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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第3章 東京デフラグ ―更地をコンクリジャングルへ!編―

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建築計画2

「……ハナ、サオリ。仕事だ」


 地下倉庫の淀んだ空気の中、工藤の低い声が響いた。彼は作業台に広げられた廃ホテルの断面図を睨みつけたまま、背後の二人に鋭い指示を飛ばした。

「例の場所に隠してある九四式トラックを、今すぐここまで引っ張ってこい。それと、大型のハンマーとジャッキ、瑞穂屋の斜向かいに焼けた工務店があったろ。あと、剥ぎ取れるだけの電線も全部だ。いいか、憲兵に見つかるんじゃねえぞ」

「……トラックと、ハンマー? そんな重いもの、二人だけで?」


 サオリが目を見開いた。工藤は彼女の方を向きもしない。

「あいつらをこの『城』に引き摺り込むには、どうしても必要なもんがあるんだよ。……トラックのエンジンがありゃ、なんとかなる。大掛かりな仕掛けになるが、それしかねえ。つべこべ言わずに動け」

 工藤の瞳に宿る一歩も引かない狂気を察して、ハナは無言でサオリの腕を引いた。

「……行くよ、サオリ」

 二人はホテルの腐り落ちた階段を駆け上がり、搬入口の重い鉄扉を押し開けて、外の闇へと消えていった。


 二人の足音が遠のき、地下倉庫が完全な沈黙に包まれるのを待って、工藤は低く掠れた声を出した。


「……竹本。あんたには言っておく」


 工藤は煙草を指に挟んだまま、竹本を真っ直ぐに見据えた。

「あの女の言ってることは、本当だ。五月二十五日。……本当に、この街に『火の雨』が降る」

 竹本は眼鏡の奥の瞳を微かに動かしたが、驚きはしなかった。

「……ほう。根拠は?」

「博徒の勘だ。……それと、あいつが握りしめてるあの妙な板(iPhone)だ。あそこに映る『数字』が、俺には死神の宣告に見える。……あいつは未来を見てやがるんだよ。だから、あんたのその机上の空論も、俺には『勝てる博打』に見えてくる」

 竹本は小さく口角を上げ、真鍮の燭台を手に取った。

「面白い。……ならば、物理法則に『預言』という変数を加えようか。工藤くん、五月二十五日の夜。焼夷弾が降れば、このホテルの屋上と上層階は一瞬で火の海になる。熱せられた空気は膨張し、天に向かって猛然と駆け上がる。……そうなれば、このシャフト内には凄まじい上昇気流が発生する。……先ほど話したスタック・エフェクト(煙突効果)だ。この垂直の通路が、巨大なふいごとして機能し始める」


「……ふいごだと」


「そうだ。上層階で燃える火は、この地下から供給される酸素を喰らって、単なる火災から『超高温の溶鉱炉』へと変貌する。気圧差によって、内開きの重い扉には数トン分の圧力がかかる。……内側からどれだけ引こうとしても、大気が扉を押し付けるんだ。彼らは自力でその部屋を脱出することは不可能になる」

「……物理法則の鍵ってわけか。だが竹本、……もしここを会場に選んだとして、俺たちに逃げ道はあるのか?」

「当然だよ、工藤くん。我々が脱出するための『隙間』と、彼らを閉じ込める『蓋』は、同じ物理現象で機能させる。パントリーの裏に、我々だけが通れる脱出路シュートを偽装する。……サオリくんのあの『時計』が必要だ。一発目が落ちる瞬間に我々が穴に滑り込めば、直後に屋上で火が点き、気圧差でシュートの蓋も扉も二度と開かない『壁』に変わる。計算上は、三十秒の猶予がある」

「三十秒もありゃ十分だ。」


 工藤の口角が、ゆっくりと吊り上がった。もはやそこには、サオリやハナへの配慮など微塵もない。二人の男は、自分たちだけの「完全犯罪の妄想」へと没入していく。


 一方、搬入口の重い鉄扉が背後で閉まった瞬間、そこには五月の湿った夜気と、焦げ付いた街の臭いだけが残された。

「……信じられない。なんなの、あの言い草。人のiPhoneを勝手に使い倒して、フリーズさせたまま知らんぷりしてさ……。」

 サオリは、相変わらず「白いリンゴ」を映したまま固まっているiPhoneを親指で何度も連打した。現代なら指先ひとつで解決するはずの世界が、今はただの冷たいガラスの板だ。その無力さが、彼女の苛立ちを加速させる。


「ジャッキにハンマーに、おまけにトラックまで持ってこいって……。私は重機じゃないんだけど! だいたい、あの二人……完全に自分たちの世界に入っちゃって。未来だの、火の雨だの、物理法則だの……。私たちが必死で逃げてきたっていうのに、今度は自分たちからそのど真ん中に飛び込もうとしてる。狂ってるわ、絶対」

 サオリの足取りは重い。瓦礫だらけの道に、現代の華奢な靴はあまりに無力だった。

「……文句言っても、そいつは光らないでしょ」

 前を行くハナが、立ち止まらずに言った。彼女は周囲の気配を殺すように、壁沿いの影を器用に選んで進んでいく。

「あの工藤って男、目はもう据わってる。ああいう手合いを説得しようなんて考えるだけ無駄だよ。……それに、あの眼鏡の男だって不気味だけど、出鱈目を言ってるようには見えなかった。生き残るために、今はあの狂気に乗っかるしかないんだよ」

「それはそうかもしれないけど……。トラックなんてどうやって運転すんのよ。教習所でもそんなの習ってないし! ……だいたい、電気なんて、どこかのコンセントから引けばいいじゃない」

「コンセントなんて、今はただの穴だよ。……静かに。あそこの角を曲がれば、工務店跡だ」

 ハナの鋭い制止に、サオリは思わず息を呑んだ。遠くで、憲兵のものか、軍用車両の不気味なエンジン音が地響きのように伝わってくる。

「……あんなに大きなハンマーなんて、持てるかな」

 サオリは自嘲気味に呟きながら、自分の細い指先を見つめた。

 地下では男たちが「地獄への特等席」をスマートに設計しているが、その席を用意するために、自分たちはこの泥臭い闇の中を這いずり回らなければならない。その不条理に溜息をつきながらも、サオリは文句一つ言わない「白いリンゴ」をポケットにねじ込み、ハナの背中を追って、再び夜の深みへと足を踏み出した。

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