自分たちのことしか考えてない。……これって、ただの窃盗じゃないの? 令和なら一発でアウトだよ」
サオリは、ポケットの中で沈黙するiPhoneを何度も叩きながら、やり場のない苛立ちをハナの背中にぶつけた。泥棒の片棒を担がされているという実感が、彼女のプライドを逆なでする。
「……窃盗、ね」
前を行くハナが、唐突に足を止めた。振り返った彼女の瞳は、月の光さえ跳ね返すほど冷たく澄んでいた。ハナの頭の中には、地下で竹本が広げていた「内開きの扉」の図面がはっきりと浮かんでいた。あれが何を意味するか、この時代で修羅場を潜ってきた彼女には、もう答えが見えていた。
「……じゃあ、私はどうしろってんだい?」
低く、震えるような声だった。
「あんたのいた『レイワ』じゃ、明日も太陽が昇って、三食食べられて、誰にも殺されないのが当たり前なんだろう? ……でもね、こっちは生まれた時から、一時間後の命だって保証されてないんだ。文句を言ったって、お腹は膨らまない。誰かを踏み台にしなきゃ、自分が焼かれる。それだけの話だよ」
サオリは息を呑んだ。ハナが背負ってきた「戦中」という重みが、令和の薄っぺらな正義感を木っ端微塵に打ち砕いていく。
「『いけないこと』なんて、分かってるよ。でも、あいつらに踏みつけられて、黙って燃やされるのを待つのが『正しい生き方』なのかい? 私は、御免だよ。生きたいんだよ、私は」
二人の間に、目に見えない深い溝が横たわった。
ハナは工藤たちの「殺意」に気づいている。そして、それを呑み込んででも生き延びる覚悟を決めている。サオリはその事実に茫然としつつも、心の奥底で鳴り止まない「不吉な予感」から、必死に目を逸らしていた。
「……分かったよ。勝つためには、それしかないのかもしれない。でも」
サオリは、冷たいiPhoneを握りしめた。
「金子たちがどうなろうと、もう知らない。でも、銀座の人たちが、あの人たちに苦しめられてきた人たちが、五月二十五日に一緒に灰になるのは……私は嫌。絶対に嫌」
ハナは少しだけ目を見開いた。
何も言わず、サオリの顔をしばらく見ていた。
夜風が焼け跡を抜け、瓦礫の紙屑を転がしていく。
やがてハナは、ふっと肩の力を抜いた。
「……そうだね。あいつらと一緒に地獄へ行く義理なんて、私たちにはない」
男たちが「復讐」のために動くなら、自分たちは「救済」のために動く。五月二十五日、一般市民を銀座線の地下空洞へ誘導して守り抜く。それが、サオリが見つけた「この時代で生きる意味」の第一歩だった。
ようやく地下倉庫へ辿り着いたとき、二人の身体は泥と油で汚れ、限界に達していた。
ドサリ、と床に重いジャッキとハンマーが置かれる。
「……持ってきたよ」
ハナの声に、竹本が顔を上げた。その目は充血し、狂気じみた愉悦に光っている。
「完璧だ。これで『扉』の強度は保証された。……工藤くん、このジャッキで梁を固定すれば、熱膨張で歪んだ扉は二度と開かなくなる」
「……もう、疲れたよ。勝手にやって」
サオリは悪態をつきながら、倉庫の隅に積まれた古びた毛布の上に倒れ込んだ。
男たちが「装置」の細部を詰め、鉄を叩く鈍い音が響く中、サオリは吸い込まれるように意識を手放した。
目が覚めたとき、視界に入ったのは埃の舞う高い天井だった。
全身の筋肉が、鉛を流し込まれたように悲鳴を上げている。サオリは重い体を起こし、力なく壁の柱時計に目をやった。針は正午を回っている。泥のように昼まで眠りこけていた。
「……あれ。今日は、何月何日だ……」
誰もいない倉庫の片隅で、サオリは掠れた声で呟いた。
日付の感覚が溶けていく。自分が運んできたハンマーが、誰の頭上に振り下ろされるのか。その「答え」から逃げるように、彼女は重い足取りで、工藤たちの待つ設計図の元へ向かった。




