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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第3章 東京デフラグ ―更地をコンクリジャングルへ!編―

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地下の脈動

「……あれ。今日は、何月何日だ……」

 埃の舞う高い天井を見上げ、サオリは掠れた声で呟いた。全身の筋肉が鉛のように重く、泥のように昼まで眠りこけていた。

 その時、設計図を睨んでいた工藤が、吸い殻の山に煙草を押し付けながら低く応えた。

「おいおい、寝ぼけてんのか。……五月一日だ。もう五月になっちまったぞ」

 工藤は椅子を鳴らして立ち上がった。その目は充血し、一睡もせずに竹本と細部を詰め切った男の熱を帯びている。

「……起きたか。随分と深い眠りだったな。トラックはどうした、早くしてくれよ。……と言いたいところだが、あんなバカでかい機材を二人で運び込んだんだ。死んだように眠るのも無理はねえ」

 ぶっきらぼうな言い草の中には、彼なりの労いが滲んでいた。サオリはそれを聞き流しながら、凝り固まった肩を回して顔をしかめた。


「無理だよ、あんな重いもの……。本当に体がバラバラになりそう。……それで、次は? また何か盗んでこいって言うの?」


「盗むんじゃねえ。……『迎え』に行くんだよ。本郷に隠してある九四式トラックだ。電線と、ガソリンも一緒に持ってこい。あいつがいなきゃ、話が始まらねえからな」

「……あ。そうだった、トラック」

 サオリは短く応じた。もはや驚きや反論をする気力もない。工藤は背嚢を二人に預け、出口の階段を指した。

「本郷まで歩くのは時間がかかりすぎる。……地下鉄なら、不定期だがまだ動いているはずだ。京橋から乗って上野で降りろ。そのほうが早い。俺はここの『仕掛け』を形にしなきゃならねえからな。頼んだぞ」

 二人は工藤に背を向け、地上へと這い出した。

 銀座の表通りに出ると、三月の大空襲の延焼で焼けた焦げ跡が点在していた。それでも、都電がキィキィと高い金属音を鳴らして瓦礫の横をすり抜けていく。

 だが、京橋に向かって数分も歩くと、景色は一変した。銀座一丁目を超え、京橋に入った途端、焼けた匂いが消えた。そこには空襲の傷跡がほとんどなく、企業ビルが整然と立ち並ぶ「正常な東京」が奇跡のように取り残されていた。

「……ここ、全然焼けてない」

 サオリは思わず足を止めた。すぐ後ろの銀座はあんなに削られているのに、この街だけは時が止まったように静かで、整っている。この「最後の平穏」が、二十四日後には一気に灰に変わる。その残酷な時間差に、サオリは背筋が寒くなるのを感じた。

「……行こう、サオリ」

 ハナに促され、京橋駅の入り口へ滑り込む。階段を下るごとに、地上の「偽りの平穏」が消え、代わりにむせ返るような熱気が這い上がってきた。

 地下ホームは、殺気立った喧騒に包まれていた。

 通路を埋めていたのは、煤けた国民服に身を包んだ男たちや、防空頭巾を肩に下げた事務員たちの群れだった。彼らは一様に険しい顔で、戦時下の業務を遂行するために、唯一正確に動くこの鉄路を奪い合っていた。換気の悪い空気は、彼らが不安を紛らすために吐き出す安タバコの紫煙で白く霞んでいる。

「……う、ひどい匂い」

 サオリは顔をしかめた。そこにあるのは、汗と脂、そして「まだ自分たちは社会を回している」という自負と焦燥が混ざり合った、濃厚な人間の臭気だった。

 黄色い車体の一〇〇〇形車両が、火花を散らしながら滑り込んでくる。扉が開いた瞬間、降りる客と乗る客が激しくぶつかり合い、怒号が飛び交う。サオリはハナの腕を必死に掴み、誰かの角張った鞄に押し潰されながら、強引に車内へと身をねじ込んだ。

 

 やがて、電車は目的の上野駅へと滑り込んだ。

 扉が開いた瞬間、サオリの視界に飛び込んできたのは、京橋の「秩序ある殺気」を無残に叩き壊す、地獄の光景だった。

 ホームから改札へと続く暗い地下道。その湿ったコンクリートの床に、びっしりと「影」がへばりついていた。

 三月の大空襲で親を、家を、すべてを焼き尽くされた孤児たちだ。彼らの服はもはや布としての機能を失い、黒く煤けた肌が裂け目から覗いている。換気口からわずかに届く陽光さえ拒絶するように、子供たちは饐えた匂いの漂う闇の中にうずくまっていた。

 一歩踏み出すごとに、サオリの足元から掠れた声が上がる。


「……なんか、ちょうだい」

「……おねえちゃん、おなかすいた」


 差し出される手は、骨と皮ばかりに痩せ細り、爪の間には泥が詰まっている。数えきれないほどの子供たちが、誰からも顧みられないまま、湿ったコンクリートの上でただ死を待つように、あるいは腐敗するようにそこにいた。


「……なに、これ。なんで誰も助けないの」


 サオリは立ち竦んだ。隣を歩く乗客たちは、まるで見えない壁があるかのように、彼らの視線を器用に避けて通り過ぎていく。京橋で「社会の歯車」として誇り高く動いていた大人たちは、ここではただの「冷酷な通行人」に成り下がっていた。

 地下道の隅では、ガリガリに痩せた少年が、力なく横たわる幼い弟の背中を、汚れた手で何度も、何度もさすっていた。その少年の瞳には、もはや怒りも悲しみもなく、ただ無機質な絶望だけが沈んでいる。

「サオリ、前を見て。……ここじゃあ、同情は毒だよ」

 ハナの痛切な声に急かされ、サオリは転がるようにして地下道を駆け抜けた。背後に残された子供たちの呻きと、安タバコの煙が混ざり合い、逃げるサオリの背中を重く圧しつける。

 押し出されるように地上へと這い出す。

 上野駅から本郷へ向かう坂道の途中、小さな神社の軒先で、羽の欠けた風車が生暖かい五月の風にカラカラと鳴った。

 祝う者のいないこどもの日だけが、焼け跡に遅れてやって来る。

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